第3話 突撃! はじめての戦い!
ベランダにガトリング砲を装着した自宅は、全速力で草原を駆け抜けていった。
これは、ファンタジー世界への殴り込みみたいなもの。
リビングの窓に張り付いた私は、近づいてくるマモノの軍勢に心を躍らせている。
「オークだ! ゴブリンだ! ガーゴイルだ!」
近くで見るマモノは、びっくりするほどに王道モンスターだった。ゲームやマンガ、アニメや映画で何千回と見てきた、あのモンスターたちだった。
戦国武将っぽい甲冑のマモノも、ビルより大きな体がモンスターのお手本のよう。
だけど、それらは決してCGなんかではなく、実際にそこに存在する本物のモンスター。
ファンタジー世界でマモノを目にして、私の心が踊らないわけがない。
「マモノ、もっと近くで見る!」
「任せてちょうだい」
ソファに座ったスミカさんは、ずっと目を閉じていた。
今のスミカさんは、自分の体――自宅を走らせている真っ最中だ。
おかげで、4本の機械の脚を動かす自宅は、想像していたよりもずっと速く走っている。
想像していたよりもずっと速く草原を駆け抜け、マモノの軍勢に迫っている。
それなのに、自宅の揺れはまったく感じない。
微動だにしないリビングで、流れる景色と近づくマモノの軍勢が眺められるなんて、不思議で楽しい気分。
私のテンションは上がりっぱなしだった。
「あと少しだよ! あと少しで、マモノの軍勢に突っ込む!」
「そろそろガトリング砲の出番ね」
「やっちゃえスミカさん!」
マモノの軍勢を前に、ガトリング砲の砲身がゆっくりと、そして凄まじい勢いで回りだす。
数秒もしないうち、数百発の弾丸がマモノの軍勢に突き刺さった。
弾丸に耕された箇所は土煙に覆われ、何も見えない。
ただ少なくとも、お墓みたいにキレイに並んでいたマモノたちは唐突な攻撃に焦り、少しだけ陣形を乱している。
ここからそう遠くはない場所にいる甲冑のマモノも、きっと混乱しているはず。
どうやら最初の攻撃は成功したみたいだ。
成功したわりには、スミカさんはテンパっているのだけど。
「あれ!? 攻撃したいのはそっちじゃないわ! あれれ!? どうして左に行っちゃうのかしら!? あれれれれ!?」
相変わらず右往左往するスミカさんと、それに同調するガトリング砲。
その結果、ガトリング砲の動きを読み切れないマモノたちはさらに混乱。マモノの陣形の崩れは深刻になっていく。
「いけるよ、これ! このまま突っ込んじゃおう!」
「わ、分かったわ!」
勢いそのままに、自宅はマモノの軍勢へ突撃した。
4本の脚はマモノを弾き飛ばし、自宅はどんどんと先へ進んでいく。
私はいよいよ窓から離れられなくなっていた。
「マモノ、近い! マモノ、見る!」
数メートル先にマモノたちがいて、私は大興奮。テンションも語彙力も行方不明。
一方のスミカさんは、不安そうな表情をしていた。
「ユラちゃん、完璧な防犯はユラちゃんが拒絶した存在をシールド内に入れないスキルよ。あんまりマモノさんたちを受け入れない方がいいんじゃないかしら」
そんなこと言われても、私の心は正直だった。私はスミカさんの注意も聞かず、マモノを眺めるのに必死だった。
スミカさんの注意が正しかったと知ったのは、それからすぐのこと。
マモノを眺めていると、遠くから自宅めがけて火の玉を投げつけるマモノの姿が目に入った。
「あれは……まさか……魔法!」
はじめての魔法に大興奮する私。
けれども、大興奮していた時間は短かった。
火の玉を見つけた直後のこと。マモノが投げつけた火の玉がテラスの手すりに直撃する。
テラスの手すりは焦がされ、一部は破損し地面に落ちてしまった。
「あ……」
「ユラちゃん! 大丈夫かしら!?」
「よくも……よくも私のおウチを……!」
「ユ、ユラちゃん!?」
自宅を傷つけたマモノ、許すまじ。
私ののんびり空間に土足で踏み込もうだなんて、笑止千万。
未来永劫、マモノは私のおウチに入れてやるものか。
――マモノなんか大っ嫌いだ。
などとテンションが急転直下する、私の正直な心。
自宅スキルは私の正直な心に正直だ。
マモノに対する私の拒絶が爆発した瞬間、自宅の周囲を青白い光が走る。
青白い光に触れたマモノたちは吹き飛ばされ、マモノたちが放った魔法も、青白い光にぶつかり消失した。
「完璧な防犯スキルのシールドだわ!」
「すごい。私が拒絶したものを、完全に跳ね返してる!」
想像以上に優秀なシールド。
そう思ったのは私たちだけではなかったらしい。
「げっ、甲冑の魔物がこっち見た。シールドが脅威認定されちゃったかな?」
甲冑のマモノは片手を天に掲げ、手のひらに巨大な炎のボールを作り出している。
続けて甲冑のマモノは、紫のオーラと一緒にその炎のボールを私たちに投げつけた。
第二の太陽みたいな炎のボールは、いかにも最強魔法のひとつ。レベルの低いキャラなら即死してもおかしくはなさそう。
「伏せて!」
最悪を想定した私の叫び。
同時に、炎のボールが自宅――ではなく完璧な防犯のシールドに直撃した。
炎のボールは大爆発、マモノごと周囲を吹き飛ばし、大きなクレーターを作り出す。
世界の終わりのような光と轟音に包まれ、私はつぶやいた。
「死んだ……これはさすがに死んだ……」
「あらあら? ユラちゃん、私たち無傷みたいよ」
「え!? あ、本当だ!」
立ち上がり外を眺めれば、自宅はクレーターの中心で仁王立ち。
なんと、完璧な防犯は甲冑のマモノの初見殺しに耐えた。
そしてそれは、勇者パワーがチートであることの証明でもあった。
これだけの強い力があれば、もしかしたら。
「スミカさん、甲冑のマモノにガトリング砲を撃ってみよう」
「作戦変更?」
「うん。チート勇者パワーで甲冑のマモノを倒せれば、戦闘に勝てると思うから」
「分かったわ。よおし、今度こそガトリング砲を操ってみせるわよ!」
無謀な作戦は雑な作戦に変更だ。
足を止めた自宅は、シールドとマモノに囲まれながらガトリング砲を撃ちまくる。
ベランダでぐるぐると動き回るガトリング砲は、甲冑のマモノを蜂の巣にし、ついでにマモノたちを次々と蹴散らしていった。
ガトリング砲の攻撃で甲冑のマモノの黒い兜が粉々になると、ついに弾丸が甲冑のマモノの頭に突き刺さる。
頭を撃ち抜かれた甲冑のマモノは倒れ、ビルよりも大きな体は、霧が晴れるように消えてしまった。
「倒した! ……けど、マモノって霧みたいに消えちゃうんだね。なんか、生きものっぽくない」
甲冑のマモノに限らず、すべてのマモノがそうだった。倒すとグシャっとなるゲームのマモノとは違うらしい。
まあ、マモノを倒していることに違いはないんだから、気にしなくてもいいかな。
スミカさんは、やっぱりガトリング砲を操作しきれていなかった。ガトリング砲はランダムな動きで、マモノたちを雲散させていった。
指揮官である甲冑のマモノが倒されたからか、気づけばマモノの軍勢の陣形は崩れ、マモノたちは戦場から逃げ出していく。
「マモノの軍勢の包囲が崩れた! 騎士団の救出成功だよ!」
「やったわ! はじめての戦いに勝てたわ! ユラちゃんの作戦のおかげよ!」
思いっきり私を抱きしめるスミカさん。ちょっと苦しい。
けど、一番大変だったのはスミカさんのはず。
「ねえスミカさん、さっきの大丈夫だった?」
「さっきの?」
「魔法で手すりを壊されたとき、痛くなかったかなって」
「ああ! あれなら大丈夫よ! ちょっとだけ痛かったけど、ユラちゃんがケガしなかったんだから、何の問題もないわ!」
それは良かった、と私はホッとため息をついてしまう。
すると、私を抱きしめたままのスミカさんは微笑んで、私の頭を撫ではじめた。
「フフ、ユラちゃんは優しい子ね。赤ちゃんの頃から変わらないわ」
「うぅ~、私はもう子供じゃないんだけど……」
「いい子いい子」
なんだろう、すっごく安心する。
安心したせいか、一睡もしていなかったせいか、眠くなってきた。
このまま、スミカさんの腕の中で眠るのも悪くないかも。
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