第3話 魔法ってどんなもの?

 お父さんとお母さんのこだわりが詰まった、広めのテラス。

 そこに立ったシェフィーは、流れる景色に目を向け、木目調の床に魔法陣を置き、小さな杖を手に取った。


 私とスミカさんは、シェフィーの後ろ姿を見つめる。

 これから魔法少女が魔法を使う場面が見られると思うと、私の心はワクワクでめちゃくちゃだ。


「ああ! 魔法発動を動画に残したい! でも、魔法発動の瞬間はレンズ越しじゃなくて肉眼で見たい! だからって、定点カメラでうまく撮影できる気もしない! ああ!」


「え、ええと、もう魔法を使ってもいいですか?」


「ユラちゃんのことは気にしなくても大丈夫よ」


「わ、分かりました。それでは、まず最初に炎魔法を使いますね」


 スミカさんの言葉に従い、シェフィーはしゃがみこむ。


 しゃがみこんだシェフィーが小さな杖で魔法陣を叩くと、魔法陣の複雑な文様が淡く輝きだした。

 オレンジ色に輝く文様は紙から離れ、宙に浮き、テラスをファンタジー色に飾り付ける。


 続けてシェフィーが小さな杖を前方に突き出すと、ついにその時が来た。


 宙に浮いた文様は炎に姿を変える。

 そしてその炎は、炎の柱となり遠くの空へ向かって飛び出す。

 まるでドラゴンが空へと昇っていくような光景だ。


 私の肌は熱波に温められ、私のテンションも最高潮に。


「おお! 炎魔法! 炎魔法!」


「すごいわ! これが本物の魔法なのね!」


「魔法陣で炎魔法! ゲームで見た!」


「あらあら、ユラちゃんも大興奮ね」


「当然! だって、魔法!」


 感動のあまり私の語彙力が失われている。

 仕方がないよ。魔法少女が魔法を使っている場面を目の前にして、冷静さを保てるはずがないんだから。


 ただ、シェフィーはそんな私のことなんて眼中にないらしい。

 彼女は魔法に集中していた。


「炎魔法の威力調整は大丈夫そうですね。次は光の槍魔法です。昨日の戦闘では威力が弱すぎたので、修正できていればいいんですが……」


 独り言を口にし、新たな魔法陣をテラスの床に置いたシェフィー。


 先ほどと同じくシェフィーが小さな杖で魔法陣を叩くと、魔法陣の複雑な文様が輝きだす。


 ただし、今度の輝きは青白かった。

 青白く輝いた魔法陣の文様は、やっぱりホログラムみたいに宙に浮く。

 宙に浮いた文様はシェフィーの振る小さな杖に従い、光の槍に姿を変えた。


 光の槍はテラスを飛び出し、弧を描いて雑木林に落下していく。

 私は光の槍を眺め続けた。


 数秒後、空を切り裂く光の槍が雑木林に直撃した途端。青白い波動がドーム状に破裂し、雑木林を吹き飛ばす。

 想像していたのとは違う大爆発。遅れてやってき衝撃波に揺られながら、私のテンションも大爆発した。


「なにあれ!? すごい! もはや超兵器!」


「あらまあ、魔法の威力って凄まじいのね」


 驚きに包まれる私とスミカさん。

 一方のシェフィーは、爆風にツインテをなびかせながら、困ったような表情。


「ちょっと威力が強すぎましたね……何が問題だったんでしょう?」


 顎に手を当て、う~むう~むと悩みながら、シェフィーは私たちに構わずリビングへと戻っていった。


 なんだか科学者や技術者みたいなシェフィーの反応に、私とスミカさんは顔を合わせる。

 そして、スミカさんがたまらず尋ねた。


「どうしたのかしら? 何か問題でもあったのかしら?」


 スミカさんの言葉に、シェフィーはどこかポカンとしながらも、すぐに焦ったように答える。


「え? あ! すみません! ちょっと、魔法陣の文様のことを考えていたんです!」


「魔法陣の文様?」


「はい。例えばなんですけど――」


 そう言いながら、シェフィーはテーブルの上に数枚の魔法陣を広げた。

 私たちもリビングに戻り魔法陣を眺めると、シェフィーは続ける。


「こっちは水魔法、こっちが氷魔法の魔法陣です」


「あら、魔法ごとに文様が違うみたいね。水魔法は水の文様、氷魔法は氷の文様かしら」


「なんか、すごい複雑な文様だね。幾何学的だけど、芸術的」


 手のひらサイズの魔法陣の正体は、何重にもなる直線や曲線の集合体。

 それでいて、きちんと水や氷を表していることが分かる文様になっているのは、素直に感心してしまう。

 シェフィーは瞳を輝かせ、前のめり気味に説明をはじめた。


「こうして魔法陣に何を描くかによって、その魔法陣でどんな魔法が発動できるかが決まるんです。そして、1本1本の線の太さや重なり具合、曲がり方、線の数などによって、魔法の威力は変わってきます」


「へ~、思った以上に奥深い」


「ユラさんの言う通りです! 魔法陣魔法は、いろんな魔法の中でも特に奥深い要素を持っているんです!」


「いろんな魔法? もしかして、魔法陣を使わない魔法もあるのかしら?」


「はい。魔法陣魔法の他には、詠唱魔法や召喚魔法、融合魔法、精神魔法などが存在します」


「シェフィーちゃんは、他の魔法は使えるのかしら?」


「わたしが使えるのは魔法陣魔法だけです。でも、誰よりも魔法陣魔法をうまく扱える自信がありますよ!」


 唐突に胸を張ったシェフィー。

 魔法の話をはじめてから、なんだかシェフィーのテンションがおかしい。

 なんだろう、自分と似たものを感じる。


 とはいえ、ここまで話が進むと、気になってしまうことがある。


「私たちが魔法を使うことって、できるの?」


 せっかくファンタジー世界に来たんだから、自分でも魔法を使ってみたい。

 そんな私の願いに対し、シェフィーは自分のバッグに手を突っ込みながら答えた。


「魔法が使えるのは、世界に漂う妖精さんの力、つまり魔力とリンクできる人に限られます。魔力とリンクできるかどうかを調べるには――ありました」


 シェフィーがバッグから取り出したのは、翼を生やしたハムスターみたいな飾りのついた指輪。


「これを指にはめれば、魔力とリンクできるかどうかが分かりますよ!」


 随分と簡単だね、と思いながら指輪を受け取る私。

 そしてすぐに、私は指輪を指にはめた。


 すると、翼の生えたハムスターの飾りが首をかしげる。

 しばらく時間が経つと、ハムスターは短い両手を掲げ、喋りはじめた。


《むりだなん! リンクできないなん! びっくりするぐらいリンクできないなん!》


「え?」


 まさか、それって、つまり――いや、そんなことはない。

 きっとこのハムスターは、ナンの食べ過ぎで感覚が狂っているんだろう。


 などという私の現実逃避を、シェフィーは容赦なく打ち壊した。


「残念ながら、ユラさんは魔法が使えないみたいですね……」


「そんな……」


 半年間やり込んだゲームのデータを間違えて消したとき以来の絶望感。

 他方、ハムスターの飾りはのんきだ。


《おなかすいたなん! ごほうびほしいなん!》


「魔法石の欠片、どうぞ」


《やったなん!》


「ああ……私もそのハムスターみたいに、魔法石の欠片を食べれば魔法が使えるように――」


《やめるなん! はなすなん!》


「ユラさん!? ダメです! 魔法石の欠片を奪おうとしないでください! 食べようとしないでください!」


 絶望の淵で魔法石を食べようとする私を必死で止めるシェフィー。

 同時に、スミカさんが黙って私の頭を撫でてくれたため、私は魔法石を食べずに済んだ。


 だからといって、傷ついた心は癒されない。

 そんな私を哀れんだのだろう。シェフィーは手を叩き、優しい言葉をかけてくれる。


「そうだ! 一緒に魔法陣を作りましょう! 魔法が使えなくても、魔法を作ることはできるかもしれませんよ!」


 ということで、私はシェフィーと一緒に魔法陣を作ることになった。


 なお、ハムスターによるとスミカさんも魔法を使えないらしい。まあ、スキルが使える歩く家って時点で、もう魔法を使ってるようなものなんだけど。

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