第5話 チンって鳴る電子レンジ、ほとんど見かけないね

 自宅がのしのし歩く道は、夕日に照らされていた。

 東の空はもう夜空になっている。


 だんだんと夕闇に染まっていく沼地の中、近くの丘には灯火が。

 クエストの目的地であるトラコンの里はすぐそこだ。


 リビングで窓の外を眺めていたシェフィーは明るい表情。


「もうすぐで里に到着ですね。クエストが順調に進んで良かったです」


「だね。初クエストにしては、いい感じだったかな」


「ただ、まだお金がないのに夜になっちゃいました。夕ご飯はどうしましょうか?」


「トラコンの里からもらう、とか。でもトラコンの主食が変なのだったら、困るよね」


「う~ん、トラコンって何を食べているんでしょう?」


「イナゴとかコオロギとかだったら大変だね。コオロギを噛んだときのパリっていう食感と、ぬめっとした液体のコントラスト。そして口から飛び出る羽と細い足」


「あわわ! やめてください! 想像するだけで鳥肌が立ちます!」


 身を縮ませてプルプルするシェフィー。私も自分で言ってて鳥肌が立ってきた。

 この話はやめよう。


 自分で作り出した不愉快を忘れようと努力する間、自宅はトラコンの里の前にたどり着いた。

 足を止め、4本足をしまい、どっしりと地面に腰を落ち着ける自宅。

 窓の外には、篝火に浮かんだ小さな石の家が並ぶ、こぢんまりとした里の景色が広がっていた。


 里に住むトラコンたちは私たちに気づいたらしい。

 小さな家からは、いくつもの赤く光る目がこちらを見つめている。

 沼地の雰囲気と合わさって、なんだか不気味な光景。

 シェフィーは小さな悲鳴とともに、私の背中に隠れた。


「どうしたのシェフィー? もしかして、トラコンの里が怖いの?」


「そっ、そういうわけじゃないです! ちょっと、警戒してるだけです!」


「あ、トラコンが飛びかかってきた」


「きゃあぁぁ!」


 どうやらシェフィーは里の景色が怖いみたい。

 シェフィーの叫び声が家に響き渡ると、下着姿のまま剣を構えたルフナがリビングに現れた。


「悲鳴が聞こえたぞ!? 大丈夫か!?」


 戦士の顔をしたルフナに対し、私は苦笑いを浮かべながら答える。


「たぶん大丈夫。シェフィーがトラコンの里を怖がってるだけだから」


「怖がってないです!」


「あ、トラコンがイナゴ食べてる」


「ひゃあぁぁ!」


 本当に大丈夫なのかな?

 さっきからシェフィーを脅かしてばっかりの私を、シェフィーはぺこぺこ叩きはじめた。

 ルフナはシェフィーの肩に手を置いて、凛とした声音で言う。


「心配するな。何があっても、私と不死鳥の剣がシェフィーを守ってやる」


「ルフナさん……ありがとうございます!」


 さすが世界で2番目に強いナイトさん。頼れる人のオーラ全開だ。下着姿だけど。


 私は剣を構えるルフナの背中に隠れ、シェフィーはそんな私の背中に隠れ、トラコンが近づいてくるのを待った。

 里の小さな家の中では、赤く光る目が何やら相談中。


 相談が終わったのか、トラコンは小さな家を飛び出し、自宅の前にやってくる。


「あれが……トラコン……!」


 私の視界に映ったのは、小さな翼でふわふわと飛びながら、短い手を振る、毛玉みたいにもふもふした小動物たち。

 パンダの子供が空を飛んだら、あんな感じかもしれない。


 ――かわいい。


 それ以外の感想は何も浮かばなかった。

 同時に、どこからともなくスミカさんが出現する。


「まあ! かわいい子がたくさんいるわ!」


 瞳を輝かせたスミカさんは、そう言ってリビングの窓を開けた。

 すると、トラコンたちは完璧な防犯のシールドをあっさり突破し、テラスの柵にとまる。

 そして1匹のトラコンが、小さな口を開いた。


「がお~? きみたちは、だれがお~?」


 この質問に答えたのは、私の背中から飛び出し、スミカさん以上に瞳を輝かせたシェフィーだった。


「こちらがスミカさんです! イ・ショク・ジュウ伝説に登場する勇者さんですよ!」


「がお~、ゆーしゃにあったのは、はじめてがお~」


「トラコンさん! お願いがあります!」


「がお~? なにがお~?」


「そのもふもふを触らせてください!」


「がお~、いいがお~」


「ふわわぁ~、もふもふしてます~。かわいいです~」


 トラコンを抱きかかえ、とろけた表情をしたシェフィー。

 なんだか、ぬいぐるみに喜ぶ子供みたいだ。

 一方、リビングの隅っこには、小さく体を丸めたルフナが。


「ルフナ、どうしたの?」


「い、いや、かわいいトラコンを見ていたら、なぜか心がざわついて、どうすればいいのか分からなくなってしまって……」


 そのままルフナは、怯えるように震えだした。

 まるで、さっきまでのシェフィーとルフナが入れ替わったみたい。

 かわいい小動物さんが苦手だなんて、最強のルフナの意外な弱点だね。


 振り返ると、シェフィーだけじゃなくスミカさんまでもがトラコンをもふもふしている。

 もふもふされているトラコンは仙人みたいな表情をしていた。

 あの状態はしばらく続きそうなので、私はあわあわ魔法石を手に取ろうとテーブルを見渡す。


「あれ?」


 あわあわ魔法石が入った冷凍食品のチャーハンの空袋が、どこにもない。

 もう少し視野を広げて、私はリビングとキッチンを見渡した。


 見渡した結果、キッチンにてミィアを発見。

 ミィアは電子レンジの前でルンルンしているけど、何をしているんだろう?


「ねえミィア、何してるの?」


「あのね、お腹すいたからね、テーブルの上にあったチャーハンを温めてるの~!」


「え……」


「ユラユラに教えてもらった通りにしたら、電子レンジ使えたよ~!」


 まさか、と思った私は、電子レンジの中をのぞいてみた。

 そのまさかだった。

 電子レンジの中では、あわあわ魔法石が入っている袋が回っている。

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