3けんめ 王女様とナイトさんに出会う話

第1話 王道的展開

 土の道をのしのしと歩く自宅。


 周りの景色は、山に囲まれた深い森だった。

 いかにも動物さんたちが平和に過ごしていそうな場所だ。


 まあ、リビングでスマホをいじっているだけの私には、外の景色なんて関係ないんだけど。

 リビングにスミカさんの姿はない。


 一方、テレビを珍しがっているシェフィーは、おもむろに私に話しかけてきた。


「あ、あの、この『テレビ』というものに映っている動く絵は、ユラさんの世界の絵なんでしょうか?」


「うん。女神様パワーで、テレビの電波が届くからね」


「すごいです……ユラさんの世界、すごいです! 人知を超えた力を持った王女様が、世界を救うために武器を持って戦うなんて! 自分よりも何倍も大きな敵を、目にも留まらぬ速さで倒したところなんて、素敵でした!」


 あれ? 私の元いた世界って、そんな世界だったっけ?


「待って。シェフィーの言う王女様って『ワンダーガール』じゃない?」


「はい、その通りです!」


「それ映画だよ。現実の出来事じゃなくて、物語」


「そ、そうだったんですか!? でも、こんな物語を作れるなんて、やっぱりユラさんの世界はすごいです」


 私が元いた世界に対するシェフィーのイメージが、危うくアメコミの世界観になるところだった。


 とはいえ、誤解を解いたところで、私の元いた世界に対するシェフィーの興味が失せることはなかったらしい。

 彼女はその後もずっと、映画を見続けていた。

 目を輝かせ、食い入るように映画を見るシェフィーは、まるで映画内の王女様を応援する子供みたい。

 なんだか微笑ましい光景に、自然と私の頬は緩んでいた。


――もしかしてスミカさんも、私のことをこんな風に見ているのかな?


 そう思った瞬間、ソファの下からぬるりとスミカさんが姿を現す。


「ユラちゃん!」


「うわわ! びっくりした! もっと普通のところから出てきてよ!」


「ごめんなさい。でも、緊急事態なのよ!」


 スミカさんの表情を見れば、何か良くないことが起きたのは明白だ。

 さてはて、今度はどんな緊急事態が起きたんだろう。


「どうしたの?」


「1台の馬車がね、すごい勢いでこっちに向かってくるのよ!」


「……それの何が緊急事態なの?」


「その馬車をね、たくさんのマモノが追いかけているのよ!」


「またマモノ!?」


 それはたしかに緊急事態。

 マモノに追われている馬車がこちらに向かってきているということは、マモノもこちらに向かってきているということ。

 このままだと、私たちはマモノの大群と衝突してしまう。


 そこで考えられる選択肢はふたつ。そのうちのひとつを、シェフィーが口にした。


「早く馬車を助けないとですね!」


 両手で拳を握ったシェフィーの、力強い言葉。

 ついでに選択肢のもうひとつは、『逃げる』だ。

 私は『逃げる』という選択肢を選ばず、シェフィーの言葉に賛同する。


「うん、マモノに追われてる馬車を助けるなんて、異世界ファンタジーの王道的展開だからね。助けよう」


 馬車を助ければ、きっとイベント報酬がもらえるはず。

 このイベント、参加しないわけにはいかない。


 やるべきことは決まった。次は、どうやって馬車を助けるかだ。

 とりあえず状況を確認しよう。


「ねえスミカさん、自宅と馬車までの距離はどのくらい?」


「あと1分もすればすれ違うぐらいよ」


「思ったより近いね。馬車とマモノとの距離は?」


「50メートルぐらいかしらね」


「そっちも思ったより近いなぁ……」


 考えている時間はあまりなさそうだ。

 スミカさんは手を挙げ、私たちに提案した。


「この距離なら、ガトリング砲でマモノを倒せるはずだわ!」


 率直な提案だけど、私は思わず立ち上がり大声を出してしまう。


「ダメ! 早まらないで!」


「ど、どうしてかしら?」


「スミカさんの射撃の腕じゃ、馬車ごと蜂の巣にしちゃうから!」


「むむむ、否定できないわ」


 護衛対象ごと吹き飛ばしてしまっては意味がない。

 ガトリング砲を使うなら、馬車が自宅とすれ違ってからだ。


 けれども、そうなると攻撃のチャンスは10秒程度。それだけの時間でマモノを殲滅するのは難しい。

 なら、ここはシェフィーの出番。


「シェフィー、馬車とすれ違ったら、マモノの進路を炎魔法で邪魔して。それで時間を稼ぐ」


「わ、分かりました!」


「炎魔法でマモノが足を止めたら、スミカさんがガトリングでマモノを殲滅」


「それなら、馬車を傷つけずに済みそうね」


 作戦はこれで決まり。

 時間はない。私たちはすぐに行動を開始した。


 深い森に囲まれた道をのしのしと歩いていた自宅は足を止める。

 そして自宅のベランダにはガトリング砲が出現。自宅はマモノとの戦闘に備えた。


 テラスに立ったシェフィーは魔法陣を発動し、オレンジ色の文様を宙に浮かせている。

 私は――リビングの窓から外を眺めるだけ。


「見えた。道の先に馬車が見えたよ」


 2頭の馬に引かれたその馬車は、黒い車体に金の装飾が施された、絢爛豪華な見た目。

 あれはもしかして、偉い人が乗っている馬車かな? 

 これはマモノに襲われた王女様を助ける的な、王道中の王道みたいな展開かな?


 いや、のんきなことを言ってる場合じゃない。

 馬車の背後には、大量の土煙が立ち上っている。

 きっと相当な数のマモノがいるはず。


「もうすぐだよ。もうすぐで馬車とすれ違う」


 だんだんと近づいてくる馬車。

 同時に、だんだんと近づいてくるマモノたち。

 地面は揺れはじめ、森からは鳥や動物たちが逃げ出し、私たちの鼓動は早くなっていく。


 少しして、絢爛豪華な馬車が自宅の横を猛烈なスピードで駆け抜けていった。


「今だよ! シェフィー!」


「はい!」


 私が合図した頃には、シェフィーは小さな杖を振っていた。

 オレンジ色の文様はシェフィーに従い、炎に姿を変え、マモノの大群の進路を塞ぐ。

 突然の炎の壁の出現。驚いたマモノたちは、反射的に走る速度を緩めた。おかげでマモノたちは大混乱。


「スミカさん!」


「任せて!」


 絶好のチャンスをスミカさんは逃さない。

 ベランダのガトリング砲は轟音を鳴らし、数千発の弾丸がマモノたちを襲う。

 相も変わらずガトリング砲の照準は合っていないけど、撃てば当たる状態だから問題ない。


 しばらくすれば、マモノたちは霧となり消え失せていた。

 ガトリング砲の射撃が止まると、辺りは静寂に包まれている。

 残されたのは、土煙と耕された地面だけ。


 テラスに立っていたシェフィーはピョンとジャンプし、笑顔を咲かせた。


「やりました! ユラさん! スミカさん! わたしたち、マモノたちを倒しましたよ!」


「フフ、はしゃいじゃって、シェフィーちゃんはかわいいわね」


「は、はしゃいでないです!」


 頬を膨らませたシェフィー。

 それに対し、スミカさんはニコニコと笑うだけだった。

 私は素直にシェフィーを褒めてみる。


「今回の勝利はシェフィーの魔法のおかげだね。ありがとう」


「い、いえいえ、ユラさんの的確な作戦と指示があったからこそです」


「謙遜することないのに。MVPはシェフィーなんだから、はしゃいでもいいんだよ」


「ユラちゃんの言う通りだわ」


「だから、はしゃいでないです!」


 必死に弁明するシェフィー。だがそこがかわいい。


 さて、ここでスミカさんがあることに気づく。


「あら? さっきの馬車がこっちに引き返してくるわ」


「え?」


 窓の外を見てみると、スミカさんの言う通りだった。

 さっきすれ違った馬車が、ゆっくりとこちらに向かってきている。


 こちらに向かってきている馬車を見て、シェフィーは大声を出した。


「あ! あの馬車は!」


「なっ、なに?」


「あの馬車、『西の方の国』の王女様の馬車ですよ!」


「王女様……王女様!?」


 助けた馬車は王女様を乗せた馬車。

 お手本みたいな王道的展開に、私はびっくりだ。

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