第4話 心して聞くが良い

 ツッコミを入れそうな口を抑えた私の横で、スミカさんはニコニコしながら尋ねた。


「荷物の配達先はどこかしら?」


「この地図に書かれている場所だ」


 そう言って、シャドウマスターは1枚の地図を差し出す。

 ぺらりと垂れた地図を見てみれば、そこには『景色のいい国』という文字が。

 これには私たちも驚いた。


「あ、私たちと目的地、一緒だ」


「すごい偶然ね!」


 幸運というよりは、運命的。

 もしかしてシャドウマスター、本当に宿命で私たちと出会ったのかも。

 だとしたら、ツッコミを入れなくて良かった。


 まさかの展開に、スミカさんは微笑みながらシャドウマスターに声をかけた。


「私たちも『景色のいい国』に向かう最中なのよ。せっかくだから、私たちと一緒に『景色のいい国』に行きましょう」


「ククク……ククハハハハ! これぞ世界を影から支配する者の宿命! 魔王城スミカ、頼んだぞ!」


「頼まれたわ」


 いつの間にか魔王城にされているスミカさんは、優しく笑ってソファに座った。

 自宅は4本足を動かし、雪の積もった山道をのしのしと登っていく。


 動く家初体験のシャドウマスターと側近ちゃんは、窓に張り付きながら心を躍らせていた。


「なんということだ……! 魔王城は歩いているというのに、家の中では揺れのひとつも感じない……だと……!?」


「仕組みが一切分からないのです」


「おとぎ話の中にあった異世界の家とは、こういうものだったと……クク、世界を影から支配するこの私にも、まだ知らぬものがあったとはな」


 すごい独特な世界観が繰り広げられている。

 まるで世界のお偉いさん2人が会話してるみたい。


 でも、2人ともちっちゃい女の子だからギャップがすごい。

 しかも、ここは民家のリビングだし、隣ではミィアが黙々とゲームをしてるせいで、もうギャップがパレードしてる。


 こうなると、なんか、ツッコミを入れる気力も失せてくるよ。


 私がぼうっとソシャゲの世界に戻れば、シャドウマスターはミィアに話しかけた。


「人類の指導者よ、先ほどから何をしているのだ?」


 そう言うシャドウマスターはゲーム画面に夢中らしい。

 物静かでぼやっとしたミィアは、気の抜けた口調で質問に答えた。


「これ~? テレビゲームだよ~」


「ゲームなのか、これが?」


「そうだよ~」


「側近よ、お前はこのようなゲーム、見たことがあるか?」


「残念ながら、見たことはないのです」


「つまりは異世界のゲームということか。クク、ならば影の支配者であるこの私が、異世界のゲームをも支配してみせよう!」


「ゲーム、やりたいの~?」


「人類の指導者よ! この私に、テレビゲームとやらのやり方を教えよ!」


「分かった~。えへへ~、ついにミィアがマスターだ~」


 誇らしげな表情のミィアはシャドウマスターにコントローラを渡す。


 我が弟子ミィアよ、立派なゲームマスターとして、シャドウマスターをゲーム世界に引きずり込むのだぞ。


 ゲームタイムがはじまって数分後、ミィアとシャドウマスターはワイワイとゲームを楽しんでいた。

 途中からは側近ちゃんも参加して、3人は大盛り上がり。

 心なしかミィアもいつもの無邪気さを取り戻している気がする。


 3人を眺めたスミカさんは、嬉しそうな表情をしていた。


「シャドウマスターちゃんと側近ちゃん、もうミィアちゃんと仲良くなったのね」


「人見知りじゃないと、友達できるの早くていいよね」


「フフフ、友達作りに早い遅いなんてないわ」


 優しく笑ったスミカさんは、私の頭を撫ではじめる。

 なんて幸せな時間。

 それなのに、邪魔が入った。


「あら、マモノが近づいているわ」


 どうやらマモノがレーダーに引っかかったらしい。

 私は双眼鏡を手にして、窓の外を見渡した。


「いたいた。マモノ、見えたよ」


 山と山の間をこちらに向かってぴょこぴょこ飛ぶ数体のマモノを発見。

 今こそルフナから教えてもらったマモノ知識を披露するときだね。

 たしかあのマモノは――


「スライム系のユキダ・ルーマの群れだね。雪だるまがスライムになっただけの雑魚」


「雑魚敵でも、油断はできないわ」


 気を引き締めたスミカさんは、ゲームで遊ぶ三人に呼びかけた。


「シャドウマスターちゃんたちはおウチの中にいてちょうだい。マモノは私が――」


 言い終わる前に、シャドウマスターがすっと立ち上がる。

 そして彼女は、ニタリと笑って言い放った。


「この私を誰だと思っている? この私こそ、世界を影から支配するシャドウマスターであるぞ! あの程度のマモノ、この私が排除してくれよう!」


 大げさな宣言。

 これで大男だったら威厳があったかもしれないけど、ちっちゃな女の子だからかわいいだけ。


 だからこそ、スミカさんは言う。


「ダメよ。子供を危険に晒すわけにはいかないわ」


「クク、やはりジュウの勇者は知らぬのか」


 唐突に私たちに背を向け、シャドウマスターは空を見上げた。


「マモノとは何か。それは世界の核心に触れた者しか知らぬ真実。女神の威光に照らされ、大いなる陰謀に包まれた、選ばれし者の瞳にしか見えぬもの。心して聞くが良い」


 振り返ったシャドウマスターの頰が歪む。


「魔王以外に、ここ『ツギハギノ世界』のすべてを我が物にせんとする不届き者がいる。そいつは世界の歯車を狂わせ、女神や魔王とも争い、野望を成就させようと邁進している。そう、今この世界は、ある1人の不届き者の侵略を受けているのだ」


 仰々しい雰囲気に、私とスミカさんは息を飲み込んだ。

 すると、リビングに大声が響く。


「不届き者の名はシャドウマスター! この私である!」


「な、なんだって!?」

「な、なんですって!?」


 つい私たちも大声で驚いちゃった。

 シャドウマスターは私たちの反応に満足し、鼻高々に言葉を続ける。


「この私は、『ツギハギノ世界』の影を支配する者。だが、それでは足りぬ! この私が、『ツギハギノ世界』の光をも支配する! この私が、影だけでなく、すべてを支配する!」


 ぎゅっと拳を握り、シャドウマスターはニタリと笑った。


「そうして前進するこの私を潰そうと、魔王はマモノを放った。分かるか? マモノとは、この私を潰すための存在なのさ!」


 なんだか話が壮大になってきたよ。

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