第5話 マモノ、影の支配者、ジュウの勇者

 壮大な世界の真実を語ったシャドウマスター。

 彼女はこちらに向かってくるマモノを見つめ、宿命を受け入れるように言う。


「マモノが私を潰そうというのならば、私がマモノを倒さねばならない」


 なるほど、シャドウマスターの覚悟は伝わった。

 私はシャドウマスターが続けようとした言葉を口にする。


「だから、ここは自分に戦わせてくれと、前進するための儀式としてマモノを退治させてくれと、そういうことだね」


「よく分かっているではないか、氷の女王よ」


 だんだんシャドウマスターの厨二ワールドが理解できてきたぞ。

 なんだか面白そうだし、マモノ退治を任せちゃってもいいかもしれない。

 スミカさんにも協力を仰ごう。


「ねえスミカさん、あのマモノの群れは2人に任せよう」


「でも……」


「大丈夫。マモノの群れは雑魚だし、いざとなったらスミカさんが動けばいいんだから」


「そうね……」


 少し考えて、スミカさんはお母さんのような表情を浮かべた。


「分かったわ! マモノ退治は2人に任せる! でも、無理しちゃダメよ」


 とっても優しい声色がシャドウマスターと側近ちゃんを包み込む。

 するとシャドウマスターは、子供っぽい笑顔とニタリ顔を同居させ、声を張り上げた。


「側近よ! 作戦を!」


「かしこまりましたなのです」


 指示を受け、側近ちゃんはテラスに出る。

 そして側近ちゃんは、顎に手を当てじっとマモノたちを眺めはじめた。


 開けっ放しの窓からは冷風が入り込んで寒いけど、雰囲気的にそれは黙っておこう。


 しばらくして、側近ちゃんの冷静な声がリビングに届く。


「マモノどもは谷を進んでいるのです。であるならば、谷に油を流し、火をつけるのが良いと思うのです」


「極寒の地を灼熱の地獄へと変える、か。その作戦、気に入ったぞ。戦の準備を!」


「はっ! なのです!」


 側近ちゃんの作戦をシャドウマスターは即承認。

 続けて側近ちゃんはテラスに立ったまま目をつむり、呪文みたいなのを口にした。


「右手には王笏を、左手には魔剣を、魂には魔力を。我らが大地の精霊たちよ、我は小石と藁、リンゴ、黒き枝を欲す。我らが大地の精霊たちよ、我の願いを叶えんがため、奇跡を起こしたもう」


 きっと、あれがシェフィーの言っていた詠唱魔法だね。


 長い詠唱の最中、側近ちゃんの足元は黄色く光り輝いていた。

 詠唱が終わると側近ちゃんの足元には、いくつかの小石と藁、リンゴ、黒い枝が現れる。


 もう、あらゆる媒体で見てきた魔法そのものの光景だよ。


 私がファンタジー世界に浸る横で、シャドウマスターはリンゴに小石を突き刺していた。

 続けて黒い木の枝に藁を使って小石を巻きつける。


 なんだか奇妙なシャドウマスターの前衛芸術作品に、私とスミカさんは首をかしげるだけ。

 そんな私たちのことは気にせず、シャドウマスターは小さな杖を握り、それを天に掲げ宣言した。


「準備は整った! マモノどもよ! この私の隠されし力の前にひれ伏せ!」


 宣言した直後のこと。

 小石が突き刺さったリンゴは光となって弾ける。


 弾けた光は宙を舞い、再び集合すると、今度はドロっとした油が姿を現す。

 まるで小石が突き刺さったリンゴを代償に、どこからか油を召喚したみたいな光景。


「もしや……召喚魔法!?」


 あらゆる〝ファンタジー世界〟を渡り歩いてきた私の直感。

 シャドウマスターは召喚魔法の使い手なのかもしれない。


 油が谷を流れ落ち、マモノたちを呑み込むと、シャドウマスターは大笑いする。


「ククク、クククハハハ、ハーハッハッハ! この私に歯向かったこと、後悔するがいい!」


 それっぽいセリフに従うように、藁で小石を巻きつけた黒い木の枝が光となって弾ける。


 光が再集合して現れたのは炎だった。

 炎は油の中にダイブし、谷は業火に沈む。


 ユキダ・ルーマたちは蒸発し、紫の霧となって消えていった。


「おお! すごい迫力!」


 寒さを忘れる熱気を前に、私は大興奮。

 一方のスミカさんは微笑む。


「側近ちゃんが戦いの準備をして、シャドウマスターちゃんがマモノを倒す。フフフ、なんだか私とユラちゃんみたいね」


 たしかに、その通りかもしれない。

 シャドウマスターと側近ちゃんの抜群の連携が、マモノたちを倒したんだね。


 マモノは倒したし、これで一安心——というわけにはいかなかった。

 微笑んだスミカさんの表情は、一瞬で様変わりする。


「大変よユラちゃん! あれを見てちょうだい!」


「あれ? どれ?」


 スミカさんの指の先を見れば、遠くの山からこっちに向かってくる5体の巨大な雪だるまが。

 家の屋根を帽子としてかぶり、大木でできた腕を振るあの巨大な雪だるまは間違いない。


「げっ! ハザード級マモノのオーキーユキダ・ルーマが5体!?」


「さすがにシャドウマスターちゃんと側近ちゃんが危ないわ!」


「だね。スミカさん、新スキルの榴弾砲!」


「分かったわ!」


 ハザード級はレジェンド級の次に危険なマモノのこと。


 スミカさんはすぐさま解放したばかりのスキル『榴弾砲』を発動した。


 ベランダから生えてきた榴弾砲は即座に火を吹く。

 砲身から飛び出した榴弾は、けれどもマモノたちの頭上を飛び越え、山の向こうに消えていった。


「ど、どうしましょう!? 当たらないわ!」


「だと思ってた! でも気にせず撃ち続けて!」


「ええ、もちろんよ!」


 経験上、スミカさんの命中率は10パーセントくらい。

 ただ、この確率はガチャと一緒で、10発に1発当たるということじゃなく、1発ごとの命中率だったりする。


 つまり、2発連続で命中することもあれば、30発撃っても当たらないことだってある。


 今回は榴弾砲を使ってるから、数発命中すれば十分。

 だからスミカさんには、当たるまで榴弾砲を撃ち続けてもらわないと。


 ということで、砲撃音と空薬莢が転がる音が13回鳴り響いた。

 そして14回目でやっと、オーキーユキダ・ルーマ3体が爆炎の中に消える。


「当たった!」


 思わずガッツポーズしていると、奇跡的に15発目もマモノに命中した。

 5体のオーキーユキダ・ルーマは、私たちに近づく前に霧となり、風に吹かれていく。


 あっという間にマモノ退治を終わらせたスミカさんは、にっこり笑っていた。


「やったわ! 5体のオーキーユキ・ダルーマ、倒せたわ!」


「さすがスミカさん」


 相変わらずの凄まじい勇者パワーだよ。

 テラスに立つシャドウマスターも腕を組み、偉そうに口を開いた。


「ふむ、移動要塞と呼ばれるだけあって、ジュウの勇者の力は本物のようだな!」


「シャドウマスターちゃんと側近ちゃんも、すごく強かったわよ」


「ククク、当然である! この私は、世界を影から支配する者だからな!」


 当然というわりに、シャドウマスターの表情はきらきらしている。

 まるでお母さんに褒められた子供みたい。


 嬉しそうなシャドウマスターと側近ちゃんに、スミカさんは手招きした。


「2人とも、外は寒いでしょ。早くおウチの中に入った方がいいわ」


「言われずともそうするつもりだ! 側近よ、行くぞ!」


 シャドウマスターと側近ちゃんはとことことリビングに戻り、窓を閉めた。

 リビングに戻った2人を眺めていた私は、ふと2人に話しかける。


「あの……シャドウマスターに側近さん」


「なんだ?」


「ええと……その……」


 ほとんど無意識的に話しかけちゃったから、言葉が続かない。

 人見知りな性格が、言葉を喉でブロックしちゃう。


 だけど、どうしてだろう、シャドウマスターが一瞬だけシェフィーに見えた気がした。

 そのおかげか、私は無事に言葉の続きを口にすることができた。


「世界を支配せんとするその覚悟、この氷の女王がしかと見届けた。お主のさらなる前進を楽しみにしているぞ」


 私の中の厨二ワールドを解放。

 対するシャドウマスターは大笑い。


「ククク……クククハハハハ! ハーハッハッハッハ! 氷の女王よ! どうやらお前とは仲良くできそうだ! 友情の印として、これをやろう!」


 八重歯をのぞかせたシャドウマスターは、私にネックレスを渡してくれた。

 緑色に透き通った綺麗な石の飾りがついたネックレスに、私はしばらく目を奪われる。


 そんな私に背後から話しかけてきたのは、スミカさん。


「ユラちゃんが会ったばかりの子にあんな風に接するなんて、すごいわ!」


「なんか、シャドウマスターがシェフィーに見えた気がして……」


 でも、たぶんそれだけじゃない。

 シェフィーにミィア、ルフナ、スミカさんと一緒に暮らしていた影響は大きいと思う。

 強烈な私の人見知りも、みんなとの楽しい時間の前ではちょっとだけ力を弱めるみたいだね。


 さて、シャドウマスターは早速ミィアの隣に座り、仰々しく言った。


「さあ人類の指導者、ゲームの再開だ」


「うん、分かった~。じゃあ~、次は村の救出戦だよ~」


「良かろう」


 フワッとしたミィアと大袈裟なシャドウマスターは、仲良くゲームを再開。

 側近ちゃんは食い入るようにゲーム画面を見つめている。

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