第5話 シャドウマスター:影からの侵略パート3

 さてと、ここで舞台はいったん暗転した。

 暗闇に続くのはナレーション。


《こうして勇者はシャドウマスターの手を取り、実の母である魔王と共に、女王のいる王国へと戻った》


 ガサゴソ音が止み、明かりがつけば、デスクチェアにシーツをかけただけの玉座に座ったミィアと、その前でひざまずくルフナが。

 ミィアの隣にはチルが立ち、ルフナの隣にはスミカさんがひれ伏す。


 玉座に頬杖をついたミィアは、冷たい瞳をしていた。


「何のつもりですか、勇者」


 そんな尖った言葉に刺されても、ルフナはまったく動じない。


「魔王の力は私が封印しました。もはや魔王は無力です」


「だから? 魔王を生かせと?」


「僭越ながら」


 どう見てもリビングな玉座の間は、沈黙に包まれる。

 たまりかねた魔王スミカさんはひれ伏したまま言い切った。


「勇者の言葉を信じてくれないかしら。私はこの通り、降伏するわ」


「わたくしは、魔王のあなたが信じられないのです。もし本当に幸福の意思があると言うのなら、魔王、私に命を捧げなさい」


 冷酷な要求に、ルフナは勢いよく立ち上がる。


「女王陛下! それはあんまりです!」


「アッハハハハ! なんです? その顔は。まるで母親に泣きつく幼児のような顔。なんともまあ、情けない姿だこと」


 まるで卑しい獣を見下すように、ミィアは表情を歪ませる。

 ミィアらしさの欠片もないその姿に、シェフィーは目を丸くした。


「あわわ、悪役の顔です! 魔王よりも悪そうな顔です!」


 うむうむ、完璧な演技だよね。

 魔王以上の完璧な悪役と化したミィアは、少しの温かみもない命令を下した。


「勇者は崇高な義務を捨て去り、腑抜けの有象無象と化しましたか。衛兵たち、哀れな魔王と出来損ないの勇者を始末しなさい」


 命令がリビング――じゃなく玉座に響いたとき、甲高い声が命令を打ち消した。


「そこまでだ女王!」


「何奴!? 衛兵は何をしているの!」


「ククク、貴様の衛兵如きでは、この私を倒すことはできまい」


 衛兵の代わりに現れたのは、真っ黒なぶかぶかコートに身を包むシュゼだ。

 と同時、チルがナイフを手に取り、ミィアの首に刃を当てた。


「預言者!? これはどういうことですか!?」


 眉を吊り上げるミィアに対し、チルは淡々と答える。


「私はシャドウマスター様の使者なのです」


「なんですって!?」


 ミィアの怒りと失望、焦りの感情を前にして、チルは話を続けた。


「シャドウマスター様が魔王をそそのかし、世界を混沌に陥れたのです。そして私が預言者として女王に付け入り、魔王の娘を勇者として魔王討伐に向かわせたのです」


「まさか……」


「そのまさかなのです。人間と魔族の戦いは、全てシャドウマスター様の手の平の上での出来事だったのです」


 ついに真実が明かされた。

 壮大な陰謀の暴露にリビング――じゃなくて玉座の間が動揺する中、シュゼは胸を張ってスミカさんとミィアを見下す。


「勇者によって魔王は力を失った。そして、次の生贄は貴様だ、女王」


「や、やめなさい! 近寄らないで!」


 一歩一歩と近づいてくるシュゼに恐怖するミィア。

 しかしチルのナイフがわずかに首に食い込み、ミィアはその場を動けない。

 それでも止まぬ抵抗に、いよいよルフナが叫んだ。


「女王陛下! お願いです! 矛をお納めください!」


「私は……私は人民のため……!」


「もう十分です!」


「ひゃ!」


 シュゼもチルも押しのけ、ルフナはミィアを抱き上げる。

 普段の愛が爆発したせいか、ルフナの力はやけに強く、ミィアは宙ぶらりん状態。

 なんか、お姉さんがぬいぐるみを抱いてるようにしか見えないよ。


 とはいえ、まだ演劇の途中。ルフナは演技なんだか本音なんだか分からない感じでセリフを続けた。


「もう十分です、女王陛下。陛下は立派に責務を果たしました。だから、もう張り詰めなくても良いのです」


「勇者……本当に、もう張り詰めなくていいの?」


「ええ、これからのことは、全てシャドウマスターに任せましょう」


「勇者……いいえ、ルフナ……!」


 さっきまでの厳しく冷酷な表情はどこへやら。

 ミィアは目に涙を浮かべ、でも無邪気な笑顔で、ルフナ以上に力強くルフナに抱きついた。


 尊すぎる光景に、シェフィーの目にも涙が浮かぶ。


「うう……感動的です!」


 良かった、シェフィーが喜んでくれた。

 抱き合うミィアとルフナを中心に、リビングは再び暗転する。


《かくして1人の勇者により、魔王は力を失い、女王はその地位を捨て去った。それは全て、この私の筋書き通りの結末。この私は、ようやく真に世界を支配する者へと上り詰めたのだ》


 短い暗転とナレーションを挟んで、明かりが戻ってきた。

 すると、シュゼとチルが夕日(の映像が映るテレビ)を眺めている。


「世界はこの私の支配下となった。だが、これからが本番だ。この私の覇道が泰平の世を作りしときまで、この私の戦いは終わらない」


「なら、私は戦いが終わるまで、シャドウマスター様をお支えするのです」


「ククク、頼もしいことだな」


 そこでシュゼは振り返り、シェフィーをバッと指さす。


「宿敵女神よ! この私の活躍、しかとその目に焼き付けたな!」


 いきなり話しかけられて、シェフィーはあわあわと右往左往。

 私は隠し持っていた冊子を手に取った。


「ほらシェフィー、これ」


「これは、台本? え? どういうことですか?」


「シェフィーは女神様役だよ」


「え? え?」


 さらに右往左往しながら、シェフィーは一生懸命に台本をめくる。

 台本の最後のページにやってくれば、シェフィーは立ち上がり、台本を読んだ。


「ええと……はいシャドウマスター、あなたたちの活躍、きちんと見ていましたよ」


「この世界はどうだった?」


 聞かれて、シェフィーは黙り込む。

 ここは完全にアドリブ任せのシーンだ。

 台本には何も書かれていない。


 しばらくして、シェフィーはにっこり笑って言った。


「とても楽しそうな世界で、つい見入ってしまいました。ルフナさんの勇者はカッコよくて、ミィア様の女王様は迫力があって、スミカさんの魔王はとても優しくて、チルさんの側近さんはミステリアスで、シュゼのシャドウマスターは心強くて――すごくいい物語でした」


「当たり前だ。ククク、ククハハハ、ハーハッハッハ!」


 満足げなシュゼは夕日をバックに豪快に笑う。

 こうして、リビングで行われた小さな演劇は、壮大なエンディングで幕を閉じた。

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