第2話 私、そういえばファンタジー世界にいたんだね!

 谷に突き出た街道を、自宅はのしのし歩いていく。

 街の住人たちは動く自宅に驚きながら、けれども日常を崩さない。


 なんて人見知りに優しい街なんだろう。


 窓に張り付いたまま、私は街を眺め続けていた。

 シェフィーは私の隣に立って、自分の故郷の説明をしてくれる。


「ここ『山の上の国』は地面から魔力が自然と湧き出すくらい、魔力が強い土地なんです。だから、魔法道具がたくさん使われていたり、魔法研究や教育が盛んだったりと、『山の上の国』は魔法先進国なんですよ」


 だからシェフィーも魔法が得意になったんだね。

 この街が、強くて優しくて一生懸命で、かわいいシェフィーを育て上げたんだね。


 私が街に感謝していると、街道を飾る花壇と一緒に置かれたウサギの形の置物が私の視界に入り込んだ。


「ねえシェフィー! あれ何!?」


「あれは街道を暖かくするための魔法道具『ホッカホカー』です。あのホッカホカーはウサギさんの形をしていますけど、他にもいろんな形のホッカホカーがあるんですよ」


 何そのかわいい魔法道具。

 こうなると、いろんなホッカホカーを探す楽しみが出てくるよ。


 別のホッカホカーを探すためキョロキョロすれば、今度は他のものに興味が移った。


「何あれ!? あの乗り物、もふもふなキリンみたいな動物が引っ張ってる!?」


「温厚なマモノを利用した乗り物ですね。『山の上の国』ではマモノとの共存を目指す研究も数多く行われているんですよ」


「マモノと共存!? おお〜!」 


 この街、そんなことまでしてるんだ。

 退治するイメージが強いマモノと共存だなんて、なんて優しい街なんだろう。


 人見知りにもマモノにも優しくて、かわいくて幻想的で——


 ほんわかした感情でめちゃくちゃな私を見て、みんなは苦笑いを浮かべていた。


「なんだか、ユラがミィアみたいに無邪気になってるな」


「無邪気ユラユラだ〜」


「フフフ、ちっちゃい頃のユラちゃんを思い出すわね」


「噂と全然違う氷の女王なのです」


「人の持つ二面性とは、かくも極端なものなのだな」


 なんだか好き放題言われてるけど、知らん。

 いよいよ私は感情を爆発させ、シャフィーの両肩を掴んだ。


「シェフィーの故郷、すごい! おとぎ話の世界みたい! シェフィーっておとぎ話の住人だったんだ!」


「動く家に住んでるユラさんも、十分におとぎ話の住人だと思いますよ!」


 鋭いツッコミを入れられたけど、やっぱり知らん。

 今までずっと自宅にいたから忘れていたことを、シェフィーの故郷が教えてくれたんだ。


「ファンタジー世界! 私、ファンタジー世界にいるんだ!」


「ユ、ユラさん!?」


「こんな夢の世界に来られるなんて……こんな、完全にゲームの世界みたいなところに来られるなんて……ああ、ああ!」


「お、落ち着いてくださいユラさん!」


 必死のシェフィーの叫びも、私には届かない。

 なぜなら私の心は、今さらすぎる異世界転移の喜びでいっぱいだから。

 喜びでいっぱいすぎて、なんだか視界が真っ暗になってきたよ。 


    *


 視界は真っ暗。

 けれども私は、優しさと心地よさに包まれている。


 まさか本当に天国に来ちゃった?


 と一瞬思ったけど、フワッとミィアの声が私の意識を覚ましてくれた。


「ユラユラ〜、大丈夫〜?」


 真っ暗な視界に代わって、フワッとミィアのフワッとした表情が目の前に。

 状況が掴めず辺りを見渡せば、どうやら私の頭はスミカさんの膝の上にあるらしい。


「私、なんでスミカさんに膝枕してもらってるの?」


 この単純な質問に対し、スミカさんは私の頭を撫でながら答えてくれる。


「ユラちゃんったら、外を見ながらいきなり倒れちゃったのよ。だから、私がこうして看病してあげてたの」


「そ、そうなんだ。ええと……ありがとう」


 倒れた理由は、なんとなく想像がつく。

 たぶん『山の上の国』のファンタジー感に興奮しすぎたんだろう。


 そんな私の推測が正しいと証明してくれたのはルフナだった。


「まったく、興奮のしすぎで倒れるなんて、ユラはどこか危なっかしいな」


 やっぱりだったね。

 みんなに心配かけちゃって、ちょっと申し訳ないかも。


 ところで、ミィアに興奮して気絶する人がいたような……。


 とりあえず心地がいいので、もうしばらくスミカさんに膝枕してもらおう。

 テレビの前では、前のめりのチルがシュゼに何やら力説していた。


「これはすごいのです。特に登場人物2人の関係性は、今の私の語彙力では表わせそうにないのです」


「ほお、側近をそこまで感心させるとは、異世界のアニメとやらには人を惹きつける魔力が宿っているのかもしれんな」


 おやおや、チルはアニメオタクの道に目覚めたらしい。

 なら、私がアニメマスターになってあげてもいいかもしれない。


 そう思ったとき、私はリビングに1人足りないことに気がついた。

 これはシュゼに聞いた方がいいかな。


「シュゼ、シェフィーはどこ?」


「宿敵女神の居場所か。あの者なら、魔力の深淵を覗きし者たちのアトリエへ赴いたぞ」


「は、はぁ……」


 まずは厨二ワールドの解明からだね。


 魔力の深淵を覗く者たちというのは、きっと言うほど大袈裟なものじゃないはず。

 だとすれば、魔力を調査する人たちと解釈して、研究者とかが有力候補かな。


 研究者のアトリエといえば研究所。

 つまりシェフィーは、魔法研究所に行っている!


 厨二ワールドの解明を終えたと同時、シェフィーが自宅に戻ってきた。


「ただいま戻りました。あ、ユラさんも目が覚めたみたいですね。良かったです」


 にっこり笑うシェフィー。

 答え合わせがしたい私は、シェフィーに尋ねる。


「どこ行ってたの?」


「見学の許可をもらいに魔法研究所に行っていたんです」


「当たった!」


「え? 何が当たったんですか?」


 キョトンとするシェフィーだけど、私はスミカさんに膝枕してもらったままガッツポーズを決めた。

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