第3話 ゾンビが大量に襲ってくるなら、幽霊だって

 ダンジョンには幽霊、もといユーレイがいるらしい。

 当然だけど、幽霊は怖い。


 怖いものは見たくないので、とりあえず私はリビングのカーテンを閉じた。

 これならダンジョン探索の楽しみを犠牲に、怖さを回避できる。


 問題は、シュゼが不満を抱いちゃったこと。


「これはどういうことだ!? なぜ洞窟の様子を隠すのだ!?」


「だって幽霊怖いし……」


「この私を誰だと思っている!? 世界を影から支配するシャドウマスターだぞ! ユーレイごときを恐れなどしない! そして、お前はあのレジェンド級マモノのサンミャク・イーターすら恐れなかった氷の女王! お前もこの私と同じ、ユーレイごときを恐れなどしない人種であろう!」


「いやいや、私はサンミャク・イーターもなかなか怖かったよ。相手が幽霊ならなおさら」


「臆病者め……この臆病者め!」


 眉間にシワを寄せ、眉毛をとんがらせ、大声で叫んだシュゼ。

 口調は仰々しいけど、まるでツッコミを入れるシェフィーみたいな雰囲気だよ。


 それにしても、臆病者だなんて言われても困っちゃう。

 だって私、自宅に引きこもるくらいには臆病者だし。


 なんて思って黙っていれば、シュゼはカーテンに手をかけた。


「ええい! 臆病者に、この私が付き合ってはいられん! これより闇の力を解放する!」


 言い終えて、ガバッとカーテンが開かれる。


 窓の外にあったのは、数分ぶりのひゅうどろダンジョンの光景だ。


 自宅の明かりにうっすらと浮かんでいた岩の壁は、少し青白くなっている気がする。

 というか、もにょもにょ動いてる気がする。


「あれは……」


 よく見れば、あのもにょもにょ動く青白い壁だと思っていたものには、虚な目と鼻と口が大量にあった。

 そして、その大量の目と私の目が合う。


 ここで私の背筋が凍りついた。


 あの壁は、壁じゃなかったんだ。

 大量の幽霊の顔が、自宅のシールドに隙間もないくらいびっしりくっついていたんだ。

 数百を超える幽霊たちが、私たちをじっと見つめているんだ。


「ヒョワッ!」

「ヒャヤッ!」


 鳥の断末魔みたいな悲鳴を上げて、私はスミカさんに抱きつく。


「何あれ何あれ何あれ! 全面顔顔顔! 怖い!」


 スミカさんをギュッと抱きしめて、一生懸命に窓から目を逸らす。

 おかげで、スミカさんに抱きつくシュゼが見えた。


 もしやさっきの小鳥の断末魔みたいな悲鳴は、シュゼの悲鳴だったのかな。

 ぷるぷるしたシュゼは、震えた声で言った。


「ク、クク、ク……こ、こここ、この私を、おおおお驚かせるとは、ここ奴ら、た、たた、ただのユーレイでは、な、ないよう、だなな」


 どんなに怖くてもキャラは放棄しないんだね。


 抱きつかれたスミカさんは、この状況でもにこにこ笑っていた。


「まあ! かわいい2人に抱きつかれちゃうなんて、幽霊さんに感謝しないとだわ!」


 そうだった! スミカさんはこういう家だった!

 ああもう! カーテンの向こうから、大量の幽霊がずっとこっち見てるよ!


 よし、自分のためにもシュゼのためにも、提案しよう。


「どどどど、どうかな、かか、カーテンを、ももももう1回、し、しめようか。ほほほら、あんな程度の幽霊相手にさ、きょ、強大な力を使う必要、ななな、ないし」


「そ、そそそそうであるな。チルよ、カーテンを、し、しし、ししし閉めるのだ!」


「分かったのです」


 言われて、チルは表情ひとつ変えずにカーテンを閉める。

 幽霊からの視線がなくなって、シュゼは瞬時に胸を張った。


「う、うむ! よくやったぞチル! さすがはこの私の側近だ!」


「当然のことをしたまでなのです」


「ねえチル、どうしてそんな平気な顔してられるの?」


「ジュウの勇者は、ユラさんの心と繋がったシールドがあるとシェフィーさんに聞いたのです。それなら、ユラさんがユーレイを拒否してる限り、私たちは安全なのです。それよりユラさん、アニメは一時停止させておいたのです。アニメ鑑賞、再開するのです」


「あ、ああ、分かった、ありがと」


 すごい、チルかっこいい。


    *


 しばらく時間が経った頃、スミカさんが困ったような表情をしていた。


「どうかした?」


「それがね、ダンジョンの道が途切れちゃったのよ」


「ええ?」


 たしかに、それは困ったような表情もしたくなるね。

 ダンジョン内部の地図はないし、これからどうしようか。


 ここで話に入ってきたのがチルだ。


「最奥に到着したなら、どこかにびっくり魔法石があるのです。壁や天井に、当てた光の色と反対の色に輝くトゲトゲの石の塊はあるのです?」


「う~ん、幽霊さんたちがお邪魔で、探すに探せないのよね。困ったわ」


「ではユーレイをどければいいのです。ユーレイは謎が多いマモノなのです。でも、光に弱いことは確定しているのです」


 それは有力情報だね。

 側近かつ参謀チルの情報をもとに、ちょっと考えてみよう。


「光に弱いなら、リーパーズと戦ったときと同じ。ただ今回はシェフィーの魔法陣がないから、ミラーボール作戦はできない。じゃあ強い光を出すスキルで代替するしかないね。強い光を出すスキルなんて解放――してた!」


 昨日の課外授業で、スミカさんが使ってたスキルがあった。

 たしか『痛いくらいまぶしい』とかいう、自宅の全部の電球をサーチライト並みに強化する謎スキルだ。


「あのスキルを使えば、きっと幽霊もといユーレイを倒せる! でも、ユーレイは自宅を完全に囲んでるんだよね。そうなると全部の窓を開けた方が効果があるか。全部の窓を開けるのは面倒だけど――いや、全部の窓を開けるスキル、解放してた!」


 これまた昨日の課外授業でスミカさんが使ってたスキルだ。

 名前は『風通し抜群』だったはず。

 これ、いける。

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