第4話 魔法の使い方

 これから私は魔法陣を作ってみる。


 ということで、シェフィーが自分の魔法陣制作キットをリビングに持ってきてくれた。

 テーブルの上に用意されたのは、数枚の紙と数本のペン、数個のインク、数種類の定規。

 ペンとインクは宝石のような輝きを放っている。


 隣同士の席に座った私とシェフィーは、正方形の紙を前にペンを握った。

 ついでに、スミカさんはソファの上から私たちを見学だ。


 シェフィーは明るい表情を浮かべながら、魔法陣の作り方を私に教えてくれる。


「魔法陣に使う紙は、どんな紙でも問題ありません」


「コピー用紙でもオッケーってことだね」


「よく分からないですけど、たぶん大丈夫です。では次に、ペンとインクの説明です。このペンは魔法石を削って作られたものです。そしてこのインクは、魔力を注入されたものです。このような特別なペンとインクを使わないと、魔法陣を作ることはできません」


「へ~。一応聞くけど、このペンを壊したり、インクをこぼしたりしたら、シェフィーのお財布にとって打撃になる?」


「なっちゃいます。数ヶ月は道端に生えてる雑草を頼ることになっちゃいます」


「なるほど、気をつける」


 少し慎重になる私。

 その間、シェフィーはペンにインクをつけ、慣れた手つきで炎の絵を紙に描いた。


「これが基本の文様です。炎を描けば炎魔法、水を描けば水魔法といったように、基本の文様によって魔法陣の効果が決定します。では、ユラさんも炎の絵を描いてみてください」


「う、うん」


 描いてみて、と言われても、そう簡単に描けるものじゃない。

 シェフィーは流れるように炎の絵を描いたので、まるで炎の絵は簡単に描けるもののように思えるが、そんなことはない。

 炎を、しかも白黒で描くのなんて、お絵描き初心者の私ができるとは思えない。


 だからこそ私は、勢いだけに身を任せることにした。

 一切の躊躇もなく、私はペンを滑らせる。


「できた」


 わずか数秒の作業時間。

 私の描いた炎の文様を覗き込んだシェフィーは首をかしげた。


「ユラさん、どうしてニンジンの絵を描いたんですか?」


「いや、これ、炎のつもりなんだけど」


「そ、そうでしたか……」


 なぜかシェフィーは目を逸らし、説明を続ける。


「次に威力や飛距離などの調整です。これは文様の組み合わせ次第で無限の可能性を引き出す、魔法陣制作で最も大事な作業です。とはいえ、今は私の描いた文様を真似してみてください」 


「分かった」


 模写なら私にもできない作業ではない。

 シェフィーの描いた、炎の絵を中心とする複雑に入り組んだ幾何学模様を、私は自分の魔法陣に描いていく。


 数十分後、私はペンと定規を置き、作業を終わらせた。


「完成!」


「できましたね! では、試しに魔法陣を発動してみます!」


 さっそく私の作った魔法陣を持ってテラスに向かうシェフィー。

 私も彼女を追ってテラスへ。

 ついでに、スミカさんも私の隣にやってくる。


「フフ、ユラちゃんがはじめて作った魔法陣は、どんな感じかしらね」


 手を合わせ微笑んだスミカさん。


 シェフィーは小さな杖で魔法陣を叩いた。

 魔法陣の文様はオレンジ色に輝き、宙に浮かぶ。


「行きますよ!」


 そんなシェフィーの合図とともに、ついに私の作った魔法陣による魔法が発動された。


 次の瞬間、オレンジ色に輝いた文様が炎――ではなくニンジンに姿を変える。

 そしてそのニンジンは、『ぼてっ』という音とともにテラスの床に落ちた。


 床をコロコロと転がるニンジンを見て、私たちは妙に納得した気分。


「まあ、そうなるよね。知ってた」


「この絵、ニンジンにしか見えませんからね」


「とは言っても、おいしそうなニンジンよ。今日の夕ご飯に使おうかしら」


 スミカさんは嬉しそうだけど、魔法陣制作は失敗。

 唯一の救いは、ニンジンが夕ご飯の食材として使い道があったことぐらいだ。


 私は肩を落とし、ソファに寝そべった。

 さっきの魔法陣制作の結果を見る限り、導き出される答えはひとつ。


「私の絵心じゃ、魔法陣魔法は作れないってことだね」


 口を尖らせた私の言葉に、スミカさんとシェフィーは黙ったまま。

 ハムスター曰く、私は魔力とリンクができない。つまり、魔法が使えない。

 その上、絵心がないせいで魔法陣制作もできない。

 せっかくの異世界ファンタジーだというのに、私はまったく魔法が使えないということが判明してしまった。


 もう、ここまでダメダメだと、諦めるしかない。

 私の中の何かが吹っ切れた。


「仕方ない。泣いて馬謖を切るしかないね。魔法を使うのは諦めよっと」


「その故事の使い方、間違ってるわよ」


 諦めるのは得意技だ。


 だけど、やっぱり少し寂しい。

 その寂しさが伝わったのか、シェフィーは魔法陣を抱きかかえながら私を慰めてくれた。


「魔法が使えたとしても、わたしみたいに一部の魔法しか使えないのが普通です! そもそも、魔法を使えない人はたくさんいます! 立派な英雄にも、魔法が使えない人は少なくありません! だから、落ち込まなくても大丈夫ですよ!」


「ありがとう、シェフィー」


 そうだ。魔法が使えなくたっていいじゃないか。

 だいたい、私は動く家に住む異世界人だ。それだけでも充分に特別な存在じゃないか。

 というような感じで、私は魔法が使えない寂しさを忘れようとした。


 同時に、自宅が足を止め、スミカさんが困ったような表情をしながらつぶやく。


「あら? この先、深い谷があって進めないわ」


「深い谷?」


 窓の外を見てみると、たしかにそこには深い谷が。

 谷の向こう側は、平野が広がるこちら側とは違い、いきなりの山岳地帯。


 私たちは谷を越えて、その山岳地帯に行かないといけない。

 だけど、谷は地平線から地平線まで続く、大地を切り裂いた、底の見えない巨大な谷だ。

 この切り立った谷を超えるのは難しそうだ。


「あそこに橋があるけど、家が渡ることを想定した橋じゃないね」 


「家が渡ることを想定した橋なんて、そうそうないと思いますよ!」


 シェフィーのもっともなツッコミ。

 彼女は話を続ける。


「このあたりは、マモノが谷を越えないように大きな橋はすべて撤去されてしまいました。谷を渡るには、ずっと南に行くしかありません」


「それは困ったわね……」


「わたしの妹みたいな召喚魔法の使い手がいれば、橋を出現させられたんですが……」


 お手上げ状態のスミカさんとシェフィー。


 でも、今度は諦めるにはまだ早い。

 谷を超える方法が、ないわけではない。

 召喚魔法を使わなくたって、橋は出現させられる。正確に言うと、橋は作れる。


「ねえシェフィー、水魔法陣と氷魔法陣って持ってる? できれば水魔法陣は、谷の向こうまで水を飛ばせるようなのがいいんだけど」


「ありますけど……」


「じゃあ、谷を渡れるね」


「え?」


 首をかしげるシェフィーは、それでも水魔法陣と氷魔法陣を用意してくれた。

 私はシェフィーをテラスに立たせ、リビングから彼女に指示を出す。


「最初は水魔法。それで谷の向こう側まで、水のアーチを作って」


「はい」


 すぐに魔法を発動するシェフィー。

 魔法陣の文様は水となり、谷の向こうの山岳地帯までつながるアーチを作り出した。

 水のアーチには虹がかかり、とっても綺麗な光景だ。


 綺麗な光景だけど、私は次の指示を出す。


「その水のアーチ、氷魔法で凍らせて」


「なるほど、分かりました!」


 間を置かず、シェフィーは氷魔法を発動。

 谷のこちら側と向こう側をつなげた水のアーチは、みるみると凍りついていった。

 そして、ついさっきまで何もなかった場所には、今では立派な氷の橋がかかっている。


「スミカさん、橋を渡って」


「フフ、氷の橋だなんて、なんだかオシャレね」


 おかしそうに笑ったスミカさん――自宅は再び歩き出し、氷の橋を渡りはじめた。

 私とシェフィーは、冷たい空気と底の見えない谷底に鳥肌を立てる。

 自宅は足を滑らせないよう、慎重に、それでも着実に谷を渡っていく。


 そうして氷の橋を渡りきれば、山岳地帯に到着。

 スミカさんは私とシェフィーの頭を撫で、優しく言った。


「2人のおかげで、無事に谷を越えられたわ。魔法が得意なシェフィーちゃんと、魔法の使い所をよく知っているユラちゃんが一緒になれば、最強ね」


 そうか、そういう考え方もあるのか。

 魔法の使い方は、魔法を発動できるかどうかだけじゃなかったんだ。

 どんなとき、どんな魔法を使うかを判断するのも、立派に魔法を使ったと胸を張れることだったんだ。


 よし、魔法の使い方も学んだし、谷も渡ったし、氷の橋を溶かして、旅を再開させよう。

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