13けんめ 『山の上の国』を歩き回る話

第1話 シェフィーの故郷

 ゲームをしているうちに『景色のいい国』での一夜が過ぎていたらしい。

 いつの間に眠っていた私の耳には、仰々しい言葉が入り込んできた。


「さあ、目覚めの時が来た。氷の女王よ、運命に立ち向かえ」


 大冒険がはじまりそうな感じで目を覚ませば、目の前でシュゼが八重歯をのぞかせている。

 少し視線を動かすと、パソコンの画面には木に向かって走り続ける主食はカーボンが。


 どうやら私、ゲーム中に寝落ちしたみたい。


 ともかく朝の挨拶をしておこう。


「おはよう、シュゼ」


「クク、おかしなことを言う。今言うべきは『おはよう』ではなく『こんにちは』であろう」


 シャドウマスター云々ほどおかしなことは言ってないと思うんだけどね。

 まあ、わざわざ反論する程のことじゃないので、私は大人しくリビングに向かうことにした。


 リビングにやってくると、いつも通りのシェフィーの挨拶が聞こえてくる。


「こんにちは、ユラさん。お昼ご飯をどうぞ」


「うん」


 私はシェフィーから受け取ったスミカさんお手製のドーナツを頬張る。

 一方のシェフィーは、ですます口調のままシュゼに話しかけた。


「シュゼ、ユラさんを起こしてくれてありがとうございます」


「宿敵女神よ、お前に感謝される筋合いはないぞ。世界を影から支配する者として、氷の女王の力が不可欠であっただけだ」


「そうでしたね」


 厨二ワールドなシュゼの言葉を、シェフィーはきちんと理解したらしい。

 さすがはシュゼのお姉ちゃんだね。


 シェフィーは私の横に立って、一生懸命な表情で言った。


「ユラさん、シュゼがユラさんの持っているスマートフォンに興味があるみたいなんです。あとで使い方を教えてあげてもらえませんか?」


「別にいいよ、そのくらい」


「ありがとうございます! 良かったですね、シュゼ」


「ククク、世の理はこの私を中心に回っているのだから当然だ!」


 言葉はやけに偉そうだけど、シュゼは結構なお姉ちゃん子なんだね。

 なんだろう、この独特すぎる姉妹、ずっと見ていたいかも。


 ドーナツを食べながらリビングを見渡せば、チルが食い入るようにアニメを見ているのが目に入った。

 アニメを見るチルは、何やらぶつぶつ言っている。


「勇者の元いた世界の物語、興味深いのです。これはもはや沼なのです」


 ふむふむ、チルは早くもオタクの沼に沈んでるみたい。


 ソファの上では、フワッとミィアがルフナで遊んでいた。


「ルフナの頭にモッチュをぽ〜ん」


「ああ……フワッとミィアが尊すぎるぞ! さあミィア! モッチュで私を好きに飾ってくれていいからな!」


「ならなら〜、モッチュの海だよ〜」


「ああ〜!」


 モッチュのぬいぐるみに埋もれる下着姿のルフナ。

 フワッとミィアはふわふわしすぎて、ほとんどモッチュのぬいぐるみと同じカテゴリーの生き物になってる。


 机の下からぬるりと出てきたスミカさんは、幸せそうに笑った。


「おウチ、どんどん賑やかになっていくわね」


「賑やかというより、カオスになってる気がしないでもないけどね」


 カオス空間と化した自宅は、のしのし山道を歩いていく。


 ドーナツを食べ終えた頃、スミカさんがシェフィーに声をかけた。


「シェフィーちゃん、『山の上の国』の入り口に到着したわよ」


「分かりました! では、入国許可を取ってきます!」


 そう言ってシェフィーはテラスに出た。


 窓の外には、谷を封鎖する大きな扉がそびえ立っている。

 扉の隅っこには入国管理の人がいて、シェフィーはおそるおそるその人に話しかけた。


「あの……ええと……昨日、入国許可をいただきに来た者なのですが……」


 人見知りらしい小声。

 入国管理の人はシェフィーに気づくなり、ぱっと立ち上がった。


「これはこれは! シェフィーさんじゃないですか! シュゼさんもご一緒ですか?」


「はっ、はい」


「姉妹揃ってジュウの勇者様と行動を共にするとは、さすがエクレールの姉妹ですよ!」


 どうしてだろう、入国管理の人のテンションが妙に高い。

 そりゃ、かわいいシェフィーを見てテンションが上がらない人はいないと思うけど、それだけじゃない感じ。

 ちょっと聞いてみよう。


「シェフィーとシュゼって、実は有名人だったりする?」


「う〜ん、一応は有名人、なんですかね?」


 あれ、否定しなかった。

 故郷のシェフィーは、もしや私の知らないシェフィーなのかも。


 テンションが高い入国管理の人は、今度は私たちを見て、明るい声で言った。


「ようこそジュウの勇者様! 『山の上の国』をどうぞ、ご堪能ください!」


 まるでテーマパークの従業員みたいなセリフ。

 と同時、谷を封鎖する大きな扉が左右に開きはじめる。


 扉の向こうに見えてきたのは、深くて高い谷だった。


 谷の斜面には木組みの建物が張り付くみたいに並び建ち、街道が段々に連なっている。


 そして、個性豊かなたくさんの橋たちが斜面と斜面をつなげていた。


 辺り一面にはカラフルなランタンがぶら下がっていて、それがなんだかイルミネーションみたい。


 街を行き来するのは、ローブを着た魔法使いさんや、不思議な動物が引く乗り物たち。


 こんな街、私はゲームやアニメの世界でしか見たことがないよ。

 思わず私は窓に張り付いていた。


「こっ、これはっ……!」


 いろいろ限界に達し、言葉が出てこない。

 そんな私の背後で、みんながそれぞれの感想を口にしていた。


「かわいらしくて素敵な街だわ!」


「ああ、話で聞いていたよりもずっと幻想的だな」


「おお〜、魔道具がたくさんだ〜」


「今日の街は歓迎モードみたいなのです」


 私もみんなみたいに感想を言いたい!

 でも、なんかいろいろ素敵すぎて、逆に何も言えないよ!


 そうやって私が目を輝かせていると、シュゼとシェフィーが私の手を握った。


「クク、この場所こそ、この私が根城とする街だ!」


「ようこそ、ユラさん」


 もしかして、ここは天国ですか?

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