第3話 王女様の日常
自宅は黙々と『西の方の国』へ向かっている。
当然、4本足で歩く家を見た人たちは、一様に唖然としていた。
けれども、実はその家に『西の方の国』の王女様がいると知ったら、みんなはさらに唖然とすることだろう。
私は別の意味で唖然としている。
今、自宅のリビングのソファはミィアとお菓子に占領されている。
ソファにちょこんと座り、お菓子を食べ続けるミィアに対し、私は思わず聞いてしまった。
「ねえミィア、いつまでお菓子を食べてるの?」
「う~ん、ユラユラがお外に出るまで!」
「永遠に食べ続けるってことね……」
この王女様のお腹はどうなっているんだろう。
どれだけお菓子を食べても、ミィアが満腹そうな表情を見せることはない。
もしかしたら、ミィアは冗談じゃなく永遠にお菓子を食べ続けられるのかもしれない。
私が再び唖然としていると、ぬるりと机の下から出てきたスミカさんが、いたずらな笑みを浮かべてミィアに言った。
「でも、あんまりお菓子を食べてると太っちゃうかもしれないわよ」
お決まりの脅し文句。
これに答えたのは、下着の上に私のパーカーを羽織っただけのルフナだった。
「それが、不思議なことにミィアは太らないんだ。この1週間でのミィアの体重は、むしろ157グラム軽くなってるぐらいだぞ」
「やけにミィアの体重に詳しいんだね……」
「人間は食べすぎると太るって聞いてたけど、ミィアちゃんは違うのかしら?」
「たぶんだが、ミィアは特殊な体質なんだろうなぁ」
とても羨ましい体質だ。
加えて、胸だけはきちんと育つ。
――これが王女様特典というやつなのだろう。
なんだか敗北した気分だ。
一方のシェフィーは、ものすごい勢いでミィアに詰め寄った。
「お菓子を食べても太らないのに胸は育つ体質って、どうすればなれるんですか!?」
そうかそうか、シェフィーも私と同じことを思っていたのか。
さて、ミィアはどんな答えを出してくるのだろう。
「体質は人それぞれだよ! だから、健康を保つ方法も人それぞれだと思う!」
「まったくその通り過ぎて、ぐうの音も出ません! でも、なぜか悔しいです!」
その悔しさ、痛いほど分かるよ。
私は無言でシェフィーの肩に手を置き、シェフィーも私の手を握ってくれた。
ところで、ふと窓の外を見ると、そこには高貴な雰囲気を漂わせる集団の姿があった。
ミィアもその集団の存在に気づく。
「あ! スミカお姉ちゃん! お外にいる人たちとお話がしたいから、足を止めて!」
「分かったわ」
言われた通りに足を止め、地面に腰を落ち着ける自宅。
ソファから立ち上がったミィアはドレスに着替え、鎧を着たルフナと一緒に家の外に飛び出した。
私とシェフィー、スミカさんはリビングの窓からミィアとルフナを眺める。
自宅前では、ミィアを前にひざまずく高貴な集団と、その集団に話しかけるミィアという光景が広がっていた。
高貴な集団の正体は、シェフィーが教えてくれる。
「あの方たちは、『西の方の国』の文官さんたちですね」
「それってつまり、ミィアの部下?」
「はい、そうなります」
なるほど、ミィアが王女様モードになるのも納得だ。
ルフナの言う通り、ミィアは自分を王女と知らない人と命の恩人以外には本性を見せないらしい。
部下たちと話すミィアは、たしかに王女の模範のような、お淑やかなお嬢様。
さっきまで八重歯をのぞかせながら、ソファでお菓子を食べていた女の子とは思えない。
王女様モードのミィアを眺めたスミカさんは、おかしそうに笑った。
「フフフ、ミィアちゃんったら、なんだか楽しそうね」
それは私も思っていた。
王女様モードのミィアは、本性が見せられないからといって、辛そうな感はない。
むしろ、どことなく王女様ごっこを楽しんでいるようにすら見える。
もしかすると、彼女はお姫様が大好きなタイプの女の子だったりするのかな?
数分後、王女と部下たちの会話は終わりを迎えた。
ミィアとルフナはリビングに戻るなり、ソファに寝っ転がる。
「ただいま~! お話、終わったよ~!」
「はぁ……文官の相手は、どうにも苦手だなぁ」
「スミカお姉ちゃん、もう出発していいよ!」
「分かったわ。でもミィアちゃん、ルフナちゃん、まずは着替えてきなさい」
「は~い」
「了解した」
ドレスからパジャマに着替えるミィア。鎧を脱ぐだけのルフナ。自宅の4本足を動かすスミカさん。
自宅は『西の方の国』に向かって歩きはじめ、窓の外の景色は流れていった。
着替えを済ませたパジャマ姿のミィアは、ソファに寝転がりお菓子タイムに再突入。
そんなミィアに、シェフィーは質問する。
「先ほどは、どのようなお話をしていたんですか?」
「ええとね~、ミィアは無事だよ! 勇者と一緒に高台のお城に向かってるよ! って、ママに伝えてほしいな~、っていうお話をしたの!」
つまりは本国への報告ということか。
なんだかんだとミィアはしっかりした子だ。
はて、やることもないし、私はテレビゲームでもしていよう。
リモコンとコントローラーを手に取った私は、慣れた手つきでゲームを起動した。
今の気分からして、今日やるゲームは『モンスターバスター』に決定だ。
テレビには美麗なグラフィックが映し出され、スピーカーからは荘厳なBGMが流れ出す。
私はいつもの装備で、いつもの稼ぎモンスター討伐へと繰り出した。
いよいよモンスター討伐だ、というとき、私は強烈な視線に気がつく。
強烈な視線は、ソファから乗り出したミィアのものだった。
「もしかしてミィア、やってみたいの?」
「うん! やってみたい! 一生のお願い!」
「……まあ、このステージのモンスターと今の装備なら、初心者でも大丈夫だよね。操作方法は私が教えるから、こっちきて」
「わ~い! ユラユラ、ありがと~う!」
さっそくコントローラーを握ったミィアは、モニターとにらめっこ。
ここからは私の指導の時間だ。
「ミィア、よく聞いて。ゲームはまず、操作方法を覚えないからには話がはじまらない。そこでまずは、ボタンの配置を覚えて」
「は~い! ええと、丸がここで、三角がここで……覚えたよ!」
「もう覚えたの!? まあ、いいや。次は、このゲームの基本操作。この左スティックでキャラを動かして、そのボタンとそのボタンを同時押しして――」
事細かに説明する私。
驚いたことに、ミィアは一瞬で操作方法をマスターしてしまった。
続けて実際にゲームをプレイさせてみると、私はさらに驚くことになる。
ミィアは『モンスターバスター』初心者どころか、テレビゲーム初心者のはず。
それなのに、ミィアの操作するゲームキャラクターはモンスターの体力を確実に削っていった。
――この王女、できる!
私はとんでもない逸材を見つけちゃったのかもしれない。
はじめてコントローラーを握ってから20分とちょっとで、ミィアはモンスターを倒してしまった。
「やったよ~! モンスターを倒したよ~!」
「王女様、恐るべし」
「ねえねえユラユラ~、ユラユラはどのくらい強いの?」
「どのくらい強いかって聞かれても……」
「じゃあ、やってみて~!」
「はいはい」
正直言うと、ミィアは初心者にしては上手いというだけ。
人生の多くをゲームに費やしてきた私の腕、見せるときがきたみたいだ。
コントローラーを握り、私はモンスターと対決。
100回以上は倒したモンスターなんて、もはや私の敵じゃない。
戦闘開始から5分後、テレビに映ったのは『討伐完了』の文字。
「おお~! ユラユラ、つよ~い! これからはユラユラのこと、ユラユラ師匠って呼ぶね!」
どうしよう。王女様が私の弟子になっちゃった。
まさか異世界で、王女様のゲーム師匠になるだなんて、夢みたいだ。
ところで、ミィアに続いてシェフィーとルフナ、スミカさんもゲームを体験した。
結果、シェフィーはギリギリでクリア、ルフナは惨敗、スミカさんはコントローラーを正しく持つので精一杯だった。
どうやら現実とゲーム内での強さは反比例するらしい。
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