4けんめ 王女様とナイトさんの日常を知る話

第1話 命の恩人

 スミカさんの正体は、異世界から転移してきた家であり、3人の勇者の1人。

 私の正体は、勇者スミカさんのおまけである異世界人。


 要約すればそれで済んでしまう話を、シェフィーがミィアとルフナに伝えてくれた。

 これに対するルフナの反応は以下の通り。


「イ・ショク・ジュウ伝説か。それなら、この変わった建物も納得だ。勇者スミカさん、『ツギハギノ世界』のナイトとして、スミカさんに会えて光栄だよ」


 飾り気のない普通の反応だけど、今はそれがとても安心する。

 対照的なのはミィアの反応だ。


「勇者!? スミカお姉ちゃん、勇者なの!? ユラユラは異世界人なの!? ということは、ユラユラからもらったこのおいしいチョコは、異世界チョコ!? すごいすごい! さすが異世界チョコ!」


 勇者の話題はチョコレートの美味しさに上書きされてしまったらしい。

 まあ、ミィアが口にしたチョコは、冷蔵庫にしまいっぱなしだった高級チョコレートだ。

 そんじょそこらのチョコとは段違いに甘くて美味しいチョコにミィアが虜になってしまうのも、仕方ないとは思う。だからって勇者の話題を上書きはしないけど。


 さて、話が一通り終わった頃、太陽はすでに西の果て。

 ここで、とある声がリビングに響き渡った。


《お風呂が湧きました》


 すべての疲れを癒す、お風呂という天国!

 私はこのときを待っていた!


 ただし、私の前には王女様とナイトさんという、豪華すぎるお客さんがいる。

 お風呂をどうするか、一応は聞いておいた方がいいかもしれない。


「ミィアとルフナ、先にお風呂入る?」


「ううん! ミィアはチョコ食べてたい!」


「ユラ、私たちには構わず、先に風呂に入っていいぞ」


「そう。シェフィーとスミカさんは?」


「わたしは、みなさんの後で大丈夫です」


「フフフ、それなら私は、シェフィーちゃんと一緒にお風呂に入ろうかしら」


 話はまとまった。

 そそくさとリビングを後にした私は、お風呂場へまっすぐ向かう。


 お風呂場に到着すれば、服を脱ぎ捨て浴槽へ直行。

 湯気に包まれながら、さっそく体をお湯の中へ。


「はぁ~、極楽じゃ~」


 外出も運動もしていないのに、なぜか体に溜まっていた疲労は、お湯に溶けていった。

 顎までお湯に浸かれば、お風呂場はもう楽園だ。


 そんな楽園の扉が、突如として開かれる。開かれた扉の向こう側にいたのは、裸のミィアとルフナ。


「ユラユラ~! 一緒にお風呂入ろ~!」


「わわわ!」 


 背丈に対して育ちのいい体つきと、筋肉で引き締まった体が目の前に。これまた刺激が強い光景だ。

 思わず私は、浴槽の中で貧相な体を丸め、鼻の下までお湯に浸かってしまう。


 これといった恥じらいもなさそうなルフナは、白い歯をのぞかせ言った。


「スミカさんから聞いたぞ。どうやらユラが元いた世界では、大人数で風呂に入る習慣があるらしいな。これを大義名分にミィアの体を隅々まで見られるなんて、異世界に感謝だ」


 やっぱりスミカさんのせいか! その習慣は自宅のお風呂でやることじゃない! そもそも、私は銭湯に行けない性格!

 というか、ルフナは本音がだだ漏れ! この人、結構な変態!?


 なんて思いながらも、今さら2人を追い出すわけにはいかない。

 私は黙って、2人がお湯に浸かるのを眺めた。


 なぜか私を中心にお湯に浸かったミィアとルフナは、私と同じ楽園の住人に。


「おお~! あったか~い! 気持ちいい~!」


「だなぁ。高台のお城の他に、ミィアをこんなに気持ちの良さそうな表情にさせるお風呂があったなんて、さすがは勇者に選ばれた家だ」


 ほわほわとした表情の2人。

 私の両脇には、育ちのいい胸が。

 自分の胸と2人の胸を比べ、いたたまれなくなった私は、ほんの少しだけ浮上しミィアに話しかける。


「ミィア、チョコはどうしたの?」


「もう食べ終わっちゃった!」


「え!? 早くない!?」


「だって、おいしかったんだもん!」


 編み込みをほどいたブロンドヘアをお湯に浮かばせ、ミィアは八重歯をのぞかせた。

 高級チョコを気に入ってもらえたようで何より。


 にしても、こんなに子供っぽい子が本当に王女様なの?

 失礼な質問になっちゃうかもしれないけど、ルフナに聞いてみよう。


「ねっ、ねえルフナ」


「なんだ?」


「ルフナってさ、ミィアと幼馴染なんだよね。ミィアって、その……昔からこんな感じなの?」


 オブラートに包んだつもりの私の質問。

 ルフナは体を乗り出し、半ば興奮気味に答えた。


「よく聞いてくれた! ミィアはな、自分を王女だと知らない相手と、命の恩人の前では、昔からこんな感じなんだ!」


「とっ、ということは、それ以外ではこうじゃないんだ」


「ああ! 『西の方の国』の国民たちはミィアのことを、王女の模範のような、おしとやかなお嬢様だと思ってるんだぞ! それはそれで正解なんだがな!」


「え!?」


 明日は隕石が衝突して世界が滅びます、と言われたぐらいの衝撃が走った。

 あのミィアが、お淑やかなお嬢様? 勇者よりもチョコレートに興味がある女の子が、王女の模範?

 唖然とした私の顔を見て、ルフナはさらに体を乗り出す。


「信じられないのも無理はない! ミィアの本性は、完全にじゃじゃ馬王女だからな!」


「あ! またじゃじゃ馬って言った! ルフナひどい!」


 不満げに口を尖がらせたミィアは、お湯に深く浸かり、ぶくぶくしはじめる。

 それでもルフナは、泡がはじけるのを横目に話を続けた。


「じゃじゃ馬なところが尊いんだ! 子供みたいに天真爛漫にはしゃぐミィアの姿は、もう天使様が世界を愛に包み込むような感じで、この世の幸福のすべてが――」


 早口でミィアの魅力を語るルフナは、もう何を言っているのか分からないレベル。

 ちょっとルフナの愛が激しすぎるよ。


 少し話を変えてみよう。


「自分を王女だと知らない人と、命の恩人にしかミィアは本性を見せないってことは、ルフナもミィアの命を救ったことがあるってことだよね。まあ、当然だと思うけど」


 さっきだって、ルフナはミィアを守るためマモノと戦っていたんだ。

 きっとルフナがミィアの命を救った回数は、1度や2度じゃないはず。

 そしてそれは、ルフナに甘えるミィアを見ていれば分かること。


 ミィアは胸を張り、ルフナの活躍を私に教えてくれた。


「あのね! ルフナはいつもミィアのことを守ってくれてるんだよ! ルフナが最初にミィアの命を守ってくれたのは、今から9年前! ミィアが5歳のとき!」


 思った以上に昔の話。

 一体どんなルフナの武勇伝が出てくることやら。


「ルフナはね、とっても怖いモンスターを追い払ってくれたの!」


「モンスター?」


 そんなに昔から、ルフナは戦っていたのか。

 さすがは世界で2番目(ミィア補正含む)に強いナイトさんだ。

 腕を組んだルフナは、自慢げな顔をしてミィアの話に続く。


「懐かしいなぁ。あの時の私は7歳だったかぁ。ミィアの部屋に現れたバッタを、ミィアの側仕えになったばかりの私が退治したんだよ」


「う、うん? バッタ?」


「あのバッタは手強かった。剣で切ろうとしても、すぐに本棚の裏に隠れたりしてなぁ」


「そんな最強モンスターを倒したルフナは、最強のナイトさんだよ!」


 なんか、思っていたのとずいぶん違う話が飛び出してきた。


――これは、微笑ましい話と処理すればいいのかな?


 話の処理に困った私は、ともかくお湯の中に浸かることにする。


 さすがに3人でお風呂は狭いけど、ここが楽園であることに変わりはない。

 私たちは湯気に包まれながら、極楽気分。


 ようやく私たちがお風呂を出たのは、それから約40分後のことだった。

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