2けんめ 魔法の使い方を覚える話
第1話 新しい行き先
ネルソン提督と一緒にニューヨークを冒険。
冒険の最中に手に入れた宝物を関羽に売りつけ、私たちは大金持ちに!
というところで、私は目を覚ます。
「なんだ、夢か」
冷静になって考えてみれば、夢以外の何物でもない展開。
それでも、ネルソン提督と一緒に冒険をするのは楽しかった。
寝ぼけた頭を整理し、上体を起こせば、カーテンの隙間から太陽の光が差し込んでいるのが見える。
ベッドから降りた私は、ハネた髪を雑に結び、パジャマのままリビングへと向かった。
リビングに入ると、ソファに座って本を読んでいたスミカさんが微笑む。
「あら、おはよう――の時間じゃないわね。こんにちは」
「……おはこんにちは」
「もう12時半よ。ユラちゃんは
「いつもよりは早く起きてると思うんだけど」
「寝坊助さんに変わりはないわ」
手に持った本をパタンと閉じたスミカさんは、頬を膨らませて言葉を続ける。
「どうして、こんな時間まで寝ちゃったのかしら?」
「ゲームしてて、気づいたら時計が4時を指してて、それから寝たからじゃないかな」
「嘘も隠し事もしないところはいい子だわ」
褒められているのか怒られているのか分からない。
ただ、スミカさんがお説教をはじめようとしているのは確かだろう。
スミカさんがお母さんモードになった時は、話を変えてしまうに限る。
「ねえスミカさん、シェフィーは?」
「あ! そ、それは……」
私の言葉を聞いた途端、なぜか肩を落としたスミカさん。
少しの間を置き、目に涙を浮かべたスミカさんは、震えた声を漏らした。
「あのね……あのね……シェフィーちゃんはね……」
「うん?」
「シェフィーちゃんはね……もうここにはいないのよ……」
「え?」
とてつもなく不穏な空気。
私が昼間まで寝ている間に、何か事件でもあったのだろうか。
悲しい表情をするスミカさんから、もっと詳しい話を聞かなくちゃ。
「なんかあったの? 事件?」
「大事件! シェフィーちゃんが、騎士団に私たちのことを報告しなきゃって言って、お出かけしちゃったのよぉ!」
リビングに響き渡るスミカさんの泣き声。
一方の私は、きっと鳩が豆鉄砲を食らったみたいな状態になっている。
「それって、普通にお出かけしてるだけだよね。泣くほど?」
「私、ユラちゃんみたいな女の子をお見送りするの、慣れてないのよぉ! だって、ユラちゃんがほとんどお出かけしないからぁ!」
「私のせいなの!? 私のせいでスミカさんがこんなことになってるの!?」
たしかに、私はまったくお出かけしない。学校以外で外に出ることなんかない。
だからって、シェフィーのお出かけを泣く理由にはならないよね。めちゃくちゃだよね。
なんて私が思っているのも構わず、スミカさんは泣き続けた。
「もしシェフィーちゃんが帰ってこなかったら……私……寂しいわぁ!」
どうしよう、この状況。
私はスミカさんを慰めるべきなのか、放っておくべきなのか。
寝起きの頭に今の状況は、ちょっと厳しい。
あまりの厳しさに、なんだか私も泣いちゃいそうになっていた。
そんな私たちに救いの手を差し伸べたのは、異常事態を前にとんがり帽とバッグを落とした、明るい色のツインテを揺らす女の子。
「ど、どうしたんですか!?」
「この声は……シェフィーちゃん!」
「なんだか泣き声が聞こえてきたので、勝手に家に入っちゃいましたけど――」
「おかえりなさい! シェフィーちゃん!」
「あわわ!」
シェフィーの登場にスミカさんは狂喜乱舞し、シェフィーに抱きついた。
スミカさんに抱きつかれたシェフィーは、突然のことに尻もちをついてしまう。
少しでも今の状況を知ろうとしたのか、シェフィーの瞳が見つめていたのは私の顔だった。
「な、なにかあったんですか?」
「気にしなくていいよ」
「そっ、そうですか……」
ということで、なんだかんだとシェフィーは帰ってきた。
スミカさんがシェフィーに抱きつくのをやめたのは、約20分後のこと。
ようやく解放されたシェフィーは、ホッと一息つく。
その間、私はキッチンから取ってきた菓子パンを頬張っていた。
さて、スミカさんが落ち着いたのを確認したシェフィーは立ち上がり、一生懸命な表情をして口を開いた。
「あの……お2人にお伝えしたいことがあります!」
「なにかしら?」
「なに?」
「わたしが住んでいる『西の方の国』から命令されたのですが――」
目をつむったシェフィーは、両手を胸の前で握りしめ、声を張り上げ宣言した。
「お2人を『西の方の国』の女王様のところへ連れていくことになりました! そして、この家に入れるのが現状ではわたしだけなので、わたしがお2人の案内役に選ばれました!」
「……つまり、その『西の方の国』で女王様に会うまで、シェフィーが旅のお供になってくれるってこと?」
「その通りです!」
「もしかして、シェフィーちゃんはしばらく住み込みになるということかしら?」
「はい! よろしくお願いします!」
リビングに訪れたのは、沈黙。
私たちの胸の中に訪れたのは、喜びの感情。
沈黙はすぐに追い払われた。
「やったわ! 住人が1人増えたわ! 家として、こんなに嬉しいことはないわね!」
「同居人か……うん、じゃあ、よろしく」
「お世話になります!」
ぺこりと頭を下げたシェフィー。
そんなシェフィーの頭を撫でるスミカさん。
――新しい同居人か。怠惰の極みみたいな私が、シェフィーと一緒に暮らせるのかな?
不安な気持ちはあったけど、楽しみでもあった。
何よりも、かわいいシェフィーと一緒に暮らせるということが嬉しかった。
せっかくの異世界なんだから、こういう展開も悪くない。
宣言を終えたシェフィーは、どこか伏し目がちに話を続ける。
「それで、『西の方の国』に向かってもらっても、いいですか?」
「いいわよ。むしろ喜んで! 目的地のある旅はワクワクするもの! ユラちゃんは?」
「私は――」
女王様という言葉に、私のファンタジー心がくすぐられる。
くすぐられはしたけれども、シェフィーの話には、あまり乗り気がしない。
「ううん……『西の方の国』って場所には行ってみたいし、女王様にも会ってみたいけど、私は家でのんびり過ごしていたいんだよね」
正直な私の言葉に対し、スミカさんはフフフと笑った。
「その家が動いて――私が『西の方の国』までユラちゃんを連れて行ってあげるから、ユラちゃんは家でのんびりしてて大丈夫よ」
「あ、そっか。あれ? 自宅ごと移動できるって、最強?」
引きこもりの私だって行きたい場所はある。ただ、行きたい場所までの移動が嫌なだけ。
その移動が、自宅から出なくても可能だなんて、これはスゴいことだ。
のんびりゆったり、のんきに家で過ごしているだけで、世界を旅できちゃう。
まさに引きこもりの夢!
「行こう、『西の方の国』」
「それじゃあ、最初の目的地は『西の方の国』ね!」
「みっ、道案内はお任せください!」
こうして、動く自宅に住む私たち3人の新しい旅がはじまった。
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