第2話 ナイトさんの日常
日付が変わり、早朝。カーテンの隙間からは光が差し込んでいる。
私はパソコンのモニターの前で、ゲームのコントローラーを握っていた。
そう、私は一睡もしていない。一睡もせずに、ゲーム内のモンスターを討伐し続けていた。
「ここさえ耐えれば……!」
ゲーム内の魔法使いさん『主食はカーボン』は、岩に隠れてMPを回復中。
岩の反対側では、私の唯一のフレンドである『くまショットガン』さんをはじめ、数多くのプレイヤーが戦闘中だ。
敵は『ウロボロス』という名のモンスター。
ウロボロスを倒し、世界の輪廻のひとつを組み替えれば、そこに待つのは多額の報酬だ。
多額の報酬を得ることができれば、『主食はカーボン』をさらに強化できる。
この戦い、絶対に負けられない!
「やっと回復完了! よし、フレイム・グレイプニル!」
回復したばかりのMPをすべて使い果たし、『主食はカーボン』は最強魔法を放った。
宙に浮いたワームホールからは炎の鎖が飛び出し、ウロボロスへと殺到する。
炎の鎖がウロボロスに巻きつくと、あらゆるデバフと爆発がウロボロスを襲った。
と同時、ヘッドフォンの外側から激しい爆音が聞こえ、自宅が振動し、カーテンの隙間からは爆炎が見える。
「なになに!? 何事!?」
まさか近所の工場が爆発したのだろうか。
いやいや、ファンタジー世界に工場があるはずがない。
だとすれば、マモノの襲撃だろうか。
突然の爆発に驚いたのは私だけではないらしい。
半ばパニック状態のスミカさんと、目を丸くしたシェフィーが私の部屋に飛び込んできた。
「ユラちゃん! 大変よ! ラグナロクだわ! あるいはマカロニ・イェニチェリがほうれん草を炒めてるわ!」
「おっ、落ち着いてくださいスミカさん! ユラさんは、何が起きたのか分かりますか!?」
「それは私が聞きたいよ」
少なくとも、ここにいる私たち3人は爆発の正体が分からないらしい。
では
「ねえ、ミィアとルフナは?」
「ミィア様は、まだ寝ています」
「あの爆発音を聞いても、まだ寝ていられるんだ……」
「ルフナさんは――あれ? ルフナさんはどこにいるのでしょうか?」
首をかしげたシェフィー。
質問の答えを教えてくれたのは、カーテンを開け窓の外を見渡したスミカさんだ。
「あそこよ! ルフナちゃんはあそこにいるわ!」
スミカさんが指さした先を見れば、たしかにそこにはルフナが。
ルフナは鎧を身にまとい、赤く光る剣を片手に、粉々に砕け散った大岩の前で仁王立ちしている。
心配そうな表情を浮かべたスミカさんとシェフィーは窓を開け、声を張り上げた。
「ルフナちゃん! 大丈夫かしら!? ケガはないかしら!?」
「さっき大きな爆発がありましたけど、ご無事ですか!?」
2人の優しさがルフナの身を案じる。
ところがルフナは、しばらくポカンとした後、後ろ頭をかきながら言った。
「なんだか、私の訓練が迷惑をかけたみたいだなぁ」
「「訓練!?」」
まさかの事実に驚きながら、一方で胸をなでおろすスミカさんとシェフィー。
特に深刻な事態でもなさそうなので、私はゲームタイムに戻った。
ゲーム内でのウロボロスとの戦闘は、プレイヤーの勝利で終わったらしい。
フレイム・グレイプニルが決定打になったらしく、チャットには私への賞賛の言葉が並ぶ。
私はニヤニヤとしながら、ウロボロス撃破の報酬の確認をはじめた。
確認している間にも、自宅の外にいるルフナと、自宅の中にいるスミカさん、シェフィーの会話は続く。
「昨日はマモノ相手に少し苦戦してしまったからなぁ。ミィアを守るために、朝から戦闘訓練に励んでいたんだ」
「そういうことだったのね。私、安心したわ」
「訓練ということは、さっきの爆発もルフナさんの技だったんですか?」
「厳密に言うと、この魔法剣『不死鳥の剣』の技だ。不死鳥の剣はある程度の自我を持っていてな。私の指示に従って、さっきみたいな大技を繰り出してくれるんだ」
「すごいです! ルフナさんは『ツギハギノ世界』でも数少ない、魔法剣を扱えるナイトさんだったんですね!」
「まあ、そういうことになるなぁ。でも、私自身は魔法を使えないし、不死鳥の剣は暴れん坊だから、いつも苦労してるよ」
何やら面白そうな話だ。
報酬のチェックも終わったし、3人の会話に混ざってみよう。
「暴れん坊の剣と王女様をお世話しないといけないなんて、ルフナは大変だね」
「まったくだ。しかも、この剣は人の言葉が分かる。ちょっとでも失言すると、機嫌を損ねて言うことを聞いてくれなくなるんだよなぁ」
「へ~」
ますます不死鳥の剣に対する興味が湧いてきた。
ルフナが訓練を終えたら、不死鳥の剣を触らせてもらおう。
突然の爆発から一転、のんきな雰囲気が漂う自宅とその周辺。
ところが、そののんきな雰囲気も長続きしなかった。
遠くを眺めていたシェフィーが、表情を一変させ叫ぶ。
「あれは……マモノです! マモノがいます!」
「また!?」
「ここ数ヶ月、マモノの数が異常だ。勇者が転移してくるだけあるなぁ」
「ルフナちゃん! 数十匹のマモノが近くにいるわ! マモノは私が倒すから――」
「大丈夫だ。数十匹程度の敵なら、私がやる」
鋭い目つきをしたルフナは不死鳥の剣を構えた。
不死鳥の剣からは赤い光が拡散し、辺りを真紅に染め上げる。
マモノたちの姿がはっきりと確認できるようになると、ルフナは不死鳥の剣を天に掲げ、振り下ろした。
と同時、不死鳥の剣から拡散していた赤い光が一筋にまとまり、光線となってマモノに向かっていく。
赤い光線がマモノの足元に落ちると、地上に太陽が現れたかのような大爆発が起きた。
大爆発により、一瞬で消え去るマモノたち。
爆風にシルバーのショートヘアを揺らすルフナは苦笑い。
「私の言うことを聞かずに上級魔法を放つなんて……暴れん坊に苦労する、とか言ったから機嫌を損ねたか? 危うく反動で吹き飛ばされるところだったぞ」
小規模なマモノの集団に比べて攻撃が派手すぎると思ったけど、不死鳥の剣の暴走だったらしい。
どうやら、不死鳥の剣は本当に暴れん坊だったみたい。
なんにせよ、マモノは退治した。
ルフナは訓練を終わらせ、自宅に帰ってくる。
私とシェフィーは、スミカさんの朝ごはんとミィアの起床、ルフナの着替えを待った。
「驚きましたね、ルフナさんの攻撃」
「だね。この世界で2番目に強いナイトっていうのは、本当なのかも」
「人柄も素晴らしいですし、かっこいいですし、ルフナさんは完璧超人です!」
瞳を輝かせるシェフィーに、私も全面的に同意だ。
などと思っていると、リビングの扉が開き、ルフナがやってくる。
「あ、ルフナさん、もうすぐで朝食――って、はへぇ!?」
素っ頓狂な反応を示したシェフィー。
何事かとルフナを見れば、私も素っ頓狂な反応を示してしまった。
なぜなら、ルフナが下着姿だったから。
筋肉で引き締まった長身の体。黒い下着からはみ出したふくよかな胸、大きなお尻、長い足。
――ダメだ! 私には刺激が強すぎる!
私は思わず顔を赤くし、シェフィーも焦りを隠さない。
「どどど、どうして下着姿なんですか!?」
「どうしてって、鎧は重いからなぁ」
「下着姿になる理由にはならないです! 鎧と一緒に羞恥心まで脱いじゃったんですか!?」
止まらないシェフィーのツッコミ。なぜツッコミを入れられているのか理解できない風のルフナ。
このタイミングで、眠たそうな目をこするミィアが現れた。
「ユラユラ~、シェフィー、スミカお姉ちゃん、ルフナ、おはよ~う」
「お、おはようございます。あの、ルフナさんが下着姿なことにコメントはないんですか?」
「ないよ~。だって、いつものことなんだもん。ルフナは裸を見られることの恥ずかしさを知らないんだよ」
「本当に羞恥心まで脱いじゃってたんですね!」
なんてことだ。超絶完璧人間だと思っていたルフナは、天然露出狂だったか。
ここで私は確信した。やはりルフナは変態なんだと。
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