第2話 シャドウマスターの陰謀

 目的のひゅうどろダンジョンは、『山の上の国』の南西、『景色のいい国』の南東にあるらしい。

 ダンジョンまでは一応の山道があって、自宅は雪を踏みしめ歩き続ける。


 いつものことだけど、私たちは自宅で悠々自適に暮らすだけだ。


 私とチルは、仲良くソファに座ってアニメ鑑賞中。

 作画に力の入ったアクションアニメは、何度見ても熱中できる。

 キャラがかっこよければ尚更だよね。


「この主人公は、私の理想なのです。クールだけど熱い心の持ち主、かっこいいのです」


「だよね、特に仲間のため容赦なく敵を切り伏せるときなんか」


「もう最高なのです」


 いいアニメは、いつ何度見てもいいアニメだよ。


 さて、第3話が終わりディスクを入れ替えるとき、スミカさんとトランプで遊んでいたシュゼが私のそばにやってきた。


「氷の女王!」


「なに?」


「お前、この私が渡したネックレスはどうしたのだ!」


「あ、それは……」


 たしかに私は、もらったネックレスを身につけていない。

 でも身近にネックレスがないわけでもない。

 ここは正直に言おう。


「えっと、ね、実はここにあるんだよね」


 そうして私は、おそるおそるスマートフォンを手に取った。

 スマートフォンのカバーからは、緑色に透き通った綺麗な石の飾りがぶら下がっている。


「これは……!」


「実は私、あんまり体に装飾品をつけるのに慣れてなくて……でもスマホにぶら下げておけば、いつも一緒にいられるかなって」


「…………」


「そ、それに! ネックレスだと綺麗な飾りが自分からは見えないでしょ! でも、スマホにぶら下げておけば、いつでも綺麗な飾りが見える!」


「…………」


「シュ、シュゼ?」


 もしかして怒らせちゃったかな。

 せっかくのプレゼントなんだから、きちんと身につけておくべきだったかな。


 どうしよう、とりあえず謝ろうか。


 私はすぐさま土下座に移行するため、まずは床に正座する。

 けれども土下座をする前に、シュゼが笑った。


「ククハハハハ! これは想定外であったな! まさかネックレスを首にかけずに眺める方法を選ぶとは、氷の女王は変わったヤツだ」


――シュゼに変わったヤツって言われるなんて。


「なあに、この私の贈り物を大切にしてくれて、ありがたく思っているぞ。以前にチルに贈ったチョーカーは、異界への扉の奥底に封印されてしまったしな」


「あれは私の家宝なのです。厳重に保管するのは当然のことなのです」


 ちょっとだけ頬を膨らませたシュゼと、ちょっとだけ焦り気味のチル。

 キャラが尖りすぎてはいるけど、なんだかこの2人、本当に仲良しさんだよね。

 見ているだけでも癒されるよ。


 土下座姿勢を崩した私は、ついでにシュゼに質問してみた。


「ねえ、なんでシュゼはダンジョンに行きたいの?」


「おかしなことを聞くではないか」


「え?」


 不思議な顔をされたので、思わずこっちも不思議な顔をしちゃう。 

 首をかしげたシュゼは、チルに丸投げした。


「チルよ、氷の女王に説明してやれ」


「はいなのです」


 こくりとうなずいて、チルの解説がはじまる。


「私たちは宿敵女神に支配の証を渡そうと考えているのです。しかし、シュゼ様は普通の証では満足できないのです。そこで、私がひゅうどろダンジョンに『びっくり魔法石』というものがあるのを突き止め、このびっくり魔法石を素材にした証を作ろうと考えたのです」


 ふむふむ、つまりシュゼはお姉ちゃんにプレゼントがしたいんだね。

 そのプレゼントの素材に使うびっくり魔法石を獲得するために、ダンジョンに行くと。


「この話は、もう伝えたはずなのです。伝わってなかったのです?」


 あれ、衝撃的な情報が出てきた。

 ここでスミカさんが話に割り込む。


「朝早くに伝えられたから、お昼に起きたユラちゃんには伝わってなかったのよ。それで、ユラちゃんが起きた時にはシュゼちゃんたちが来ちゃったから、教え損ねちゃったわ」


「なるほど、起きるのが遅い弊害だね」


 反省反省。ただし改善はしない。

 ともかくダンジョンに行く理由は分かった。


 シュゼは窓の外を眺めながら、腕を組み、おもむろにつぶやく。


「指導者と戦士の策略で、宿敵女神を魔王城から追い出すことにも成功した。あとはひゅうどろダンジョンを攻略し、びっくり魔法石を手に入れるだけだ。ククク、この私の陰謀が完成する時は近いな」


 そしてシュゼは、すたすたとスミカさんのもとに戻り、トランプを再開した。

 私もディスクを入れ、チルと一緒にアニメ鑑賞を再開する。


    *


 『山の上の国』を出発して約2時間。

 アニメ鑑賞の最中だけれど、自宅は巨大な洞窟の前にやってきた。

 怪獣が口を開けているみたいな洞窟の入り口は、自宅でも中に入れるくらいに大きい。


「ここが……ひゅうどろダンジョン」


「先が見えない洞窟にひんやりとした空気……不気味ね」


「ここには変わったマモノが住み着いているらしいのです。気をつけるのです」


「なあに、この私と魔王城の力があれば、マモノなど風の前の灰に過ぎぬ」


 シュゼの言った通り、私たちにはスミカさんがついてる。

 そのスミカさんは、迷わず自宅を洞窟に突撃させた。


「あら、奥の方まで広い洞窟ね! これなら、このままびっくり魔法石のところまで行けそうだわ!」


 まさか在宅でダンジョン探索をする日が来るなんて。

 でもダンジョン探索はダンジョン探索、楽しんだ者勝ちだよね。


 窓の外に広がるダンジョン内部は、思っていたよりもずっと暗い。

 家の明かりじゃ数メートル先も見えないくらいだ。

 ほとんど何も見えない状態で、自宅はただただ洞窟を進んでいく。


 そんなとき、窓の外を眺めていたシュゼがぴくりと反応した。


「む? 何やら宙を浮遊する人影が見えた気が」


「暗闇を浮遊する人影って、まさか幽霊とかじゃ――」


 唐突に恐怖に叩き落とされる私。

 加えてチルが追い討ちをかけてきた。


「気をつけるのです。このダンジョンにはユーレイというマモノがいるのです」


「ホントに幽霊だった!? ウソでしょ!?」


 どうしよう、ダンジョン探索が肝試しになっちゃった。

 ああ、ものすごく帰りたくなってきたよ。

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