第3話 森とか川とか山とか
王女様ミィアの幼馴染であるルフナの捜索。
勢いだけで引き受けたその願いだけど、ひとつだけ問題がある。
それは、ルフナの居場所が分からないという大問題。
「あの、ルフナさんが向かった方角とかは分からないんですか?」
「う~ん、分かんない! あのとき、マモノから逃げるので精一杯だったから! でも、たぶんあっちにいると思うよ!」
「あっちって、ずいぶんと曖昧な……」
窓の外を指さしたミィアに、私はついため息をついてしまった。
とはいえ、彼女の言う『あっち』に行くしかない。
少なくとも、『あっち』はミィアの馬車が逃げてきた方向。
まったく見当違いな方向ではなさそうだ。
「ミィアちゃんの言う通り、あっちに行けばいいのね。それじゃあ、出発よ!」
スミカさん――自宅は4本足を動かし、ルフナ捜索のため歩き出した。
なお、ミィアの護衛は置いていく。彼らは自宅のシールド内に入れないのだから仕方がない。
ルフナ捜索に出発した自宅は、とりあえず森の中の道を進んでいった。
鬱蒼とした森には、ときたま動物さんがくつろいでいるのが見える。
窓に張り付いていたミィアは、そんな動物さんたちを見つけるたびに瞳を輝かせた。
「あ! あそこにシカさんがいるよ! あっちにはリスさん!」
「本当だわ。フフ、みんなのんびりしてるわね」
「スミカお姉ちゃん! 見て見て! キツネさんもいる!」
「キツネさんの親子ね! かわいいわね~」
姉妹というよりは親子のようなスミカさんとミィア。
2人とも楽しそうに森の動物さんたちを観察していた。
そんな2人の背後で、シェフィーは苦笑い。
「のんびりしてるのは動物さんだけじゃなくて、シェフィー様とスミカさんもですよね」
「だよね」
私はシェフィーに同意する。
一応、今は危機的状況にあるであろうルフナの捜索の最中。
動物さんを楽しげに観察している場合なのかな?
たぶん私と同じ疑問を抱いたのだろう。スミカさんはしれっとミィアに質問した。
「ミィアちゃんの幼馴染のルフナちゃんは、どのくらい強いのかしら?」
この質問に、ミィアはニカッと笑って答えた。
「とっても強いよ! 羊の騎士団の団長さんの次に強いよ!」
「団長さんはどのくらい強いのかしら?」
「『ツギハギノ世界』で一番強いナイトさんだよ!」
それはつまり、ルフナはこの世界で2番目に強いナイトさんということ。
おそらくミィアは幼馴染補正込みで話しているんだろうけど、それでもルフナがとっても強いことは確定した。
となれば、たしかに今のミィアの余裕も理解できる。
楽しそうにルフナの話をしていたミィアは、再び窓の外を眺めはじめた。
「ルフナと一緒に、こうやって森の動物さんたちを見たいな~」
明るい未来を語るミィア。
スミカさんはそんな彼女の隣で微笑んでいる。
「フフ、ミィアちゃんとルフナちゃんは、とっても仲良しさんなのね」
「もちろんだよ! だって、ミィアとルフナはずっと一緒だったんだもん!」
「それじゃあ、早くルフナちゃんを助けてあげないとね!」
「うん!」
まぶしすぎるミィアの笑顔に、私の心はフワフワとしはじめていた。
さて、森の道を進み続けること数十分後。自宅は足を止めた。
足を止めた理由は簡単。自宅の行く先に川が流れていたからだ。
「川だわ」
「ここでも家が渡れそうな橋は見当たらないね」
「見当たらないのが普通だと思います!」
ツッコミを入れてくるシェフィー。
彼女は魔法陣を手に取り、首をかしげた。
「また、橋を作りますか?」
「ううん、そんなに深くなさそうな川だから、そのまま歩いて渡れると思う」
その私の言葉を聞いて、スミカさんは胸を踊らせる。
「川を渡るのね! 私、川に入るのははじめてだわ!」
「家が川渡りって、水害で流されちゃった家かな?」
「ちょっとユラさん! 不安になること言わないでください!」
「まあまあ、とにもかくにも、川へレッツゴーよ!」
「おお~! おウチの川渡りだ~!」
スミカさんとミィアは、川を渡る前からテンションマックスだ。
自宅はゆっくりと動き出し、機械の足が水面を切り裂く。
そのまま自宅は4本足で川底を踏みしめ、少しも水流に足を取られることなく川を進んでいった。
窓に張り付くミィアは楽しそうにはしゃいでいる。
「すごいすごい! おウチが川を渡ってるよ! あ! お魚さんたちがジャンプしてる~!」
のんきでマイペースな王女様だ。
ミィアを見ていると、なんだか胸のあたりがほわほわしてくる。
――やっぱり王女様は最高だね。
なんて思っていると、1匹の魚がテラスに飛び込んできた。
結構な高さまでジャンプしてきた魚に私は驚いたけど、それ以上に驚いていたのはシェフィーだ。
「あわわ! 大変です! 魚です! 石化されちゃいます! 助けてください!」
大声を上げたシェフィーは、私に抱きついてくる。
これには私も困惑。
「ど、どど、どうしたの!?」
「わたし、魚が苦手なんです! 見るのも苦手なんです! 石化されたくないんです!」
意外なシェフィーの弱点を発見。
一方のテラスに飛び込んできた魚は、再び飛び跳ね川に戻った。
これにシェフィーはホッとした様子で、ソファにどっしりと座り込む。
子どもっぽいシェフィーに、私はつい頬を緩めてしまった。
少しして、自宅の川渡りは無事に終わる。
川を渡り終えたスミカさんは満足げ。
「雨に降られるのと違って、川は水流があって気持ちいいのね。また川に入ってみたいわ」
「川下りとかも楽しそうだよね!」
「あら! それいいわね! いつかチャレンジしてみましょう!」
「やった~!」
やけに仲良くなっているスミカさんとミィア。
それよりも、自宅が川下りにチャレンジしたいとか言っているのを、住人である私はどう受け止めればいいんだろう。
まあ、今はルフナを捜索するのが先だ。
しばらく森の道を進むと、ついにミィアが何かを思い出したらしい。
「う~ん? あ! ここだ!」
「どうしたんですか?」
「ここでルフナが馬車を飛び降りたんだ! それで……たしかね……あっちに行ったはず!」
そう言ってミィアが指さしたのは、森を遮る岩山だった。
足場の悪そうな、急勾配の岩山。
あの岩山を越えないとルフナは見つけられないのだろうけど、大変そうな道のりだ。
とはいえ、スミカさんはやる気だ。
「今度は山越えね! はじめての登山、楽しみだわ! スキル『6足歩行』を試すいい機会でもあるしね!」
さっそく自宅から2本の脚が出現する。
これで自宅を支える脚は6本。4足歩行のときよりも悪路には強くなったはずだ。
どうせ私はリビングでくつろぐだけ。あとはスミカさんに任せよう。
6本の脚でのしのしと歩く自宅は、あっという間に岩山の裾野までやってきた。
岩山を登りはじめれば、周りの景色から木々は消え、代わりに森の全体像が見えてくる。
ミィアは相も変わらず窓に張り付いていた。
「おお~! 綺麗な景色~!」
目を輝かせたミィア。
シェフィーはそんな彼女と一緒に外を眺め、おもむろに口を開く。
「あそこにあるのが『生ぬるい湖』ですね。その向こうに見えるのが『ゴツゴツの山脈』です。『ゴツゴツの山脈』に隠れて見えませんが、『西の方の国』はあっちにあります」
「シェフィー、詳しいんだね!」
「い、いえいえ! 『西の方の国』の魔法使いとして恥ずかしくないように――」
「我が国には優秀な魔法使いがいますのね。なんちゃって! えへへ~」
一瞬の王女様オーラと、いたずらな笑みのコンボ。
加えてシェフィーの照れ笑い。
こんなに素晴らしい光景を、お金を払わずに目にしてもいいのだろうか?
素晴らしい光景といえば、シェフィーが解説していた窓の外の景色も絶景だ。
森と湖、雄大な山脈、透き通った青空と、綿菓子みたいな雲たちのコントラスト。
家に引きこもったままなのに、こんな絶景が見られるなんて不思議だよ。
岩山を登りはじめてしばらく経った頃。もう少しで岩山の頂上に到着するというあたり。
のんびりとした雰囲気のリビングで、スミカさんが表情を変えた。
「あっ……」
「うん? どうしたの、スミカさん?」
「足を踏み外しちゃった……」
「え?」
直後、自宅は岩山の崖から真っ逆さまに落ちていった。
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