移動要塞自宅~勇者に選ばれたおウチと旅をすることになりました~
ぷっつぷ
1けんめ 自宅が動いて喋って戦って、魔法使いと出会う話
第1話 自宅が動いて喋りました
自宅が動いてる。
東京郊外に建っていたはずの築18年の一戸建てが、女子高生の私を乗せたまま、異世界をのしのし歩いてる。
私の住む家が、4本の機械の脚を器用に動かし、馬車が走るような道を歩いてる。
そんな動く自宅の中、自室にいた私はカーテンを開いた。
窓の外に広がっていたのは、朝の日差しに照らされた気持ちのいい景色だった。
広大な平野、天まで届きそうな大樹、透き通った空気、そしてほのかに輝く魔法石。
私が生まれ育った
でも自宅は動いているので、そういった景色は全部、右から左へと流れていく。
――訳が分からないよ。
今、私の脳みそでは大勢の天使さんたちがブレイクダンスをしているんじゃないか。そう思ってしまうくらいには、私は混乱していた。
混乱した頭で、列車の車窓みたいになった自宅の窓を眺めていると、私の背後にあったドアが勢いよく開かれる。
「おはよう、ユラちゃん」
いきなり開かれたドアの向こうで、1人の女の人が私に向かってそう言った。
綺麗に揃えられた長い髪と、微笑む垂れ目が特徴の、エプロンをつけた、私よりも少しだけ年上の女の人。
この人は私のお母さんではない。お姉さんでもない。メイドさんでもない。
けれども、彼女は私をよく知っているかのように、優しい瞳で私を見つめている。
「休日はいつも昼間まで寝てるのに、今日は早起きさんね」
そう言って「フフフ」と笑う女の人。
対して私は、しょぼしょぼする目をこすり、あくびをしながら言い放った。
「早起きしたんじゃなくて、一睡もできてないだけなんだけど」
「え!? 一睡も!? 少しも寝てないの!?」
「今そう言った」
「ど、どど、どうしてかしら!?」
目を丸くした女の人は、私の両肩を掴み、早口で言葉を続ける。
「ユラちゃんの自宅である私が女神様から勇者に選ばれて、ユラちゃんと一緒に異世界に転移して、私の思念体がこうして人間の形となってユラちゃんの前に現れたのに、どうして一睡もできなかったの!?」
「自宅が勇者に選ばれて、異世界に転移して、自宅の思念体がこうして人間の形になって私の前に現れたから」
「わ、私のせい……!?」
気づくのが遅すぎるよ。
逆に、この状況でも夜はぐっすりと眠れる方法を教えてほしいぐらいだよ。
あっちもこっちも分からないことばかり。
それでも私は、目の前でがっくりと肩を落とす女の人の正体だけは知っている。
どうやら女の人の正体は、自宅の思念体が人間の形となったものらしい。
つまり、彼女の正体は自宅ということ。
スミカ=ホームと名乗った彼女は、女神に選ばれた勇者なのだとか。
――勇者って人間がなるもんだと思ってた。
まさか自宅が勇者になっちゃうなんて、天界はフリーダムだ。
フリーダムでなんでもありの世界。
私は勇者でもなんでもないし、フリーダムにのんびり引きこもり生活でもしよう。
「ところで、何か用事?」
「あ、ああ、うん。朝ごはんができたから呼びに来たのよ」
「朝ごはん?」
それは、朝に食べるご飯?
ともかく私は、ハネた髪を雑に結び、パジャマのままリビングに向かった。
4本脚で動いている自宅の中とは思えない、いつも通りの廊下を抜け、いつも通りの階段を降り、いつも通りのリビングへ。
窓から陽の光が差し込むリビングは、テーブルの上に並べられた朝ごはんのいい匂いに包まれている。
椅子に座り、とろけたチーズが乗っかるトーストと、それを飾るベーコンポテトを眺め、私は首をかしげた。
「これ、誰が作ったの?」
「もちろん、私よ」
「……家ってご飯が作れるの?」
「ユラちゃんのお母さんの真似をしたら、できちゃった」
「できちゃったんだ」
まあ、自宅が動いている時点で、もうなんでもありなんだ。
そもそも、女神様の不思議パワーで、ガス水道電気電波インターネットすべてが完備。
自宅だって朝ごはんくらい作るよ。
「「いただきます」」
「自宅もご飯、食べるんだね」
「食べなくても生きていけるんだけどね、せっかく人間の姿になったんだから、食べてみたいじゃない」
そういうものなのかな。自宅になったことがないから分からない。
学校が休みとなり、昼間に起きるようになった私にとって、久しぶりの朝ごはん。
とろけたチーズが乗っかるトーストは、私の眠たい脳みそに、美味しいという刺激をこれでもかと与えてきた。
ベーコンポテトのちょうどいい焦げ目は、私の混乱した頭に幸福をもたらしてくれる。
加えてコーヒーを喉に流し込めば、一時的に眠気もバイバイだ。
私の目の前では、スミカさんがトースト片手に満面の笑みを浮かべている。
「あら、美味しい~。自画自賛みたいになっちゃうけど、食べ物ってこんなに美味しいのね」
人間の楽しさを知ったスミカさんは、あっという間に朝ごはんを食べ終えてしまう。
もちろん、私もすぐに朝ごはんを完食した。
「「ごちそうさま」」
「じゃ、私は自室に――」
「待って。せめて、食器を流しに持っていきなさい」
「スミカさんは私のお母さんか」
「ええ、そうよ。ここでは私が、ユラちゃんのお母さんの代わり」
「う~、分かったよ、スミカ
腰に両手を当て、えっへんとでも言いそうなポーズのスミカさんに私は苦笑い。苦笑いのまま、そそくさと食器を片付け、今度こそ自室へと戻る。
自室へ戻れば、まずはヘッドホンをつけ、パソコンの起動だ。
朝ごはんのおかげで少しだけ落ち着いた私は、この訳の分からない状況を忘れるため、とりあえずゲームをすることにした。
「時間は――午前7時46分か。へ~、異世界の時間って東京の時間と同じなんだ。この時間帯でのログインは珍しいからなぁ。何かいいアイテムとか、売ってないかなぁ」
パソコンのモニターに映ったのは、広大なファンタジー世界。ストラテジー要素の高いMMORPGの画面だ。
ゲーム内で商店街を散策する私のキャラは、明るい色の髪をツインテールにした、背がちっちゃくてかわいい魔法使いさん。
レアアイテムを探す彼女の姿は、どこか一生懸命感があってかわいい。
強化されすぎて、魔法を使わず杖だけで中ボスを殴り殺したこともあるけど、かわいい。
プレイヤー名の『主食はカーボン』とかいう文字が頭の上に浮いてるけど、かわいい。
ゲーム内は通常運転だ。
そう、ゲーム内は通常運転。一方の現実は、暴走運転を通り越しスタント運転中。
「ユラちゃん! 緊急事態よ!」
いきなり自室のドアを開け、そう叫んだのはスミカさん。
私はヘッドホンをずらし、尋ねた。
「どうしたの?」
「山を下った先に、マモノたちがたくさん集まっているわ!」
「マモノ……マモノ!?」
それは、ありふれたファンタジー世界を襲う、ありふれた敵。
ありふれているはずなのに、現実でお目にかかることはない存在。
「マモノ、見る!」
完全にヘッドホンを外し、ゲームを放置し、私は再びリビングへ。
そしてスミカさんに案内され、転移前の近所では珍しかったテラスに飛び出した。
「マモノ、どこ!」
「あそこよ!」
「あそこって……小さくて見えない!」
遠くを見るための道具といえば双眼鏡。双眼鏡なら、お父さんの部屋にあるはず。
ということで、出張中のお父さんの部屋から双眼鏡を持ち出した私は、今度こそマモノの姿を脳裏に焼き付ける。
マモノと聞いて思い浮かべるのは、ゴブリンやオーク、ガーゴイルといったところが王道。
そんな王道の存在が、たしかに山の下に集まっていた。
紫のオーラと黒の甲冑に包まれた巨大なマモノを軸に、不気味なお墓のように、数千のマモノたちがずらりと並んでいた。
「おお! マモノだ! 間違いなくマモノだ! けど、あのマモノ……」
思っていたよりもキレイに並んでいる。
まるで軍隊のように、しっかりと、円陣を組むように。
そして、私は気がついた。あのマモノたちは、とある集団を囲んでいる。
少しだけ右に動かした双眼鏡越しに見えたのは、はためく青い旗、立派な馬たち、輝く銀の鎧の群れ。
「騎士団……! 騎士団もいる!」
びっくりするほどの王道ファンタジーな景色。
自宅が勇者に選ばれ、動き、自宅の思念体が人の形をして現れることと比べれば、その景色は常識の範囲内に思えた。
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