第5話 転移して、勇者に選ばれた、いろいろな経緯

 私とスミカさん、シェフィーの3人は食卓を囲んでいた。

 食卓には、美味しそうなカルボナーラが3人分並んでいる。


 半熟卵とたっぷりのチーズがかかったカルボナーラに、シェフィーは興味津々な様子。

 同時に、彼女はスミカさんに感謝することも忘れていなかった。


「あの、ありがとうございます。わたしのために、もう一食分の夕ご飯を作ってくださって」


「このくらいお安い御用よ。ほら、冷めちゃう前に食べましょう」


「はい!」


 ということで、夕ご飯を食べはじめる私たち。


 けれどもシェフィーは、フォークを持っただけで、なかなかカルボナーラを口にしない。

 シェフィーがカルボナーラを口にしたのは、私とスミカさんがフォークにパスタを巻きつけ、パスタを口に運んでから。

 それからやっと、彼女は慣れない手つきで一生懸命にパスタをフォークに巻きつけ、カルボナーラを口にした。


 もしかしてパスタの食べ方が分からず、私たちの真似をしたのかな?

 だとしたら、かわいい。


 おそらく人生ではじめてカルボナーラを食べたシェフィーは、とても幸せそうな表情だ。


「わぁ、これ、とっても美味しいです!」


「フフフ、ありがとう」


 満足げに胸を張ったスミカさん。


 一度でパスタの食べ方を覚えたシェフィーは、あっという間にカルボナーラを食べ終えてしまった。

 ちっちゃな女の子が美味しそうに料理を食べる姿は、かわいい。


 と言っても、実は私の方が先にカルボナーラを食べ終えていたのだけど。

 スミカさんが作る料理は、お店に出してもいいぐらいの美味しさだ。自宅がこんなに料理上手だなんて、思いもしなかった。


「「ごちそうさま」」


 夕ご飯を終えた私たちは、食器を片付け、みんなで紅茶タイム。

 良い香りとゆったりとした時間に包まれながら、私は椅子に深く腰掛けた。


 さて、ティーカップを両手で持ったシェフィーが、ここでとある話題を持ち出してくる。


「ええと、わたしがここに来た理由なんですけど……」


 わずかに言い淀み、唾を飲み込み、そしてシェフィーははっきりと言った。


「お2人は、何者なんですか?」


 至極当然すぎる質問だ。

 むしろ、何者かも分からない人と夕ご飯を食べるなんて、シェフィーは人見知りなのか、大胆不敵なのか。

 とにもかくにも、彼女の質問には答えないと。


――でも、なんて答えればいい?


 悩んだ末、私の答えは淡白なものになってしまう。


「私たちは異世界転移してきた異世界人、ということになるんだろうけど、私も訳が分からない状態なんだよね」


「異世界人?」


 首をかしげたシェフィー。

 もしかして、余計に混乱させちゃっただろうか。


 答えにきゅうし私が黙っていると、続けてスミカさんが口を開く。


「ユラちゃんの言う通り、私たちは別の世界の住人だったのよ。でも、いきなり女神様に召喚されて、私は勇者に選ばれちゃったの」


「勇者?」


「ええ、勇者。昨日までは普通の一軒家だったんだけどね」


「普通の一軒家?」


「あ! そういえばまだ伝えてなかったわね。今の私の姿は仮の姿よ。私の正体は、このおウチそのものなの。ユラちゃんは、そんな私の住人さんよ」


「仮の姿?」


 ますます首をかしげるシェフィー。

 スミカさんは丁寧に説明しているのだけど、そもそもの話が意味不明なため、シェフィーの理解が追いついていないらしい。

 それでもスミカさんは笑って、今度は私に話しかけてきた。


「驚いたわよね。天界に召喚されたのは、本当にいきなりだったもの」


 あまりに自然に話しかけられ、私もつい自然な感じで返答してしまう。


「天界に召喚されたのも驚いたけど、私はやっぱり、自宅の思念体が人間の形をして、スミカさんとして現れた時が驚いたかな」


「あの時のユラちゃん、唖然としてたものね」


「そりゃそうでしょ」


 あの時は、召喚やら勇者やら転移やら、女神様とメアド交換やら、すべてに驚いていた。

 驚くことが多すぎて、逆に静かになってしまったぐらい。


 スミカさんの言う通り、私たちの召喚は本当に唐突だった。

 唐突だったからこそ、スミカさんは私のことを心配してくれている。


「だけど、本当に良かったのかしら? 目的地のない旅のお供になってくれるのは嬉しいけど、ユラちゃんは家族と一緒に元の世界に残っても良かったのよ?」


「私は自宅でのんびりできれば、それでいいよ。というか、異世界でのんびり自宅生活とか、最高じゃん。女神様の福利厚生もあるし、夢みたいだよ」


「フフ、ユラちゃんはのんびり屋さんね」


 そこまで会話して、私は首をかしげたままのシェフィーに気がついた。


「あ! ごめん! 置き去りにしちゃって!」


「い、いえいえ! 大丈夫です!」


 首を大きく横に振るシェフィー。

 しばしの間を置き、彼女は紅茶を一気に飲み干す。そして私とスミカさんの顔をじっと見つめ、意を決したように口を開いた。


「ひとつ、確認させてください。さっきスミカさんが言っていた勇者というのは、旅の中でマモノを退治し、わたしたちが住む『ツギハギノ世界』の歪みを正す、イ・ショク・ジュウ伝説の勇者さんのことですか?」


 想定外のワードが出てきた。

 これには私もスミカさんもびっくりだ。


「勇者のこと、知ってるの!?」


「勇者のこと、知ってるのかしら!?」


「もっ、もちろんです! 有名な伝説ですよ!」


 ここで、シェフィーの瞳が再びキラキラと輝きはじめた。


 続けて彼女は、床に置いたバッグから1冊の本を取り出す。

 辞書のように分厚い本には、私たちが読めない文字がびっしり。

 文字は読めなくとも、本の表紙に書かれた絵が何かは分かる。


「家と食べ物と服がマモノと戦う絵……シュールレアリズムかな?」


「イ・ショク・ジュウ伝説ですよ! 異世界からやってきたイ・ショク・ジュウの3人の勇者が、自由に旅をしながらマモノと戦う伝説です!」


 おとぎ話に喜ぶ子供のように、シェフィーはテーブルに乗り出していた。

 私はシェフィーの言葉の意味が分からず、口をあんぐりと開けたまま。

 スミカさんは自分の頬に手を当てる。


「つまり、私はイ・ショク・ジュウの3人の勇者のうちの、ジュウの勇者さんということかしらね」


「家が本当の姿ということは、きっとそうです!」


 本物の勇者を前にして、ますますシェフィーの瞳は輝き、もはやまぶしい。


「すごいです! わたし、小さい頃から勇者に会うのが夢だったんです! まさか……まさか夢が叶うなんて!」


 どんどんとテンションが上がっていくシェフィー。

 今度は私が会話に置いていかれちゃったみたい。


 とりあえず、この世界にはスミカさんの他に、衣食の2人の勇者がいるってこと?

 まだまだ分からないことばかりだ。


――分からないことばかりで、もう頭が疲れてきた。


 そう思ったと同時、ある声が私たちに告げる。


《お風呂が湧きました》


 ナイスタイミング。

 疲れた頭を休ませるためにも、私はお風呂へと向かった。

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