第4話 シャドウマスター:影からの侵略パート2
さて、舞台の準備が終わったらしく、シュゼのナレーションがはじまった。
《魔王討伐に旅立った勇者は、女神から与えられし強大な力と、己の強靭な精神を武器に、魔物たちを蹴散らしていく》
つまりは、なんやかんやあったということ。
《そして、勇者は魔王城にたどり着いた》
ツッコミはしないけど、シェフィーは『あれ? 魔王城に到着するの早くない?』みたいな顔をしてる。
まあ、そこはテンポ優先ということで。
シュゼのナレーションは構わず話を続けた。
《地獄が地上に這い出たかのような魔王城を進み、勇者は悪の化身である魔王と対峙する》
ここで、マントをひるがえし、頭にツノをつけたスミカさんが登場した。
リビングには変な置物やロウソクが並んでいて、なんかそれっぽさを演出している。
ぱっと見、魔王城というよりオカルトハウスっぽいけど、そこは触れないでほしいかな。
魔王の前に立ったルフナは、鋭い瞳を魔王に向ける。
「貴様が魔王か」
ナイトさんらしい、イケメンな顔がスミカさんを睨む。
対するスミカさんは、にっこりと笑った。
「そう、私が魔王。魔族を統べる者、世界に死を降り注ぐ悪の頂点よ」
「表情が優しすぎて、悪の頂点には見えません!」
まったくもってシェフィーのツッコミが正しい。
けれどもツッコミは演劇の世界になんらの影響も及ぼさない。
ルフナは不死鳥の剣――ではなくホウキを構えた。
「ここまでだ魔王! 覚悟!」
「かかってきなさい!」
勇者ルフナに負けじと、魔王スミカさんも武器を手に取る。
と同時、ツッコミが炸裂した。
「フライ返しです! 魔王の武器がフライ返しです!」
かたやホウキを構えた勇者、かたやフライ返しを構えた魔王。
いやいや、ここは妄想力を発揮するべきだ。
ホウキに見えるあれは伝説の剣、フライ返しに見えるあれは邪悪な剣なんだ、うん。
伝説の剣を握ったルフナは、剣を振り上げ雄叫びを上げる。
「うおりゃぁぁ!」
そして、伝説の剣と邪悪な剣が――やけにゆっくり――ぶつかり合う。
ポコポコと安っぽい音が響いて20秒くらい経てば、スミカさんは再びにっこり笑った。
「フフ、その程度じゃ私を倒すことはできないわよ」
「まさか……第2形態!」
深刻そうな表情をするルフナの前で、スミカさんは一旦キッチンに隠れる。
キッチンからはガサゴソ音が。
しばらくして、にぎやかな格好のスミカさんが登場し、シェフィーが声を張り上げた。
「フライパンやお鍋で武装してます! キッチン用品まみれの魔王です!」
動くたびガチャガチャうるさいキッチン魔王の登場に、私も思わず笑っちゃう。
まさかの魔王第2形態と対峙して、ルフナは真面目に叫んだ。
「私は諦めない! 必殺! メガバキューム!」
直後、ルフナが新たな武器を手にし、シェフィーがツッコミを入れる。
「掃除機です! 勇者の必殺技、掃除機でした!」
ますます世界観がカオスに。
掃除機のモーター音が鳴り響く中、勇者と魔王の最終決戦がはじまった。
「くっ……勇者ごときに負けはしないわ!」
「私だって……世界のために……!」
フライ返しとホウキが振り回され、掃除機がスミカさんのマントを吸い込み、フライパンやお鍋がガチャガチャ鳴る。
シェフィーは大声で言った。
「お料理とお掃除の対決です! 勇者と魔王の戦い感ゼロです!」
まあ、これはこれで楽しいからいいんじゃないかな。
騒音にまみれたお料理とお掃除の対決は、だいたい30秒くらい続く。
30秒くらい続いて、スミカさんがいきなり倒れ込んだ。
「あれ、唐突に魔王が倒れました」
「ま、負けた……この私が……」
「ええ!? あっさりです!」
びっくりするシェフィーを横目に、ルフナは倒れたスミカさんに向かってフライ返しを振り上げる。
スミカさんは抵抗することなく、ルフナの目をじっと見つめて口を開いた。
「あなたは、自分の母親の話を聞いたことあるのかしら?」
「……ない」
「やっぱり、そうなのね。なら、教えてあげるわ」
少しの間を置いて、衝撃的な言葉が飛び出す。
「あなたの母親は、この私よ」
「わわわ! 超展開です!」
目を丸くするシェフィーに、脚本を書いた私はガッツポーズ。
衝撃の事実を聞かされたルフナはホウキを落とし、後退りしながら叫んだ。
「ウソだ……そんなことあるもんか!」
「自分の心に聞いてみなさい。それが真実だと分かるはずよ」
「ウソだぁぁぁ!!」
崩れ落ち、床に座り込むルフナは、絶望と怒りの渦に包み込まれている。
シェフィーは目を輝かせ、つぶやいた。
「ルフナさん、演技がうまいです」
たしかにシェフィーの言う通りだ。
これはもう、アカデミー自宅演劇賞を与えたいくらいだよ。
自分が書いた脚本を抜群の演技で見せてくれるなんて、なんだか嬉しいね。
さて、勇者と魔王の意外な関係が判明した。
ここで豪快な笑い声が響く。
「ククク、ククハハハ、ハーハッハッハッハ!」
「おや? 新キャラ登場です」
リビングの扉が開き、ぶかぶかのロングコートを着たシュゼが現れた。
シュゼは仰け反りそうなくらいに胸を張り、ニタリと笑う。
「残念であったな魔王。せっかくこの私が世界征服の機会を与えてやったというに」
「仕方ないわ。実の娘を手にかけるなんて、できないもの」
遠くを眺めたスミカさんの言葉に、シェフィーはほっこり笑った。
「やっぱりスミカさん魔王は優しいです」
本当、〝娘〟のことを想うスミカさんは、世界で一番優しいおウチだよね。
魔王と話し終えたシュゼは、今度は勇者を――身長差の関係上――見上げた。
「勇者よ、魔王の言葉は真実だ。受け入れよ」
「誰だお前は!?」
「クク、この私はシャドウマスター! 世界の支配を企み、ナレーションで世界の動向を語ってきた者だ!」
「自己紹介が世界観を突き抜けています!」
メタい発言にぴったしのツッコミ、ありがとうございます。
それにしてもシュゼ、変なアドリブは入れないでほしい。
なんて思ってる私たちのことは気にせず、シュゼは堂々と話を続けた。
「どうする勇者。実の母である魔王を倒すか?」
「…………」
「そうであろうな。正義に生きるお主が、実の母を殺すことなどできん」
「……当たり前だ」
歯を食いしばり、武器を捨てたルフナを見て、シュゼはさらにニタリと笑う。
「だが、女王は魔王を生かしはしない。母親を救いたければ、女王と戦うしかあるまい」
影の支配者に突きつけられた厳しい現実。
それでも勇者は、自分の生きる道を選び、覚悟した。
「母さん……シャドウマスターの言う通りだ。私は女王と戦うしかない」
「そうですよね。スミカさんは魔王なんかじゃなくて、優しいお母さんですもんね」
シェフィーはうなずきながら、ルフナたちを応援している。
いつの間に、シェフィーも物語に共感しはじめたらしい。
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