第6話 お湯にはタコさんのおもちゃが浮いてるよ

 パジャマを脱ぎ捨て、湯気に覆われたお風呂場へ。

 そして私は、浴槽にたっぷりのお湯の中に体を押し込んだ。


「あぁ~、癒される~」


 全身がほぐされていくような感覚。

 すべての疲れが湯気に溶け、消えていくような感覚。

 ぬくもりに体を包まれたような感覚。

 やっぱりお風呂は最高だね。


「訳が分からないことばっかりの日に入るお風呂は、いつもと違うなぁ~」


 あまりの心地よさに、私は無意識のうちに鼻歌を歌いはじめていた。

 大好きなゲームのBGMを口ずさみ、気分はゆったり。


 気持ちよくお風呂に浸かっていると、洗面所から物音が聞こえてくる。

 物音を聞いて、スミカさんが洗濯でもしているのかな、と私は思っていた。


 ところが、唐突にお風呂のドアが勢いよく開かれる。

 開かれたドアの向こうに立っていたのは、裸のスミカさんとシェフィーだった。


「ユラちゃん! お風呂、一緒に入りましょう!」


「あの……えっと……その……」


 満面の笑みを浮かべるスミカさん。

 顔を赤らめ、自分の体を何かで隠せないかとキョロキョロするシェフィー。

 2人の登場から一拍置いて、私は驚きの声を上げながら、湯船に深く潜った。


「わあぁ! ちょ、ちょっと! さすがにそれは……恥ずかしい!」


 いくら女の子同士だからって、人間との触れ合いに慣れていない私には、この状況は刺激が強すぎる。まあ、スミカさんは家だけど。

 あまりの恥ずかしさに、私の体はお湯を沸騰させるんじゃないかというぐらい熱くなっていた。

 だけど、スミカさんは気にしない。


「今さら恥ずかしがらなくてもいいじゃない。ユラちゃんのおウチである私は、ユラちゃんの裸には慣れてるわ」


「それはそれで恥ずかしい!」


「フフ、慣れちゃえば問題ないわ」


「慣れるまでは恥ずかしいじゃん……」


 私は体を小さく丸め、口までお湯に浸かり、なんとか体を隠そうと必死になった。

 お風呂場に入ってきたスミカさんは、シェフィーをお風呂イスに座らせ、シャワーヘッドを掴む。


「じゃあシェフィーちゃん、まずは頭を洗いましょうね」


「は、はい」


 スミカさんにより蛇口がひねられ、シャワーヘッドからは水の粒が飛び出す。

 そう、飛び出したのは水の粒。

 シャワーの最初の方は水が出てくるというだ。

 冷たい水をかけられたシェフィーは、思わず跳ね上がってしまう。


「ひゃ!」


「あら、ごめんなさい! ユラちゃん、どうすればお湯が出るのかしら?」


「ちょっと待ってればお湯になるよ」


「へ~、そうだったの。知らなかったわ」


「知らなかったんだ」


 いくらなんでも機械類に弱すぎだよ。

 自分の一部であるシャワーの仕組みぐらい、知っててほしいよ。


 なんて私が思っているうち、シャワーヘッドからはお湯が飛び出すように。

 シャワーがお湯になれば、スミカさんはシェフィーの明るい色の長い髪を洗いはじめた。


「シェフィーちゃんの髪、とってもキレイね」


「あ、ありがとうございます。スミカさんに頭を洗ってもらうの、すごく気持ちいいです」


「フフ、良かったわ。それじゃあ、シャンプーを使うから、目をつむっててね」


「シャンプー?」


 知らない単語に疑問を抱きながら、それでも素直にぎゅっと目をつむるシェフィー。

 スミカさんはシャンプーを手に取り、シェフィーの頭を泡で包みこんだ。

 頭に綿雲を乗せたみたいなシェフィーは、心地よさそうな表情。


 続けてスミカさんがシェフィーの頭にお湯をかけ、泡を落とせば、シェフィーの髪はさらにキレイに。


「これでよし!」


「あ、あの、こんなにたくさんのお湯と泡、どんな魔法を使ったんですか?」


「魔法じゃないわ。私たちの元いた世界の文明よ」


「スミカさんたちの元いた世界は、とても発展した世界なんですね……」


 深く感心するシェフィー。

 彼女はそのまま湯船に浸かり、私の隣で丸くなる。


 どうしよう、こんなにかわいい子と一緒にお風呂に入るなんて、私の胸が爆発しそう。


――友達のいない一人っ子には、やっぱり刺激が強すぎるよ。


 私は困惑した末に、いっそう深くお湯に沈んでいく。

 そんな私に対し、スミカさんはいたずらっぽい笑みを浮かべながら話しかけてきた。


「ところでユラちゃん」


「なに?」


「背は高くなってるけど、それ以外はあんまり成長してないわね」


「なっ、なんということを!」


 胸か!? 胸のことを言っているのか!?


「そっ、そう言うスミカさんも、それにシェフィーだって、胸なんかほとんどないじゃん!」


「どうしてわたしまで巻き込まれているんですか!? わたしは……将来有望なんです! ママを見れば分かります!」


 顔を赤くし抗議したのはシェフィーだった。

 一方のスミカさんは、冷静な面持ちで淡々と答える。


「私が建てられた頃の日本の戸建住宅はみんなのっぺりしてるから、胸がなくて当然よ」


 それが家の価値観なのか。

 家の価値観がもう分からない。


 分からないけど、私はますます湯船に沈没していくだけ。

 するとスミカさんは、私の頭を撫ではじめた。


「そんなに膨れないで。ただの冗談よ。あんなにちっちゃかったユラちゃんが、今ではこんなに大きくなって、私は嬉しいわ。ほら、ユラちゃんの頭も洗ってあげるから、おいで」


「むぅ……」


 その後、なんだかんだと私はスミカさんに頭を洗ってもらう。

 頭を洗い終えれば、今度はみんなで体を洗い、お風呂にぎゅうぎゅうに浸かる。

 さすがに3人でのお風呂は狭かった。


    *


 長いお風呂の時間が終われば、私たちはパジャマに着替え、寝る準備。

 自室に向かう最中、寝室からスミカさんとシェフィーの会話が聞こえてくる。


「そのパジャマ、ユラちゃんが中学生になるまで使ってたものなんだけど、どうかしら?」


「サイズはピッタリです」


 私が中学生になるまで着ていたパジャマといえば、コタツでくつろぐリアルなカニが描かれた、ダサい謎パジャマだったはず。


 まさかと思い寝室を覗いてみると、そのまさかだった。

 シェフィーのお腹には、コタツでくつろぐカニが。

 なんでだろう、申し訳ない気持ちになってきた。


 申し訳ないので、私は自室へと逃げ込む。


「そういえば、ゲームつけっぱなしだったっけ」


 ふと思い出し、パソコンを起動すると、私の魔法使いさん『主食はカーボン』は市場に佇んだまま。


 どうせなら寝る前に、ちょっとしたお金稼ぎをしよう。

 そう思い、ヘッドフォンをつけようとした瞬間だ。扉をノックする音が部屋に響いた。


「うん? スミカさん……はノックなんかしないか。ってことは、シェフィー?」


「は、はい! えっと、お部屋に入っても良いですか?」


「まあ、いいけど」


 私が許可を出すと、自室の扉がゆっくりと開き、シェフィーの宝石みたいな瞳と、コタツでくつろぐカニが私の前に現れた。

 シェフィーは恥ずかしそうに顔を背けながらも、一生懸命に口を開く。


「ユラさん、あの……今日はいろいろと、ありがとうございました!」


 律儀な感謝の言葉。

 シェフィーの純粋な瞳に引きずられ、私も正直なことを言ってしまう。


「なんか、こうやって褒められると、ちょっと照れるね」


 うしろ頭をかく私。

 顔を赤くするシェフィー。

 そして人見知りらしく、私たちは黙り込んでしまう。


 会話のきっかけを探していたシェフィーは、パソコンの画面に目を向けた。


「うん? ユラさん、その動く絵の魔法使いさん、なんだか襲われてますよ?」


「あ、本当だ。私に喧嘩を売るとは、いい度胸だね」


「うわわ! 魔法使いさん、襲ってきた人を杖で殴り倒しちゃいました!」


「当然! 強化に強化を重ねた私のキャラが、負けるわけないよ」


「すごいです! わたしも、そんな強い魔法使いになりたいです! でも、気のせいですかね? この魔法使いさん、どこかで見たことあるような……」


 おっと、それ以上はいけない。

 杖で人を殴り殺す『主食はカーボン』なんて化け物が自分にそっくりだと知ったら、シェフィーはショックを受けるかもしれない。

 ここはテキトーに誤魔化そう。


「きょ、今日は疲れただろうから、早く寝た方がいいよ」


「は、はい!」


 元気に返事したシェフィーは、しかし扉を閉めることなく、言葉を続ける。


「でも寝る前に、質問があります」


「なに?」


「ユラさんは突然、この世界に転移したんですよね。でも、勇者ではないんですよね。じゃあ、ユラさんは何者なんですか?」


「それは……」


 言われてみると、この世界における私って何なんだろう。

 少し考えて、考えるのが面倒になって、私はテキトーに答えた。


「勇者のおまけ?」


「それは結局何者なんですか!?」


 納得いかない様子のシェフィーのツッコミが、私の部屋に響いた。

 とはいえ、私も納得のいく答えを知らないから、この話はここまでだ。

 不満そうなシェフィーは、すぐに目を伏せ、小さな声で次の質問を口にする。


「……異世界から来たユラさんは、家に帰りたいと思うことはあるんですか?」


 これに私は即答。


「思わないね。だって、もう家には帰ってるからね」


「あ! 言われてみればそうでした!」


 今度は納得してくれた様子のシェフィーは、にっこりと笑っていた。

 質問はこれで終わり。扉に手をかけたシェフィーは挨拶する。


「それでは、おやすみなさい」


「おやすみ」


 静かにドアを閉めるシェフィー。

 うん、シェフィーは本当にいい子だ。それに、とってもかわいい。

 さてと、シェフィーも寝たことだし、私はゲーム世界に飛び込むとしよう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る