第3話 不死鳥の剣は懐かしそうに研究所を見ている
自宅は山にポッカリとあいた洞窟に足を踏み入れる。
薄暗い洞窟の中に広がっていたのは、カラフルなフラスコたちと魔法陣たち、よく分からない道具たちが乱雑に置かれた広大な部屋だった。
シェフィーはテラスに立って、ちょっぴり顔を赤くしながら片手を上げる。
「ではみなさん、これから『山の上の魔法研究所』見学をはじめますよ」
なんか楽しそうなイベントがはじまった。
私はフワッとミィアと一緒に窓から顔を出し、洞窟内を見渡す。
「研究所っていうと真っ白な部屋を思い浮かべるけど、ここも科学っていうよりファンタジーな雰囲気だね」
「研究所、ひろ〜い。玉座の間より広いかも〜」
さすがフワッとミィア、比較の対象が王女様だよ。
フワッとミィアの言う通り、研究所は端っこが霞むくらい広い。
この広い研究所について、シェフィーとシュゼの姉妹2人が解説してくれた。
「ここ山の上の魔法研究所は、『ツギハギノ世界』で最も大きな魔法研究所です。ここで研究開発された魔法道具たちは世界中に広まり、魔法文明を形成する上で欠かせない多くの功績を残してきました」
「クク、世界を影から支配するとは、まさにこのこと。魔法道具により民衆の生活を縛り上げることで、民衆はこの私の思惑通りに動くこととなる。つまりこの研究所自体が、この私が世界を支配するための魔法道具なのだ!」
前半の説明と後半の説明の世界観が違いすぎる。
まあ、どっちが正しい説明なのかは考える必要もないだろうけど。
シェフィーの説明を聞く限り、この研究所は『山の上の国』にとって大事な存在。
もしかしたら、今も歴史に名前を残すような魔法道具が作られているのかも。
「あ! 見てください! ちょうど魔法道具を作っていますよ!」
「ククク、この私の野望が、また一歩……!」
見逃せない瞬間が到来した。
私たちは一斉にテラスに集まって、白いローブを着た研究者さんたちを見つめる。
研究者さんたちは、棚を囲んで魔法陣に魔力を込めてる最中。
「本棚に魔法陣を仕掛けているみたいだな」
「魔法の本棚かしら? なんだか素敵な魔法道具ね」
「ねえねえ〜、あれどんな魔法道具〜?」
フワッとミィアの質問に答えたのはシュゼだった。
「よくぞ聞いてくれた! あの魔法道具は最終兵器にして究極の——」
言い終わる前に、シェフィーの正しい説明が容赦なく割り込む。
「魔法陣の紋様を見る限り、あの本棚は巻数の順番や上下が違う本を揃えてくれる魔法道具ですね」
「え? 何そのマイナー機能。意外と助かるけど」
地味すぎる魔法道具だよ。
それ、喜ぶ人が限られてるよ。
そんな私の思いがシェフィーにも伝わったのか、シェフィーは説明を続けた。
「この研究所で作られる魔法道具は、そんなのばっかりですよ。でも、そういったマイナー魔法道具が、もしかしたら世界を変えるかもしれないんです」
「ふむ、宿敵女神の言う通りだ。最終兵器にして究極の魔法道具は、偽りの平穏に浸かる民衆の傍らに存在するかもしれんのだ」
今度はシュゼの説明も正しい気がする。
そうだよね、世界が変わるきっかけは、なんでもないところにあったりするんだよね。
本の向きを揃えてくれる魔法道具が、歴史に名を残しちゃうかもしれないんだよね。
研究所の見学を続けていると、アニメを見ていたチルがルフナに声をかけた。
「ルフナさん、不死鳥の剣が動いているのです」
「なに!? 本当だ!」
チルの言う通り、テーブルに立てかけてあった不死鳥の剣がカタカタ震えてる。
おかげでみんなの興味は不死鳥の剣に。
「ふしちゃん、どうしたの〜?」
「たしか不死鳥の剣ちゃんって、『山の上の国』出身の魔法道具だったわよね」
「ということは、もしやこの研究所が不死鳥の剣の生まれた場所か!?」
ルフナがそう言った直後、不死鳥の剣がぴょんと跳ねた。
「当たりみたいだね」
「そうか、ここが不死鳥の剣の生まれ故郷だったか。ああ……ミィアと一緒に不死鳥の剣の生まれ故郷に来られる日がくるなんて……今日は記念日だ!」
「きねんび〜」
不死鳥の剣を抱く下着姿のルフナ、そんなルフナに抱きつくフワッとミィア。
ホント、仲良しな2人と1本だね。
仲良しこよしな光景を眺めていると、外から勇ましい咆哮が聞こえてきた。
「今の鳴き声——」
数多のゲームを駆け巡った私には分かる。
咆哮が聞こえてきた方に目を向ければ、そこには予想通り、立派な鱗に長い首、大きな翼を広げるファンタジー世界の象徴が。
「シェフィー! ドラゴンがいる! ドラゴンが荷物運んでる!」
「研究所のお手伝いさんを頑張っているドラゴンさんですね」
「すごい! ドラゴンが人に懐いている!」
「この私の威厳の前には、ドラゴンとて服従以外の選択肢はなかろう。クククハハハハ!」
「いいなぁ、羨ましいなぁ。いつもやってるゲームも、ドラゴンが素材集め手伝ってくれるアップデート希望」
「あっぷでーと?」
最強ドラゴンと一緒に冒険できたら、レベル上げも捗りそう。
ところで、ドラゴンが歩いていた場所に見慣れたものがあった気がする。
「あれは……クロワッサン?」
「本当です! クロワさんのクロワッサンがあります!」
ということは、この研究所は勇者の研究も行っているということ。
そして、勇者は私たちの隣にもいる。
スミカさんは照れたように頰に手を当て、つぶやいた。
「あら? なんだか研究者のみんなから熱い視線を感じるわ」
まさかと思って窓の外を見ると、いつの間に研究者たちが自宅を取り囲んでいる。
研究者たちは全員が前のめりになっていて、テンション高めだった。
「勇者だ! 勇者だ勇者だ!」
「動く自宅だ! 仕組みが気になる!」
「いろいろ弄らせて! お願い! お金は払うから!」
理性的なものが切れたみたいに、研究者たちが自宅に向かって走り出す。
私は思わずリビングの隅っこに避難した。
「なんかマッドな人たちが集まってきちゃったよ!」
恐怖で小さくなる私だけど、シェフィーは朗報を口にした。
「あ、家のシールドが研究者さんたちを止めました」
おそるおそる外を見ると、たしかに研究者たちはシールドにぶつかり地面に転がっていた。
これで諦めて帰ってくれれば、と思ったけど、甘かったらしい。
再び立ち上がった研究者たちは、今度はシールドに張り付きはじめた。
「なんだこれ! どうなってるのこれ!」
「おおー! すごいぞ! 見えない壁だぞ!」
「仕組みはなんだ!? 魔力か!? どんな魔力!?」
大興奮する研究者たち。
中にはシールドに頬擦りする変態さんも。
さすがのスミカさんもこれにはドン引きしていた。
ドン引き空気に包まれたリビングで、シュゼは腕を組み、吐き捨てるように言う。
「魔力の深淵を覗きし者たちめ、ついに自らも深淵の一部と化したか」
そう考えると、ちょっとかっこいいような気が——しないね。
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