第2話 おウチが幸せなとき
知らないおウチにミィアさんは興味津々のようです。
シェフィーさんとクロワさん、ルフナさんが紅茶を飲む横で、ミィアさんは冒険をはじめました。
部屋という部屋を見て回り、窓の外を眺め、小さな隙間も見逃しません。
そしてミィアさんは見つけました。
「おお~! 天窓がある~!」
雨粒が滴る夜空を見上げたミィアさんの興味は天窓に向けられました。
しかし天窓に触れるためには、身長が2メートル、あるいは腕の長さが2メートル以上は必要でしょう。
または窓枠に登って手を伸ばすしかありません。
ミィアさんが選んだのは後者でした。
細い窓枠に足をかけたミィアさんを、シェフィーさんたちは心配します。
「あ! ミィア様! 暗い中でそこに登るのは危ないですよ!」
「シェフィーの言う通りだ。さあミィア! 代わりに私がミィアを肩車するぞ!」
「うん、分かった~! よいしょっと」
「ああ……ミィアが私の肩に座っている……グヘヘ」
とても幸せそうな顔をして、ルフナさんはハアハアしています。
肩車のおかげで天窓に手が届いたミィアさんは満足げです。
楽しそうな2人を眺め、紅茶をすすったクロワさんは、小さく笑いながらシェフィーさんに言いました。
「シェフィーさんたちのこと、シキネが羨ましそうに見てたんじゃい」
「わたしたちを?」
「どうしてどうして?」
理由を知りたがるシェフィーさんとミィアさん。
対するクロワさんは、しまったという表情を浮かべながら、しかしどこかおかしそうに答えました。
「シキネの旅のお供はウチだけじゃい。それでも構わないとシキネは言うけど、本当は寂しいはずなんじゃい。だから、5人でワイワイやってるシェフィーさんたちを羨んでるんじゃい。シェフィーさんたちに会うたび勝負を挑むのも、きっとそれが理由じゃい」
「お~! 子供みた~い!」
「それをミィア様が言いますか!? とはいえ、思っていたよりもシキネさんは寂しがり屋さんなんですね」
「そうじゃい。ああ見えてかわいいんじゃい、シキネは」
楽しげに笑うクロワさんはシキネさんを誇っているかのよう。
それを見てシェフィーさんは思いました。きっとクロワさんはシキネさんが大好きなんだろうと。
だからこそ2人は、仲良く旅ができるんだろうと。
同時にシェフィーさんの頭には、ユラさんとスミカさんの顔が浮かんでいました。
さて、その後もミィアさんの冒険は続きますが、眠気には勝てません。
ミィアさんは大きなあくびをしました。
「ふわぁ~、ルフナ~、眠い~」
「よし! 私の胸の中で寝ていいぞ!」
「そろそろ寝ましょうか」
「賛成じゃい」
そうしてシェフィーさんたちは、空き家で夢の世界に飛び込みます。
*
眠りの中、シェフィーさんの鼓膜を誰かの声が震わせました。
「はや……きる……じゃい」
「……うん?」
「早く起きるんじゃい」
「……あ、お、おはようございます、クロワさん」
「驚くことが起きたんじゃい」
「うん? 一体何が――はわわ!?」
目を開けてびっくり。
シェフィーさんの前には、朝の日差しの中、クロワさんとミィアさん、ルフナさん、そして知らない女性がいます。
知らない女性はスミカさんに似た笑顔を浮かべ、言いました。
「おはようございます」
「お、おおお、お、おはようございます!」
何が何だか分からず、シェフィーさんはとりあえず挨拶を返します。
でも、次の言葉が見つかりません。
とりあえず女性の正体を知る必要があるでしょう。
女性の背後には、小さな男の子と、女性と同じぐらいの歳の男性がいます。
立ち上がったシェフィーさんはツインテールを作り、女性に聞きました。
「えっと……あなた方は……」
「私たちは『すごろくな国』からここに引っ越してきた家族です。『すごろくな国』は昨日の朝に出発したのですが、夫が壮大に道に迷ってしまって、ようやく新居に到着できたんです」
そういえば『すごろくな国』で引っ越した家のマスがありました、と思うシェフィーさん。
続けてシェフィーさんの口から飛び出したのは謝罪の言葉でした。
「す、すみません! 勝手にみなさんの新居に上がってしまって……」
「いえいえ。昨日の夜は突然の大雨でしたから、雨宿りをしにきたのでしょ?」
「え? あ、いえ、その……はい」
1人で寂しがってる空き家さんを元気づけに来た、とは言えません。
仕方なく、シェフィーさんは女性の言葉にうなずきます。
一方でミィアさんとルフナさんは嬉しそうでした。
「良かったね、空き家さん! 新しい家族ができたよ~!」
「これからは寂しい時間を過ごさずに済むな」
その通りです。
ひとりぼっちだった空き家に、新しい家族ができたのです。
このことに気づいたシェフィーさんも、心が暖かくなります。
さて、空き家の新しい住人と別れ、クロワさんとも別れたシェフィーさんたち。
3人は自宅に戻りました。
「ただいまです」
「ただいま~!」
「今帰ったぞ」
「あら、おかえりなさい」
「ユラさんは……まだ寝てますね」
「ご名答よ」
おかしそうに笑うスミカさん。
シェフィーさんは振り返り、窓から見える空き家を眺めました。
「空き家さん、楽しんでくれたでしょうか?」
たった一晩のお泊まりで、空き家さんの寂しさを吹き飛ばすことができたのでしょうか?
建物の声を聞くことができないシェフィーさんは、それが気がかりでした。
そんな気がかりを吹き飛ばすように、スミカさんは明るく言います。
「とっても楽しそうにしてたわよ! 上機嫌に鼻歌まで口ずさんでたわ!」
「家って鼻歌を口ずさむんですか!?」
思わずツッコミを入れながらも、シェフィーさんは安心します。
同時に、空き家さんの未来が明るいことにも安心し、つい頰が緩んでしまいます。
「空き家さんに新しい家族ができて良かったです」
「フフフ、新しい家族がやってきたときほど、家にとって幸せなときはないわ」
「ということは今の空き家さん――いえ、あのおウチさんは、幸せの真っ最中ですね」
「ええ、上機嫌に小躍りしてるもの」
「家って小躍りするんですか!?」
やっぱりツッコミを入れてしまうシェフィーさん。
スミカさんは鼻歌を口ずさみながら、朝食を作るためキッチンに向かいました。
どうやら住人と一緒に楽しい時間を過ごすのは、新しい家族ができたおウチさんだけではないようです。
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