ばんがいち ある空き家の話

第1話 シェフィーとクロワと空き家

 ジュウの勇者さんたちが『すごろくな国』を出たとき、太陽は西の地平線にいました。

 つまり、すぐに夜がやってきたのです。

 加えて急な雨が降り出します。


 疲れていたジュウの勇者さんたちは、その場で休むことにしました。

 脚を収めて休憩する自宅の中、夕食を終えたユラさんとミィアさんはゲームで遊び、ルフナさんはミィアさんを観察しています。


 シェフィーさんはスミカさんとお話ししていました。


「雨、止む気配がないですね」


「そうね。明日はびちょびちょ道を歩かなきゃいけないわ」


「スミカさんはわたしたちを乗せて大変そうです。いつもありがとうございます」


「別にいいのよ。世界中を歩き回るのは楽しいもの」


「歩き回れるようになる前は、どんな感じだったんですか?」


 純粋な疑問をシェフィーさんは口にします。

 この疑問に対し、スミカさんは過去を振り返りました。


「それはそれで楽しかったわよ。他のおウチとおしゃべりしたり、ユラちゃんの家族を見守ったり。ただね――」


「ただ?」


「幸い私は恵まれていたけど、周りにおウチがなかったり、住む人がいなくなっちゃったりすると、さすがに寂しいと思うわ」


 遠くを見つめ、スミカさんはそう言いました。

 彼女が見つめているのは窓の外です。

 木々と暗闇と雨の中を指さし、スミカさんは言葉を続けます。


「あそこに空き家があるの、見えるかしら?」


「はい、見えます」


「あのおウチとお話ししてみたんだけど、もうずっと前から空き家らしいの。昔は仲良しな家族が住んでいて楽しかったけど、その家族もいなくなっちゃって、周りにおウチもなくて、今では少し寂しいみたいよ」


「そうなんですか……」


 シェフィーさんはじっと空き家を見つめます。

 森の中、孤独に雨に濡れる空き家。

 いつしかシェフィーさんの心は悲しさに包まれていました。


 そしてシェフィーさんは、ふと思いついたのです。


「……わたし、今日はあの空き家で過ごします」


「フフフ、本当にシェフィーちゃんは優しい子ね」


 まるでそう言うのを知っていたかのように微笑むスミカさん。

 新しい予定ができたシェフィーさんは立ち上がり、寝室へ向かい、自分のバッグを手に取りました。


 準備が終われば外に飛び出します。

 雨に打たれざわつく森の中、輝く光魔法陣と傘を手に空き家へ。


 少し歩けば、ようやく空き家の全体像が見えてきました。

 空き家は2階建てのレンガ造りで、かわいい窓枠に飾られたおウチです。


 シェフィーさんは鍵のかかっていない扉をおそるおそる開けました。


「お、おじゃまします」


 寂しく響き渡るだけの挨拶。

 誰もいない建物に魔法陣の光を当てれば、空っぽの部屋が広がっています。


「あ、暖炉がある。薪も入れっぱなしです。炎魔法を使えば――」


 バッグから1枚の魔法陣を取り出すシェフィーさん。

 杖を使って魔力を込めれば、魔法陣から炎が浮かび上がります。


 その炎を暖炉に放り込むと、小さな炎は薪に移り住み、徐々に大きな炎に姿を変えました。

 揺らめく炎は空き家を優しく温めます。


「あったかいです~」


 ふんわりとした空間で、シェフィーさんはふんわりとくつろぎます。


 そんなときでした。

 空き家の扉が突如として開かれます。


「わわ! どっ、どど、どなたですか……?」


 シェフィーさんは焦りの表情で玄関を覗き込みました。

 するとそこには、バックパックを背負った1人の少女が、雨に濡れたまま立っています。


「クロワさん!?」


「おや、シェフィーさんがいたんじゃい」


「クロワさんも『すごろくな国』のゴールにたどり着けたんですね」


「苦労したけど、なんとかなったんじゃい。でも、ゴールしたと思ったら大雨じゃい。少し雨宿りさせてもらうんじゃい」


 意外な人物の登場です。


 カールした髪をタオルで拭きながら、クロワさんはシェフィーさんの隣に座りました。

 静かなままの空き家で、シェフィーさんは首をかしげます。


「あの、シキネさんはどこに?」


「シキネなら、イノシシを追ってどこかに行ってしまったんじゃい。ようは迷子じゃい」


「ええ!? だ、大丈夫なんですか!?」


「心配無用じゃい。どこまで行っても、シキネの帰巣本能は正確じゃい。必ずウチのところに帰ってくるんじゃい」


「帰巣本能……野生動物ですか」


 空き家に苦笑いが漂います。


 暖炉の前で小さく丸まりながら座った2人。

 ふと何かを思いついたシェフィーさんは、バッグの中からカップと紅茶の茶葉、そしてお湯魔法のための魔法陣を取り出しました。


「紅茶、飲みますか?」


「ありがとうじゃい。もらうんじゃい」


 ということで、魔法陣から生み出したお湯を茶葉の入ったカップの中へ。

 魔法で作ったお湯はお腹の足しにはなりませんが、紅茶を楽しむには十分です。

 紅茶に口をつけたシェフィーさんとクロワさんは、ゆったりまったり気分。


 ただし、静かな時間は長続きしません。

 空き家の扉が突如、勢い良く開かれました。

 現れたのは、空き家に飛び込んできたミィアさんと、ぎりぎり下着姿のルフナさんです。


「遊びに来たよ~!」


「ここが例の空き家か。いい家だな。お、クロワまでいるじゃないか」


「お2人とも、どうしてここに!?」


「あのね、シェフィーがどこにもいないよ! って言ったら、ここにシェフィーがいるよって、スミカお姉ちゃんが教えてくれたの!」


「空き家もシェフィーも、1人じゃ寂しいと思ってな」


「ユラさんは?」


「ゲームで忙しいって言ってた!」


「もう、ユラさんったら……」


 想像通りの答えに呆れてしまうシェフィーさん。

 だけどシェフィーさんは知っています。ユラさんは心のどこかで、スミカさんを1人にしたくないと思っていることを。


 なんにせよ、ミィアさんの登場で空き家はとても賑やかになりました。

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