第4話 魔法使いさんと出会う話

 体が揺れている。

 耳には優しい声が入り込んでくる。


「ユラちゃん、起きて」


「あれ? 私、寝ちゃって……あ!」


 私はいつの間にか眠っていたみたいだ。

 しかも、目を覚ませば私はスミカさんの腕に包まれたまま。

 スミカさんの胸に頭をあずけ、私はスヤスヤと寝息を立てていたらしい。


「もう夕方よ」


「夕方? え!? 私、数時間もスミカさんに抱かれて寝てたの!?」


「ええ、とっても気持ちよさそうに。やっぱり、ユラちゃんはまだまだ子供ね」


「そ、それは……」


 一気に恥ずかしくなってきた。

 すごく顔が熱い。


 それなのに、スミカさんの腕の中は心地よくて、なかなかスミカさんから離れられない。

 こういうときは話を変えてしまおう。


「わっ、私を起こしたってことは、何かあったの?」


「そうなのよ。実はね、私たち騎士団の人たちに囲まれているの」


「囲まれてる?」


 訳の分からない動く家のことが、騎士団の人たちも気になったのかな?


 これはもしや、外に出て騎士団の人たちとお話をする必要があるかもしれない。

 そう思うと、私の体は唐突に動かなくなる。


 私は極度の人見知り。騎士団の人たちとお話をするなんて、マモノに襲われるようなもの。

 こうなったら、スミカさんにお願いしよう。


「あの、スミカさん、騎士団の人たちの対応、してもらっていい?」


「それは無理ね」


「なっ、なんで!?」


「だって私、このおウチが本体だから、この人間の姿を家の外に出すことはできないの」


「そんな……じゃあ、せめて家の中から――」


「あと、これから夕ご飯を作らなきゃいけないしね」


 微笑んだスミカさんは私を立たせ、キッチンへ行ってしまう。


――困った。どうしよう。


 いろいろと悩んだ挙句に、私は2階の寝室へ。

 寝室の窓からは、家の玄関前が見渡せる。とりあえずはこの場所から、騎士団の人たちがどんな人たちか確かめよう。


 そっと窓の外をのぞくと、スミカさんの言う通り、足を止めた自宅は騎士団に完全包囲されていた。

 立派な馬を連れ、輝く鎧に身を包んだ騎士たちは、どこか猛獣のよう。


 そんな騎士たちの迫力が、私のファンタジー心を刺激し、それ以上に人見知りを加速させる。

 私が何もできずにいると、外から大声が轟いた。


「誰かいないのか! 我々は羊の騎士団だ! 誰かいるのであれば出てこい!」


 大声とともに、心なしか槍を握る騎士たちの手に力が入ったように見える。

 早くも私の限界が訪れた。

 16年間も住んできた自宅――スミカさんとはお話できても、あんなに怖い騎士たちとお話なんてできない。


――私、どうすればいいんだろう?


 答えは出ない。


 数分して、騎士たちはついに業を煮やし、自宅の玄関に入り込もうとした。

 だけど騎士たちは完璧な防犯のシールドに阻まれ、それ以上は進めず、口をポカンとさせている。


――放っておこう。


 完璧な防犯がある限り、自宅は安全地帯。無理をする必要はないのかもしれない。

 私はのんびり空間に戻るため、窓を背にしてリビングへ戻ろうとした。


 そんな時だった。

 さっきの猛獣のような大声とは対照的な、かわいらしくて一生懸命な声が、私の鼓膜を震わせる。


「あ、あの! 誰かいませんか?」


 ずいぶんと声色の違う呼びかけに、私は思わず窓の外に目を向けてしまった。


 窓の外をそっと見てみると、屈強な騎士たちに紛れて、私よりも少しだけ年下ぐらいの小さな女の子が一人。

 その女の子を見て、私は驚いた。


 学生服のような格好で、バッグを肩に提げ、とんがり帽を抱きしめた女の子。

 明るい髪色に、ツインテールとリボンが似合う女の子。

 くりっとした目を輝かせ、一生懸命に大声を出そうとしている、背のちっちゃい女の子。

 まるで私がゲームで育てている魔法使いさんみたいだ。


「かわいい……」


 思わず漏れ出す私の心の声。

 直後、背後からスミカさんが話しかけてきた。


「もしかしてユラちゃん、あの女の子が気になるの?」


「うわ! いっ、いきなり話しかけないで! というか、気になってない!」


「本当かしら?」


 ニタリと笑うスミカさん。


 再び外を見れば、女の子がゆっくりと玄関に近づいてくる。

 そして彼女は、何事もなく完璧な防犯のシールドを超えてしまった。

 屈強な騎士たちが超えられなかったシールドを、女の子はあっさりと超えてしまった。

 彼女は今、きょとんとした表情で玄関の扉の前に立っている。


 私が拒絶した存在をシールド内に入れないスキルは、女の子には効果がなかった。

 つまりそれは、私が女の子を拒絶していないという意味。

 スミカさんはフフフと笑う。


「昔から変なところで素直じゃないわね、ユラちゃんは」


「うっ、うるさい!」


 どうしよう、この状況。

 女の子はシールドの内側に入ってきちゃった。

 こうなると、このまま女の子を放っておくわけにもいかない。

 困った。困った困った。なんて困っているうち、スミカさんが口を開く。


「あの女の子、私が連れてきてあげるわ」


「え? スミカさんは家の外に出られないんじゃ?」


「ドアを開けて、こっちにおいで、って言うくらいならできるわよ」


「そんな、ネコを呼び込むみたいな……」


「じゃ、行ってくるわね」


「ええ!? 夕食の準備は!? それに、まだ心の準備が――」


 構わず玄関に向かうスミカさん。

 焦った私は、ともかくリビングに戻ることにした。


 階段を駆け下り、リビングのソファに飛び込み、スミカさんと女の子を待つ私。

 たぶん十年ぶりくらいの来客に、私の鼓動は早くなるばかり。


 少ししてリビングのドアが開くと、そこにはスミカさんに連れられた女の子が、ちょこんと立っている。

 女の子は緊張した表情のまま、ぺこりとお辞儀をした。


「は、はじめまして! わたしは『西の方の国』の見習い魔法使い、シェフィー=エクレールです!」


 体を少しだけ震わせた一生懸命な挨拶が、なんともかわいい。

 そんな、とんがり帽を強く抱きしめる彼女――シェフィーを見て、私は思った。


――この子、私と同じ人見知りかな?


 同類だと思った途端、ほんの少しだけ私の緊張は和らぐ。おかげで私は、シェフィーに挨拶することができた。


「は、はじめまして。私の名前は、ええと、河越由良かわごえゆら


「ユラ、さん? よっ、よろしくお願いします! ユラさん!」


「こ、こちらこそ!」


 すごくぎこちない挨拶。

 互いに頭を下げる私たちを見て、スミカさんは微笑んだ。


「2人とも、ちゃんと挨拶できてえらいわ。よしよし」


「「むぅ」」


 完全に子供扱いされてしまっている。

 しかも、スミカさんは初対面のシェフィーの頭まで撫でている。

 この家は、実は見境ない家だったりするのかな?


 それよりもだ。どうして騎士団の人たちが私の家を包囲しているのか、聞いてみないと。


「あ、あの……どうして――」


「ユラさんとスミカさんはすごいです! あんなにたくさんのマモノを相手に、この謎の建物で戦って、レジェンド級のマモノ『ダイショーグン』を倒してしまうなんて!」


 どうしたのだろう。

 いきなりシェフィーの瞳が輝きはじめた。

 人見知りらしい緊張も何処へやら。シェフィーの言葉には熱が帯びている。


 だいたい『ダイショーグン』ってなんだ? あの甲冑のマモノのこと? あのマモノ、レジェンド級とかいうヤバそうなマモノだったの?


 あまりに唐突なことに、私の質問は引っ込んでしまった。

 シェフィーの言葉は止まらない。


「絶体絶命のわたしたちを救ってくれたお2人は、まるで勇者さんみたいです! わたし、感動してしまいました!」


「まあ、嬉しいわ」


「あっ……」


 今の自分が何をしているのか、シェフィーは気づいたらしい。

 彼女はすぐに人見知りの表情に戻り、またも頭を下げる。


「ごっ、ごめんなさい! あまりの感動で、いきなり変なことを言ってしまいました……」


 ぷるぷると小刻みに震えるシェフィー。

 対するスミカさんの笑顔は変わらなかった。


「いいのよ。むしろ、もっと褒めてくれていいぐらいだわ」


「ス、スミカさん……!」


 きっとスミカさんは、人見知りの人にとっての神様なのかもしれない。

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