第4話 崖の下のナイトさん

 自宅が崖から落ちている。

 窓の外の景色は、綺麗な景色から、地面が迫り来る恐怖の景色に変わってしまっている。

 当然、私は叫んだ。


「あああぁぁああ! これは死ぬ! 間違いなく死ぬ!」


 16年間の短い人生だった。

 中途半端な人生だったけど、それなりに楽しかったよ。

 悔いがあるとすれば、新作ゲームの発売日を迎えられなかったことかな。


 達観した私の隣で、シェフィーは恐怖に引きつった表情をしている。


「はわわ! どうするんですか!? どうなるんですか!? 私たち、こんなところで死んじゃうんですか!?」


 完全にパニック状態のシェフィー。

 対照的なのは、笑顔を咲かせるミィアだ。


「おお~! すごい勢いで落ちていくよ! こんな景色、はじめて~!」


「ミィア様!? なんでちょっと楽しそうなんですか!?」


 まったく、シェフィーの言う通りだ。

 死はすぐ目の前だというのに、どうしてミィアは笑っていられるのか。

 そんな私とシェフィーの疑問に、ミィアはスミカさんの手を握って答えた。


「だって、ほら! スミカお姉ちゃんが怖がってないから!」


 ソファに座るスミカさんの表情は、たしかに怖がっていない。

 それもそのはず。


「スミカさんは気絶してるだけです!」


 悲痛なシェフィーの叫び。


 ああ、もう終りだ。私たちの旅はここで終りだ。

 と思ったのだが、ここで私は気がついた。 


「あれ? そういえば、家が落ちてる感じ、しなくない?」


 家の中は地上にいるときと変わらない。

 私たちは普通にソファに座っているし、家具類は揺れてすらいない。

 窓の外だけがエキサイティングな状況になっているだけ。

 これが、勇者パワーというやつなのか。


 私が妙に冷静になっている間、シェフィーは声を張り上げた。


「何かに掴まってください!」


 言われた通り、私は近場にあったカーテンに掴まった。

 カーテンに掴まったまま、自宅が地面に衝突するのに備えた。


 備えること数秒。何も起きない。緊張感がリビングを覆い尽くす。


 さらに数秒。何も起きない。違和感がリビングを覆い尽くす。


 さらにさらに数秒。何も起きない。私は思い切って口を開いた。


「……ねえ、いつ落ちるの?」


「……いつでしょうね?」


 いくらなんでもおかしい。


 まさか、と思った私は、カーテンを手放し窓の外を見てみた。

 するとなんと、自宅はすでに地上に立っている。

 閑静な住宅街の一角にでもいるみたいに、しっかりと地上に立っている。


 おそらく、地上に落ちた際の衝撃を六本足が完全に吸収してくれたのだろう。

 チート能力、恐るべし。


「私たち……生きてる……生きてる!」


「よかったです……」


「楽しかった~! ねえねえ、もう1回!」


「やらない!」


「やらないです!」


 何はともあれ、私たちは生き延びた。

 このタイミングでスミカさんが目を覚ます。


「みんな、怪我してないかしら?」


「それはこっちのセリフだよ! もう、いきなり崖から落ちるなんて!」


「フフ、ごめんなさい」


「しかも、気絶までしちゃうなんて――」


「気絶? ああ、あれは、人の姿から思念体を抜いていたのよ。着地に専念するためにね」


「そっ、そうだったの!? じゃあ、私たちはスミカさんに助けられたんだ……」


 スミカさんのおかげで、私たちはこうして生きている。

 もしスミカさんが着地に失敗していれば、私たちは仲良く天国に行っていたかもしれない。

 私とシェフィー、ミィアはスミカさんに言った。


「ありがとう、助けてくれて」


「ありがとうございます! さすがは勇者様です!」


「スミカお姉ちゃん! ありがとう!」


「みんな、お礼なんていいのよ。私はみんなが無事なら、それでいいんだから」


 謙遜するスミカさんだけど、その表情は、私たちに褒められて嬉しそうだ。

 一方で、ミィアはシェフィーの目の前に仁王立ちした。


「ねえねえシェフィー! 勇者様ってどういうこと?」


「あ! そうでした! ミィア様にはまだ、ユラさんやスミカさんのことをお伝えしていなかったですね!」


「そういえばそうだ」


 今までミィアは、私たちが異世界人であり、スミカさんが勇者であることを知らなかったのか。


 まあ、流れ的に説明する時間もなかったし、仕方がない。

 これを機会に、ミィアには私たちのことを知ってもらおう。

 そう思い、一歩を踏み出した私。


 ところがミィアは、雷にでも打たれたような表情をして叫んだ。


「この匂い! ルフナだ! ルフナが近くにいる!」


 ミィアは何を言っているのだろう。

 私もシェフィーも頭の上にクエスチョンマークが浮かんでしまった。

 そんな私たちに構わず、ミィアはスミカさんの腕を引っ張る。


「あっちだよ! あっちからルフナの匂いがするよ!」


「分かったわ。あっちに行ってみましょう」


 何ひとつとして疑うことなく、ミィアの指さした方向に自宅を動かすスミカさん。

 その間、ミィアはくんくんと鼻を動かす。


 しばらく森を進むと、木々の向こう側から光の柱が見えた。

 まるでテーマパークのショーで使われるレーザーみたいな光の柱。


 直後、轟音とともに木々がなぎ倒され、新しく道が作られたように森が開かれる。

 あまりに唐突なことに、私はソファから飛び出した。


「何事!?」


 窓の外を見てみると、そこには凄まじい光景が。

 竜巻でも通り過ぎたかのような森には、なぎ倒された木々が地面に転がっている。

 そんな木々に混じり、たくさんのマモノたちまでもが地面に転がっていた。


 木々とマモノたちを追っていけば、その先には巨大な大岩と、ひとりの人影。

 大岩の正体は、棍棒を振り上げるゴーレムっぽいマモノ。

 人影の正体は、赤い光のオーラをまとった立派な剣を片手に、白銀の鎧を輝かせた、シルバーのショートヘアを揺らすひとりの女性ナイト。


 マモノとナイトが一対一で対峙する光景は、トレースして保存しておきたいかっこよさがあった。


「あれは、一体……」


「ルフナだよ! やっぱりルフナは無事だったんだよ!」


「あれが……ルフナ……!」


 ついに見つけた。王女様の幼馴染、私たちの探し人を、ついに見つけたんだ。

 ミィアは大喜び。


「やった~! またルフナと会えた~!」


「よかったわね、ミィアちゃん!」


「すごいです! よく見つけられましたね!」


「当然だよ! だって、ルフナの匂いがしたんだもん!」


「本当に匂いだけで見つけたんですか!?」


 いよいよシェフィーがツッコミを入れてしまう。

 まったく、ミィアの鼻はどうなっているんだろう。

 匂いだけでルフナの居場所を当てちゃうなんて、ちょっと怖い。


 とはいえ、今はそれどころじゃない。


「再会を喜ぶのは後だね。まずはマモノを倒して、ルフナを救出しないと」


「はい! ユラさんの言う通りです!」


「ユラユラに賛成!」


「なら、私に任せなさい!」


 自宅にはダイショーグンを倒した実績がある。ガーゴイルっぽいマモノなんて敵じゃない。


 さて、ルフナとマモノは互いに武器を構え、にらみ合っていた。

 マモノの無骨な棍棒と比べて、ルフナの持つ剣は赤く光り、強そうだ。

 ミィア曰く、『ツギハギノ世界』で2番目に強いナイトのルフナ。

 もしかすれば、ルフナ一人でもマモノを倒せるのかもしれない。


 だけど、確実に勝利するためには、私たちもマモノを倒すのを手伝うべきだ。

 マモノの棍棒、ルフナの赤く光る剣、そして自宅のベランダに生えたガトリング砲が、そのときをまっている。

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