(3)
「へえー、キセキの探偵社っておっしゃるんですか?」
私はもらった名刺を見て言った。
「キセキ――奇跡って……ああ、分かりました。お二人の名字から取ったんですね?」
「そうそう! キノとセキ、合わせてキセキ!」
リクト君が嬉しそうに叫んだ。
「よく分かったね。なかなかいい名でしょ?」
「……ええ、そうですね」
と、一応同意したものの、私の口調は曖昧だった。
だってキセキの探偵社って――
ノリで名付けたのだろうけど、失礼ながら名前負けしているというか、素人に毛が生えったぽい程度の探偵が、いったいどんな奇跡を起こせるというのだろう……?
そんな私の心の内も知らず、リクト君は自身ありげに胸を叩く。
「何か依頼があったら、ぜひウチでお願い! なんでもやるから!」
が、すぐにトーンダウンして――
「あっ! でも、就職先を見つけてあげるのはちょい無理だけどさ……」
言ってからしまった、と思ったのかリクト君はモゴモゴしている。
でも、その彼の素直な態度に、私は少なからず好感を抱いた。
「ありがとうございます。でも安心して下さい。いくらなんでもそんなことを依頼しようとは思いませんから。それにこれは私自身の問題ですし」
「ごめん! 無責任なこと言って」
頭をかくリクト君。
その額をキノさんがコツンと叩く。
今もらった二人の名刺には所長がリクト君で所員がキノさんと書いてあったけど、この様子だとどう見ても立場が逆だ。
「ほらリクト! もうこれ以上この方のプライバシーに立ち入るのはやめなさい! ――どうもすみませんね。我々はもう仕事に戻りますから、どうぞ気になさらずそこで昼食をお取り下さい」
「あ……はい」
キノさんにそう言われ、私は再びベンチに座った。するとその途端、お腹かが微かに鳴った。
二人と話したおかげなのだろうか? そういえば多少空腹感が出てきた気がする。
そこで私は中断していたお昼を食べることにし、ローストビーフのサンドイッチのラッピングを取って、直角三角形に切られたパンの角をパクリと齧った。
が、味なんてほとんど何も分からない。
というのも、公園内を歩き回るリクト君とキノさんの方に興味がいってしまい、口をもぐもぐさせながら私の目は二人をずっと追い続けていたからだ。
「リリィー!」
「リリィちゃん出ておいで!」
リクト君とキノさんは誰か? の名前を呼びながら、身を屈め、公衆トイレの陰やツツジの植え込みの中を覗き込んでいる。
さらによく見てみると、リクト君は手に茶色い棒のようなもの――おそらくサラミかカルパスのたぐいをブラブラさせ、一方キノさんは地面には動物用のキャリーケースを置き、大きな虫取り網を両手で構えていた。
その様子から判断して、二人の探偵がこの公園で何をしているかはもう明白だった。
ペット――おそらく猫を探しているのだろう。
だからさっき、リクト君は私なんかのことを思わず「子猫ちゃん」呼ばわりしてしまったのだ。
うーん?
声をかけてみようか?
私は猫が昔から大好きで、実家で何匹も飼っていたから、猫の生態に関して熟知している。
見たところ二人の探偵はどうも猫についての知識は乏しそうだから、何かアドバイスくらいはできるかもしれない。
と、迷っていると――
「うわっ」
リクト君がツツジの茂みの前で突然おかしな叫び声を上げ、体のバランスをグラリと崩した。
なぜならリクト君の目の前へ、可愛いけれどかなり太った茶色のデブ猫が、いきなりパッと飛び出してきたからだ。
「キ、キノさん! 出た出た! 早く網で捕まえて!」
「リクト――」
焦るリクト君に対し、キノさんは大きなため息をついて言った。
「少し落ち着いてください。どこをどう見たらこの猫がリリィに見えるんですかね。毛色以外似ても似つかないでしょう」
「あ、アレ? アハハ……そうだね」
寝ているのを邪魔されたのか、そのデブ猫は、照れ笑いするリクト君をにらみつけ「ニャア~」と不機嫌そうな鳴き声を上げると、どこかへ走り去ってしまった。
「やれやれ、参りましたね」
キノさんがデブ猫を見送りながら言った。
「どうやらこの公園にもいないようですね」
「やっぱさ~、キノさん」
と、リクト君がふてくされたような顔をする。
「俺たちには所詮無理だったんだよ、子猫探しなんて。だってさあ、専門の業者が三日間探しても見つからなかったんでしょ?」
「リクト、今さら弱音を吐いてどうするんですか!」
「いやだってさ、いくら依頼は何でも引き受けますって言ってもさ、探偵が猫探しはないでしょ猫探しは。行方不明の人間を見つけろっていうならともかく……」
「ちょっと待ってください、リクト。我々に仕事を選り好みするような余裕はないことくらいはあなたも分かっているでしょう? それに難しい仕事だからこそ成功報酬も破格なんですよ」
「キノさん、またお金の話? うーん、やだなあ」
「で・す・か・ら! 事務所を維持していくためにはキレイごとだけじゃ済まないんですよ!」
リクト君とキノさんという
それにやっぱり猫のこと関しては黙っていられない。
私はいてもたってもいられなくなり、サンドイッチとおにぎりをそそくさ片付け、ベンチから立ち上がり二人の方へ駆け寄った。
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