第2話 紙とペンとインクは拳よりも強し
とりあえずシキネと勝負をすることは決まった。
大事なのはここからだ。
「で、どんな勝負するの?」
「もちろんあれに決まってるだろ! なあクロワ! あれってなんだ!?」
なんとなく想像していた通りのシキネの言動。
シキネはポニテを揺らし瞳を輝かせてクロワを見つめている。
クロワはこれといった反応も示さず、当たり前のように口を開いた。
「そう言うと思ったんじゃい。ということで、勝負の内容は決めておいたんじゃい」
「さすがクロワだぜ!」
「おお~!」
「勝負の内容は――ユラさんたちが決めるんじゃい」
「「え!?」」
まったく想像していなかったクロワの返答。
これには私もシキネも同じく唖然としてしまう。
ぽかんとした様子のシキネは、相変わらずの大声でクロワに尋ねた。
「お、おいクロワ! それってどういうことだ!?」
「この前の勝負で分かったんじゃい。ユラさんたちはめっちゃ弱いんじゃい。特にユラさんは弱すぎるんじゃい。シキネと勝負にならないんじゃい」
「本当のことだけど、なんか腹立つ!」
「だからユラさんたちへのハンデとして、勝負の内容をユラさんたちに決めてもらうんじゃい」
「なるほどな! クロワは超すげえぜ!」
強者の余裕というやつかな。
ここまで弱者扱いされると、さすがにちょっと悔しい。
ミィアとルフナは、クロワの言葉を聞いて自宅に戻ってきた。
勝負の内容を決めていいというボールを受け取った私たちは、すぐに話し合いをはじめる。
「ねえねえ! 勝負、何にする~?」
「クロワの口ぶりからすると、どんな勝負でも大丈夫そうだぞ」
「なんでもいいとなると、逆に迷っちゃいますね」
「ユラちゃんはどんな勝負がいいのかしら?」
「私たちでも勝てるような勝負がいいよね。しかもシキネとクロワをけちょんけちょんにできるやつ。だとすると――」
せっかくのハンデを有効利用しない手はない。
本当の強者はルールを決める人なんだ。ルールの決定権を手放したこと、後悔するがいい。
ということで考え出した3つの勝負。
チート勇者パワーを持つシキネに絶対に勝てる3つの勝負。
それを伝えると、シェフィーたちも前向きにうなずいてくれた。
「わたしはそれでいいと思います」
「ミィアも賛成だよ~!」
「ま、まあ、努力はするぞ」
「これで決まりね」
みんなは私の案に賛成。
さっそく勝負の内容を伝えるため、私たちはテラスに立った。
シキネは私たちの言葉を楽しみに待っている。
「お! おお! 勝負の内容、決まったみたいだな!」
「うん。勝負は前回と同じ3回勝負。2勝した方が勝ち」
「よっしゃ! じゃあ勝負開始だ!」
「待つんじゃい。勝負の内容をまだ聞いていないんじゃい」
「あ! そうだった!」
やっぱりバカなのかな、あの人。
ともかく勝負の内容を発表しよう。
「最初の勝負は――」
「魔法陣制作勝負だよ~!」
ミィアに先を越されちゃった。
ま、誰が発表しても変わりはないよね。
さてさて、シキネはどんな反応をしているんだろう。
「へ? まほうじんせーさく? なんだ? 新しい筋トレか?」
「おっと、シキネが混乱してるんじゃい」
よし、私たちの望んだ通りの反応だ。
勝負の詳しい内容はシェフィーが説明してくれる。
「シキネさん――は置いといて、クロワさんは魔法陣の作り方をご存知ですか?」
「一応、テイトの魔法使いに教わったことがあるんじゃい」
「それなら、シキネさんとクロワさん、私とミィア様でそれぞれに炎魔法と水魔法、光魔法の3種類の魔法陣を作って、その完成度を競います」
そう、これが私たちの用意した勝負だ。
体力勝負や運動勝負だと私たちに勝ち目はない。
じゃあシキネの弱点は何かと考えたとき、文化系だと私は推測した。
だからこその魔法陣制作勝負! これで私たちの勝利は確定!
ちなみに、勝利を確信していたのは私たちだけじゃなかった。
「よく分からないが、アタシたちの勝ちは間違いないな!」
「その自信はどっから来るんじゃい」
本当に何も分からず余裕のシキネと、さすがに焦りを隠さないクロワ。
シェフィーは自宅の外に出て、魔法陣制作キットをシキネとクロワに渡した。
ついでに魔法陣が描きやすいよう、ルフナが小さな机をシキネとクロワの前に置く。
2人が帰ってくれば、スミカさんが手を叩いた。
「みんな準備はできたみたいね。それじゃ、勝負開始よ!」
ついにはじまった勝負1回戦――魔法陣制作勝負。
私は見学者として、3枚の紙を囲んだシェフィーとミィアを眺めた。
2人はペンを握って相談している。
「炎と水、光の絵はわたしが描きます。ミィア様は――」
「魔法陣の文様を描くんだね!」
「はい、その通りです」
「よ~し、任せて!」
相談が終われば、2人はすぐに魔法陣制作に取り掛かった。
一方のシキネとクロワはどうしているんだろう。
窓の外に視線を向けると、そこでは地面にあぐらをかくシキネが、クロワのカールした髪をペンでつんつんしながら首をかしげている。
「なあクロワ! このペンと紙で何をするんだ!? 的当てゲームか!?」
「ペンは投げるものでも刺すものでもないんじゃい。シキネはその紙に炎の絵、こっちの紙に水の絵、あっちの紙に光の絵を描いてほしいんじゃい」
「絵を描く!? そんなの、中学生の美術の時間以来だ!」
「そんなことはないと思うんじゃい。授業中に教科書やノートに落書きぐらいはしてるはずじゃい」
「いや、絵なんて描いてない! だって授業中はずっと寝てるからな!」
やっぱりバカだ、あの人。
それでも油断は禁物。
もしかしたらシキネが絵描きの天才の可能性もあるからね。
こうしてはじまった魔法陣制作勝負は順調に進む。
外で小さな机に向かって魔法陣を作るクロワは、少し心配そうな顔をした。
「お、おいシキネ、何を描いてるんじゃい?」
「炎だ! 炎といえば熱い心だ!」
「それは分かるんじゃい。問題はそっちじゃい」
「これか! これは光だ!」
「そ、そうなんじゃい。それがシキネのイメージする光なんじゃい……」
すごく不安になる会話だ。
対照的なのは、リビングで楽しげなシェフィーとミィアの2人。
「ここがこうで、こっちが――」
「フフ~ン、フ~ン」
ミィアの鼻歌を聴きながら、スミカさんはほっこり笑う。
「お絵描きをしてる2人、姉妹みたいでかわいいわ」
今にも2人の頭を撫でそうなスミカさん。
私もスミカさんに全面的に同意だ。
何より、あれだけ静かなミィアを見るのは珍しい。
「ミィアって、お絵描きの最中は静かだよね」
「小さい頃からミィアはそうだったぞ。お絵描きをしては完成した絵を女王陛下に見せていたんだ。私と一緒に絵を描くことも多かったな」
「あらまあ、一緒にお絵描きするちっちゃい頃の2人、見てみたかったわ」
「2人でどんな絵を描いてたの?」
「いろいろだ。とりあえず目に入ったものや思い浮かんだものは全部描いてたな。そうだ、機会があったら今までのミィアの絵、見せてあげてもいいぞ」
「うん? 昔の絵、とってあるの?」
「当たり前だ! 今までに描いた387枚の絵、全部が私の部屋に飾ってあるぞ! ミィアの絵に囲まれて寝ると、いい夢が見られるんだ!」
「あ、ああ、そう……」
20年間も仇を追い続ける人の部屋みたいなのを想像して、私はルフナから目を背けた。
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