第2話 王女様が来る準備なんてしてないよ

 王女様と聞いて私がイメージするのは、煌びやかなブロンドヘアーを複雑に編み込み、ひらひらのドレスに身を包む、碧い目の美少女。

 まさにそんな美少女が、自宅の前に立っていた。

 物語の中の憧れの存在が、2人の護衛に囲まれながら、私の家の前に立っていた。


 2階の窓から王女様を眺める私とスミカさん、シェフィーは、開いた口がふさがらない。


「間違いないです! あの方は、わたしたちが向かっている『西の方の国』の王女様、ミィア=ラオプフォーゲル殿下ですよ!」


「お人形さんみたいな、かわいい子だわ」


「王女様……異世界ファンタジーの王女様……」


 大変だ。私たちは、王女様の命を救ってしまった。

 これはもう、王女様に感謝されて国家の英雄になっちゃうパターンだ。


 いざ英雄になると、なんだか緊張してくる。

 けれども、私が緊張する理由はそれだけじゃない。

 相手は一国の王女様。自宅から出ることすらできない人見知りの私が、王女様と会話ができるとは思えない。


 にもかかわらず、王女様の護衛は大声を出した。


「不可思議な建物の主よ! ミィア殿下が、そなたと話したいと申しておる! 扉を開けよ!」


 そんなこと言われても困る。

 小さい頃にお姫様に憧れ、今でもゲームに登場するお姫様には絶対服従する私だ。

 ミィアという名の王女様とお話ししたい、という気持ちは本物。

 だけど、知らない人を自宅に入れたくない、知らない人とお話をしたくない、という気持ちも本物。


――一体どうすればいいの!? 


 なんて私が頭を悩ませている間に、ミィアは優雅に一歩を踏み出した。


「わたくし自身が、建物の主とお話をしますわ」


「殿下!? 危険です!」


「いいえ、心配は無用ですの。この建物の主は、わたくしの命を救ってくださったのですよ。きっと悪い人ではありません」


 王女様らしい気品のあるオーラに、護衛たちも私も心がうっとり。


 そのおかげだろうか。ミィアは私の家の扉の前にまでやってきてしまった。

 つまり、ミィアは自宅のスキル『完璧な防犯』のシールドをあっさりと乗り越えてしまったということだ。


 続けと言わんばかりにミィアを追った護衛たちは、シールドに阻まれ私の家に近づけない。

 この状況を、スミカさんは好都合だと思ったらしい。


「ミィアちゃんと護衛の人たちが、シールドで分断されたわね。フフ、ユラちゃんがミィアちゃんとお話しする絶好のチャンスだわ。シェフィーちゃん、ミィアちゃんを家の中に入れてあげましょう」


「で、殿下を家の中に!?」


 驚くシェフィーだけど、スミカさんは構わずシェフィーを連れて玄関に向かった。


――これから王女様が自宅にやってくる!?


 大変だ。私は急いでリビングへと駆け出した。


「どうしよう……早く歓迎の準備をしないと……でも、何がある?」


 思い浮かぶものは、とても庶民的な品々。

 そりゃそうだ。庶民の一軒家に、王女様と釣り合いが取れるモノなんかあるわけがない。


「困ったなぁ……あ! そうだ!」


 ひとつだけ、王女様に献上してもギリギリ許されそうなモノがある。


 私は急いで冷蔵庫を開け、紙袋に包まれた箱を取り出した。

 この箱の中身は、お母さんの友達が海外旅行のお土産にくれたという高級チョコレート。

 たぶん、これなら王女様を不機嫌にすることはないはず。

 高級チョコをもったいなくて食べられずに放置しておいて良かった。


「よし、あとは、ひざまずいて自己紹介をする練習だけかな。うう、緊張するけど、ゲームのキャラを気取れば、もしかしたら――」


 ソワソワしながら、リビングをウロウロする私。

 すると、心の準備が終わる前に、リビングのドアが開いてしまう。


「あっ」


 緊張のあまり変な声を出した私は、スミカさんとシェフィーに挟まれリビングのドアをくぐる、シェフィーよりも小柄な少女を見つめた。

 ふんわりとしたドレス、綺麗なブロンドヘアー、透き通った肌、宝石のような碧い瞳。

 近くで見る王女様――ミィアは、スミカさんの言う通り、まさにお人形さんだった。


「う、美しい……」


 思わず漏れ出す私の本音。

 一方のミィアは、小さくお辞儀をし、ほのかな笑みとともに口を開く。


「お初にお目にかかります。わたくしの名はミィア=ラオプフォーゲル、『西の方の国』の王女です」


 声優さんが裏でアテレコでもしているんじゃないか、と思うほどに、ミィアの声はかわいらしく、はっきりとしていた。


――これが本当に現実?


 全てが夢のよう。何もかもが夢心地。

 そんな夢心地な私に対し、ミィアは言葉を続ける。


「先ほど、わたくしをマモノたちから救ってくださったのは、あなたで間違いはありませんか?」


 質問されてしまった。お人形さんみたいな王女様に質問されてしまった。

 どうしよう、どう答えればいいんだろう。

 私は声と足と頭と心を震わせ、とにもかくにも素直に言う。


「はっ、ははは、はい! わ、わわわわっ、私が、おおおおお、王女様を、おおおっ、お救いしししししました!」


 ダメだ。今の私は完全に不審者だ。これじゃあ事案発生だ。

 実際、ミィアもキョトンとした表情をしている。


――ミィアに嫌われた。


 私はがっくりと肩を落とす。


 肩を落としたと同時、私の体に何かが抱きついた。

 何事かと視線を落としてみると、そこには綺麗なブロンドヘアーが。

 なんと、ミィアが私にぎゅっと抱きついている。


「ほえ!?」


 状況が理解できない。

 理解できないうちにミィアは顔を上げ、八重歯をのぞかせながら満面の笑みを浮かべた。


「ありがとう、ユラユラ!」


 さっきまでの王女様らしいオーラは何処へやら。

 八重歯をのぞかせ笑うミィアは、今はただの天真爛漫な女の子。


 というか、ユラユラってなんだ? それは私のことか?


 ミィアのギャップとユラユラに私の頭の処理が追いつかない。

 追いつかないうちにミィアは私から離れ、スミカさんに抱きついた。


「スミカお姉ちゃんも、ありがとう!」


「フフフ、どういたしまして」


 小さな女の子を前にして、スミカさんの優しさも爆発したらしい。

 スミカさんは朗らかに笑って、ミィアの頭を撫でていた。


 さて、続いてミィアはシェフィーに抱きつく。


「シェフィーも、ありがとうだよ!」


「い、いえいえ! こちらこそ恐れ入ります! 殿下がわたしみたいな一介の見習い魔法使いなんかに――」


「むう、そういうのはナシ! シェフィーは『西の方の国』の見習い魔法使いさんみたいだけど、ミィアの命の恩人だから、かしこまらなくてもいいの!」


「は、はぁ……いや、でも、さすがに――」


「3人はミィアの命の恩人だよ! ミィア、みんなのこと大好き!」


 リビングの真ん中で、両腕を大きく広げ、そんなことを宣言するミィア。

 対するスミカさんは目を輝かせ、ミィアとハイタッチをしていた。

 私とシェフィーは言葉を失う。


――この子は本当に王女様なんだろうか?


 そう思っちゃうぐらいに、ミィアは明るく元気な、とても人懐っこい女の子。

 想像していた王女様と実際の王女様のギャップに、私とシェフィーは混乱中だ。

 混乱をよそに、ミィアの話はどんどんと進んでいく。


「ところでね、あのね、みんなに一生のお願いがあるの!」


「あら、何かしら?」


「実は……」


 感情豊かなミィアの表情は、喜びから不安へ。


「ミィアの幼馴染のルフナがね、ミィアを逃がすために囮になるって言って、ミィアの乗ってた馬車から飛び降りちゃったの!」


「ゆっ、勇猛果敢だね」


「うん! 勇猛果敢なルフナは、きっとまだマモノと戦ってるはず!」


 ここまで聞けば、ミィアのお願いの内容は想像がつく。

 だから私は、人見知りゆえに会話の順序が分からないのと、王女様には見えないミィアに対する混乱も相まって、つい先走ってしまった。


「じゃ、じゃあさ、ルフナっていう人、助けに行こうか」


 先走ったとはいえ、それが私の本心から出た言葉なのは間違いない。

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