第2話 スキルの確認は大事だよ

 新しい旅がはじまった、と言っても、何か特別なことがあるわけじゃない。

 4本足で歩く自宅スミカさんが、私たちを目的地まで連れて行ってくれる。

 だから私たちは、自宅で好きなことをするだけだ。


 私はソファに寝転がり、スマホ片手にガチャを回す。

 スミカさんは私の隣に座り、本を読む。

 バッグを持ったシェフィーは、そんな私たちに尋ねた。


「すみません、作業場みたいなお部屋はありますか?」


「作業場、か。ちょっと散らかってるけど、お父さんの書斎がちょうどいいかな」


「そうね。シェフィーちゃん、階段を上って、左側にある部屋を作業場にして良いわよ」


「ありがとうございます!」


 パッと笑顔を浮かべ、リビングを去っていくシェフィー。


 彼女を見送った私はスマホの画面に映る10体のキャラクターを眺め、ため息をついた。

 なんとなくだけど、私の直感がガチャをやめるよう警告を発している気がする。

 ガチャを回したい衝動を抑えるため、私はテレビのリモコンを手に取った。


「ねえスミカさん」


「何かしら?」


「スキルを確認してみようよ。昨日の戦闘で、経験値が溜まってるかもしれないから」


「ああ! そうね! そうしましょう!」


 ということで、私はテレビとゲーム機の電源を入れ、コントローラーを握る。そしてすぐさま『おウチスキル』アプリを起動した。

 テレビの画面いっぱいに広がったのは、やはりたくさんの図形が並んだスキルツリー。


 私が注目したのは、スキルツリーではなく、数字だ。


「あ、思ったより増えてる」


「増えてる?」


「左下にあるポイントだよ」


「あら! 本当だわ! 昨日まで180だったのに、今は3万を超えてるわ!」


「昨日は結構な数のマモノを倒したからね」


 想像通り、スキル解放のために必要なポイントはマモノを倒せば増えるらしい。

 もしかしたら、スキル使用や歩行距離も関係しているのかもしれないけど、そのあたりはおいおい調べていこう。


 今は新しいスキルの獲得が先だ。


 スキルツリーの場合、ツリーの先にあるスキルを確認した上で、解放していくスキルのルートを決めないといけない。

 だから私は、もう一度じっくり、スキルツリーを眺めることにした。


「どれどれ……スキル、いっぱいあるね。全部を把握するの、時間がかかりそう」


 もしかしたら千を超えるスキルがあるかもしれない。

 あまりの先の長さに、私は頭を抱えてしまった。


 対するスミカさんだけど、彼女は画面に映った文字をいちいち口にしている。


「『お散歩だツリー』『海は広いねツリー』『飛んでみるツリー』『強いツリー』『まったりツリー』『土だらけツリー』『海底までツリー』『未知なる世界ツリー』」


「なんか、『ツリー』が語尾みたいになってるよ」


 スミカさんが読み上げているのは、枝分かれするツリーの系統名だ。

 たぶん『お散歩だツリー』は陸上移動系スキルのツリー、『強いツリー』は戦闘系スキルのツリーということだろう。


 なんでこんな分かりにくい名前ばっかりなんだろうか。

 女神様の趣味が分からない。


「ともかく、『海は広いねツリー』と『飛んでみるツリー』は特定条件を満たさないと解放されないし、『土だらけツリー』と『海底までツリー』『未知なる世界へツリー』はある程度進めないと解放できないから、まずは『お散歩だツリー』と『強いツリー』『まったりツリー』を進めるしかなさそうだね」


「私、頭がこんがらがってきたわ。スキルはユラちゃんに任せるわね」


「はいはい」


 任せられたはいいものの、私も若干、頭がこんがらがってきた。

 多すぎるスキル、しかも時たま目に入る個性的なスキルに、私も混乱中だ。

 これを作った女神様には、是非ともプレイヤー視点に立った修正アップデートをしてほしいところ。


 そんなこんなでスキルツリーと格闘すること約2時間。

 悩みに悩んだ末、私はいくつかのスキルを解放し、ゆったりと本を読むスミカさんに話しかけた。


「スミカさん、終わったよ」


「あら、助かるわ。ユラちゃん、ずいぶんと悩んでたわね」


「もう疲れたよ」


「お疲れ様」


 私はソファにどっさりと横たわった。


 本を置きテレビの画面を見たスミカさんはコントローラーを握り、解放したスキルを必死に確認しようとしている。

 けれども、リモコンもまともに使えないスミカさんが、コントローラーを使えるはずがなかった。


 仕方がないので、私は説明を続ける。


「解放したスキルは、移動系なら『ダッシュ・レベル1』『ジャンプ・レベル1』『足回り強化・レベル2』『ジャパニーズニンジャ』、それに『6足歩行』。戦闘系なら『弓矢』『投げ槍』『投石機』『鉄砲』『三段撃ち』の5つ。どれも名前通りのスキルだね」


 使い物になりそうなのは『6足歩行』ぐらい。

 初期に解放できるスキルなんて、そんなものだ。


 ただし、解放したスキルはこれだけではない。


「あと、『のんびりツリー』は住み心地をアップさせる系みたいで、そこにあった『エアコン強化・レベル1』と『ネット回線強化・レベル4』も解放させておいた」


 不思議なことに、スキルの数が最も多いのは『のんびりツリー』だった。

 やっぱり家は住み心地が一番大事ということなのかな?

 この『のんびりツリー』には、ゆったりまったりライフを過ごすには必要不可欠なスキルが多いような気がするので、今後が楽しみだったりする。


 解放したスキルの説明が終わると、スミカさんは苦笑い。


「なんだか、覚えるだけでも大変そうね」


「かもね。だけど、『ダッシュ』とか『ジャンプ』とかは強化系だし、戦闘系もしばらくは『ガトリング』が一番強そうだから、あんまり変化はないと思うよ。支援スキルの『ジャパニーズニンジャ』ぐらいかな、使えそうなスキルは」


「あら、そうなの。それにしても、3万ポイントもあったにしては、解放したスキルの数が少ないわね」


「ひとつのスキルを解放するのに必要なポイント、わりと高かったからね」


 ネット回線強化をレベル4まで上げるのに1万ポイント近く使ったことは黙っておこう。


 さて、現在できるスキル解放は終わった。

 このタイミングで、シェフィーがリビングに戻ってくる。

 謎の紋様が描かれた数枚の紙を手にしたシェフィーは、やっぱり私たちの前に立って、私たちに尋ねた。


「すみません、テラスで魔法を使ってもいいでしょうか?」


「ええ、いいわよ」


「……魔法?」


 それは、とても魅力的な単語。これぞファンタジー世界、という単語。

 私はスキルのことなんて忘れて、コントローラーを握ったままシェフィーに確認した。


「魔法って、あの魔法!? 炎が飛び出したり、光がビームみたいに放たれたり、闇のオーラをまといながらニタりと笑ったりする、あの魔法!?」


「最後のがよく分からないですけど、だいたいそうです。その魔法です」


「魔法、見る!」


「は、はぁ。では、一緒にテラスに出ましょう」


 シェフィーは私の勢いに引いているみたいだけど、知ったことじゃない。

 ファンタジー世界で、魔法使いのシェフィーが繰り出す魔法を見ないわけにはいかない。

 私はコントローラーをソファに放り投げ、シェフィーよりも先にテラスに飛び出した。

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