第2話 自宅にはいろいろなスキルがあるらしい

 騎士団とマモノを眺めているうち、私は双眼鏡を手放せなくなっていた。

 このファンタジー世界の景色を脳と心に焼き付けようと、私は必死になっていた。


 一方で、動く自宅――スミカさんの表情は晴れない。

 なぜなら彼女は、勇者として、マモノと戦わなければならないのだから。

 女神様から、異世界を旅してマモノを退治しろという使命を与えられているのだから。


「勇者としての初仕事ね。騎士団のみんなを救わないと」


「マモノに騎士団に勇者……! これぞ王道だよ! 家が動いてる以外!」


「なんだかユラちゃん、楽しそうね」


 やっぱりスミカさんの表情は晴れない。

 私はようやく双眼鏡を降ろし、スミカさんに聞いてみた。


「もしかして、マモノと戦うのが怖い?」


「うん、ちょっとだけね」


 それは当然のことなのかもしれない。

 知らない世界でマモノと戦うなんて、どんな家でも怖いはず。

 加えて、スミカさんは私のようにゲームでモンスターと戦った経験もない。

 ここは私が、スミカさんを助けてあげる場面だろう。


「自宅って、動くだけじゃなくて、戦うこともできるんだよね」


「ええ、女神様はそう言っていたわ」


「どうやって戦うの?」


「たしかね、そのテレビゲームでスキルっていうのが設定できるらしいわ。ユラちゃんがよくやってるゲームにもスキルって言葉があるのは知っているんだけど、私、詳しいことは何も分からなくて――」


「スキル!? スキル制なの!? しかも、ウチのゲームで設定できるの!?」


 頭を抱えるスミカさんだけど、私は体が前のめりに。

 スキル制といえば、ゲームとかでよくある、スキルと呼ばれるいろんな能力を覚えて強くなっていくシステムだ。

 私は急いでリビングに戻り、叫んだ。


「とりあえず、テレビをつけよう!」


「テレビはリモコンでつけるのよね。どのボタンを押せばいいのかしら?」


「スミカさんはおばあちゃんか」


 スミカさんが逆さまに持ったリモコンを奪い取り、テレビの電源をオンに。

 続けて入力切換ボタンを連打、同時にゲーム機を起動した。

 少ししてゲーム機のホーム画面が映し出されると、そこには見慣れないアプリが。


「この『おウチスキル』とかいうやつかな……」


 コントローラーを握り、見慣れないアプリを選択すると、電車の路線図のようなものが現れる。

 四角やひし形、円や星の形をしたボックスが、黒い線でつながる壮大な図。

 間違いない。これはスキルツリーだ。インディーズゲーム感のするスキルツリーだ。


「ユラちゃん、スキル設定のやり方、分かる?」


「もちろんだよ。完全にゲームと同じだもん、これ。きっとこのスキルを解放していけば、いろんな技を覚えて、自宅が強くなっていくんだと思う」


 女神様はゲームが好きなのかな?


 ともかく、私はスキルツリーを簡単に見渡した。

 どうやらスキルは数百ほど存在し、それらは獲得したポイントで解放できるらしい。


 現在の獲得ポイントは180。残念だけど、新しいスキルを覚えるにはポイントが足りなかった。

 ポイントの獲得方法は分からないけど、きっとマモノを倒せばポイントは溜まるはず。


 新しいスキルを獲得するのは戦いの後。今は解放済みのスキルを確認しよう。


「どれどれ、『4足歩行』と『スペシャルスキル・完璧な防犯』、『初回限定スキル・ガトリング』の3つが解放済みだね」


「ええと、ガトリングと完璧な防犯はどんなスキルかしら?」


「ガトリングは強い武器。完璧な防犯は――住人が拒絶した存在を絶対シールド内に入れない、って説明がある」


「どれもマモノと戦うのに必要なスキルみたいね」


「スキルの利用はスミカさんの意思次第みたいだから、まずはガトリングを試してみよう」


「分かったわ」


 スミカさんはソファに座り、目をつむった。

 私は床に座り、スキル発動を待つだけ。

 目をつむったスミカさんは、本体である自宅を操っているのだろう。


 数秒すると、2階のベランダから機械音が聞こえてきた。


 まさかと思いベランダを見上げると、そこには私の体よりも大きなガトリング砲が、6つの砲身を林に向けている。

 なんだか、ファンタジー世界に似合わない光景だ。

 まあ、動く自宅がすでにファンタジー世界に似合っていないんだけど。


「スミカさん、ガトリングを撃ってみて」


「ちょっと待っててね」


 果たして、リモコンも使えないスミカさんがガトリングを撃てるのか。


 結果から言うと、ガトリングで弾丸をばらまくことには成功した。

 ガトリングは凄まじい発砲音を響かせ、数秒で数百発の弾丸を林に撃ち込み、木々を薙ぎ払った。

 問題は、ガトリングの勢いが凄すぎて、スミカさんがガトリングを操作しきれていないこと。


「あれれ!? なんで右に行っちゃうの!? ああ! そっちじゃないわ!」


 右往左往するガトリングの砲身とスミカさん。

 ちょっと心配だけど、今は弾が撃てればそれでいい。


「ガトリングは大丈夫そうだね。もうひとつのスキル、完璧な防犯も使ってみようよ」


「う~ん、それがね、よく分からないんだけど、完璧な防犯は常時使用状態みたい」


「そうなの?」


「たぶんね」


 曖昧な答えだけど、ここはスミカさんを信じよう。

 4足歩行スキルはすでに使用中だから、試す必要もない。


「戦闘準備はこれで完了だわ。ということは、いよいよマモノと――」


「待って。戦う前に、作戦を決めないと」


「ああ! その通りね! さすがユラちゃんだわ!」


 なんだか、スミカさんは完全に私に頼りきっている気がする。

 ここでは私がユラちゃんのお母さん代わり、というのは誰の言葉だったけ?


 そんなことより、早く作戦を組み立てないと。


 私はテラスに出て、スミカさんと一緒に騎士団とマモノの布陣を確認した。

 大空にそびえる大樹の森と草原の境界線で、川とマモノの軍勢にぐるりと包囲されてしまった騎士団。

 見た感じ、騎士団は突撃に失敗してマモノの軍勢に包囲されちゃったのだろう。

 マモノの軍勢を率いているのは、甲冑を着込んだ巨大なマモノで間違いないかな。


 私に体を密着させ無理やりに双眼鏡をのぞくスミカさんは、両軍の布陣を見て、あることに気がついた。


「マモノの包囲、森の方が薄くなってるわ。あそこから騎士団のみんなを逃がせるんじゃないかしら?」


 すぐに私は首を横に振る。

 私の頭の中には、いつかのストラテジーゲームのトラウマが甦っていた。

 敵に完全包囲され、焦った末、敵の包囲の薄い場所に向かい、そのせいで数時間をかけて育てた兵士が溶けてしまったトラウマ。


「マモノの軍勢と甲冑のマモノは、騎士団を包囲するぐらいには優秀なんだよ。ということは、包囲の薄い場所は罠の可能性が高いと思う。しかも森。絶対に待ち伏せがいる」


「なるほど! ユラちゃん、すごいわ!」


 ゲームの知識と経験を褒められる日が来るなんて、夢心地だ。


「それで、どうやって騎士団を救出するのかしら?」


「う~ん」


 そこが大きな問題。

 こっちの戦力は、ガトリングを備えた自宅が1軒のみ。

 希望があるとすれば、勇者パワーがチートである可能性だけ。


 ということで、私が思いついた作戦は――


「絶対に敵をシールド内に入れない、完璧な防犯に期待するしかないかも」


「つまり、どうするのかしら?」


「あえてマモノの軍勢に突撃! マモノの軍勢を自宅に引き寄せて耐える! その隙に騎士団を逃がす!」


 必殺! 脳筋戦法!

 勢いと希望だけで突撃する、とっても危ない戦い方!

 チート能力がなければ死ぬ!


「分かったわ! それじゃ、勇者の初仕事よ!」


 スミカさんは私の無謀な作戦に乗り気みたいだ。

 ま、どうせ戦闘がはじまれば、私はリビングでゆったりゴロゴロするだけ。

 最悪は逃げてしまえばいい。

 あんまり心配しすぎないようにしよう。


「さあ! 突撃ぃ~!」


「うお~!」


 こうして、動く自宅の初戦闘がはじまるのだった。

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