10けんめ 第二次勇者勝負の話

第1話 たまには寝坊を後悔することもあるよ

 2日連続のすごろくで私は疲れていたらしい。

 私が目を覚ましたとき、時計の針は午後2時をさしていた。

 夜更かしをしないでこの時間に起きるのは、さすがの私でも珍しいことだ。


「寝すぎて体が痛い……」


 ガチガチな体をなんとか起こした私は、ハネた髪を雑に結ぶ。


 床に足をつければ、ふらふらとリビングへ向かった。

 こんな時間だと朝ごはんやお昼ご飯のいい匂いはしない。


 リビングに到着すれば、ソファで本を読むスミカさんと、机で魔法陣制作に取り組むシェフィーに挨拶した。


「おはよう」


「こんにちは」


「こんにちはです」


 生きている時間のズレから生じる挨拶のズレ。

 スミカさんは困ったように笑って言った。


「今日はよく寝てたわね」


「よく寝たけど、まだ眠い」


「それは昏睡状態一歩手前なのでは!?」


「朝ごはんとお昼ご飯はとっておいたわ。お腹が空いたときに食べてね」


「ありがとう」


 優しい言葉に甘えて、私はあくびをしながらキッチンをあさる。

 冷蔵庫を開ければ、そこにはフレンチトーストとグラタンが。

 私はフレンチトーストを手に取り、ソファの上でそれを食べながら、あることに気づいた。


「そういえばリビングが静かだね。ミィアとルフナはどこ?」


「お2人なら、家の外でお話中ですよ」


「お話中? 誰と?」 


 この質問にシェフィーが答えようとするが、答えを口にすることはできなかった。

 なぜなら、100メートルぐらいの風船が破裂したような音が外から聞こえてきたからだ。


――何事!? マモノの襲撃!?


 焦った私は窓にへばりつく。


 すると、私の目に飛び込んできたのは、大量の石ころに包まれた4人の人影。

 うさ耳パーカーとほぼ下着姿の2人はミィアとルフナだ。

 残りの2人は、ポニテさんとバックパッカーさん。


「げっ……シキネとクロワ……」


 マモノの襲撃よりも嫌な2人の襲撃だ。


 さっきの破裂音も2人の仕業だろう。

 ミィアとルフナ、シキネ、クロワの会話からもそれが分かる。


「素手で殴っただけなのに、大岩がバラバラ~!」


「どうだ! アタシの力、すごいだろ!」


「正確に言うと、ウチの力を利用したシキネがすごいんじゃい」


「やっぱり勇者の力は規格外だなぁ」


 とにかくシキネがヤバい人なのは確かだ。

 ただ、ミィアに関して少し気になったことがある。


「ミィア、シキネとクロワには王女様モードで話さないんだね」


「ルフナさんによると、自分のことを王女様だと知らない相手には王女様モードを発動しないらしいです」


「へ~」


 王女様モードと天真爛漫モードの切り替え条件はちょっと複雑らしい。


 ともかく、ミィアに関して気になったことへの答えは分かった。

 けれども最大の問題への答えはまだ分かっていない。

 これはスミカさんに聞いてみよう。


「で、なんであの2人がここに?」


「ユラちゃんが寝てる間にね、シキネちゃんが空から降ってきたの」


「降ってきた」


「それでね、近くにいたクロワちゃんと合流したの」


「合流した」


「その後2人がね、私たちに気づいて言ったの」


「アタシと勝負しろ」


「アタシと勝負――その通りよ。よく分かったわね。で、ユラちゃんは寝てるから、ちょっと待っててねって言ったら、待っててくれたの」


「待っててくれなくて良かったのに……」


 今の私は、昼間まで眠っていたことを後悔している。

 後悔先に立たず。

 粉々になった大岩の残骸を絶妙なバランスで積み上げていたミィアが私の存在に気づき、声を張り上げてしまった。


「あ、ユラユラが起きてきた~!」


「随分と遅かったんじゃい」


「やっと出てきたな!」


 目をつけられた時点で終わり。

 怪獣みたいに地面を踏みしめながら、シキネはこっちに近づいてくる。


 ただ、彼女は自宅のシールドに思いっきりぶつかり仰向けに倒れた。

 ゆっくりと立ち上がったシキネは、鼻血を出しながら、まるで何事もなかったかのように吠える。


「おい! 氷の女王ユラ! アタシと勝負しろ!」


 鼓膜が痛いくらいの大声に思わず耳をふさぐ私たち。

 このままだと大変なことになる。

 私は耳をふさいだまま振り返り、叫んだ。


「スミカさん! 逃げて!」


「う~ん、でもシキネちゃんと勝負するって約束しちゃったのよね……」


 優しいスミカさんは約束を破れない。

 そうしている間にも、音響兵器並みのシキネの大声が響き渡る。


「勝負だ勝負! 勝負勝負! しょーうーぶー!」


 もう勝負の前に鼓膜が敗北しそう。

 なんとかしてこの場から逃げ出そうと私は頭を動かした。

 そんな私の袖を掴んだのはシェフィーだ。


「あっ、あの、たまにはシキネさんと勝負をしてみてはどうですか?」


「シェフィーまで……」


「きっとあれですよ! ほら、あの……ずっと勝負を拒否し続けるから、何度も勝負を仕掛けられちゃうんですよ!」


「そんなものなのかなぁ……」


「ね! シキネさんと勝負しましょう! これもユラさんのためです!」


 やけに勝負することを勧めてくるね。

 でもそこまで言われると、たしかにシェフィーの言う通りな気もする。


 どうしよう、私はどうすればいいんだろう。


 外から聞こえてくる大声は、いつの間に増えていた。


「勝負! 勝負勝負勝負! 勝負!」


「勝負じゃい!」


「しょ~うぶ~!」


 なぜかミィアまでシキネの側に立っている。

 こうなったらもう、やるしかないのかもしれない。


 私は唾を飲み込むと、窓を開けてテラスに立ち、シキネに向かって言った。


「勝負、すればいいんでしょ」


 意を決した言葉。

 対するシキネの返答は単純。


「え!? なんか言ったか!? 聞こえない!」


 でしょうね。

 目の前にいる人にも「なんて言った?」とか言われる私の声が、シキネの大声に勝てるはずないもんね。

 さっきのはなかったことにして、やっぱり逃げちゃおうかな。


 そうは思ったけど、逃げたところでシキネは追ってくるだけだろう。

 仕方がない。勇気を出して大声を出すか。


「勝負! すれば! いいんでしょ!」


 久々の大声で、早くも私の声はかすれそうだ。


 おかげで私の言葉はシキネの耳に届いたらしい。

 シキネは遊園地に行くことが決まった子供のようにパッと表情を明るくした。


「よし! 勝負だ! やるぞ! 今すぐやるぞ!」


 めちゃくちゃにテンションが爆発したシキネは、心の底から嬉しそうだ。

 あそこまで喜ばれると、勝負に乗って良かったとも思えてくる。

 いや、それは言い過ぎかも。


 テンションが爆発したシキネの相手をするのは骨が折れそうだよ。物理的に。

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