(2)
「こら、リクト! いったい何油売ってるんですか! 今は仕事中でしょう!」
と、怒って叱るイケメンB。
歳は私より上で、たぶん30歳前後か。
背がすらりと高く顔は細面で、知的でやや鋭い目にはしゃれたメタルフレームの眼鏡をかけている。
豊かな髪をきっちり整え、ノーネクタイとはいえ上等のスーツを着こなすその姿は、まるでエリート商社マンのようだ。
「いてて! 耳はやめてくれ耳は! 俺はネコじゃねー!」
実力行使するイケメンBに対し必死に叫び抵抗するイケメンA。
「耳をつかむのはウサギでしょう! ネコならこっちだ!」
負けじとイケメンAの首根っこをぐいっと引っ張るイケメンB。
まったくタイプの異なる二人のイケメンは、あっけに取られている私の前で揉みへし合いを始めた。
しかし、イケメンAはすぐに音を上げ――
「だから痛いって、分かった。分かったからキノさん! もう勘弁して!」
と、詫びを入れた。
すると、イケメンBはようやく手を放し、ため息をついて言った。
「リクト、もう何度言ったか分かりませんが、いい加減自分が事務所の経営者であるということを自覚してください。このままだと今月の事務所の固定費が落ちないですよ」
「へいへい分かりましたよ。要は今日中に依頼を解決すりゃいいんでしょ」
コントのような二人のやり取り。
それを眺めながら、私は頭の中でここまで判明した情報をまとめてみた。
仕事をサボっているやや幼い感じのイケメンAの名はリクト君。
真面目でエリートサラリーマン風の大人なイケメンBの名はキノさん。
二人は何かの事務所を経営しているらしく、今日中に仕事を終わらせないと金銭的にまずいことになってしまう――
こんなところだろうか?
「でもさあ」
と、イケメンA=リクトくんは肩をすくめて言った。
「若いお姉さんがこんな公園で一人で寂しそうにご飯食べてんだもん。絶対何かあったんだろうなって思うっしょ。ちょっとほっとけないよ」
「いや、そう決めつけてしまうあまりに短絡的でしょう」
が、イケメンB=キノさんは冷静に反論する。
「年齢と服装から見るにこの方は就職活動中。試験やら面接やらで非常に忙しいはずです。だからその合間をぬって急いでランチを取っているだけ、という見方もできる。いやむしろそっちの方が可能性が高いと思えますがね」
「えー、それはどーかな? 急いでいるのだったらむしろそこら辺のお店に入ってちゃちゃっと済ますでしょ。だってさ、コンビニでサンドイッチ買って、食べる場所探して、ハンカチ広げて――なんてやってたら逆に時間がかかるじゃん」
「ではお金を節約したのでは? 外食するよりも、買って食べた方が安いですからね」
「キノさん、それも違うなあ」
と、リクトくんはすかさず言い返す。
「あのさあ、一応探偵ならよく観察してみなよ。この人が買ったサンドイッチ、コンビニのとはいえローストビーフをはさんだ高いやつだし、そっちのおにぎりもイクラの入った高級バージョンじゃん。税金入れたら二つで七百円近くするよ。あ、それにカフェラテまで買ってるから、合わせて九百円かな」
「……それでもお店で食べるよりは割安でしょう」
キノさんはカチンときたらしく、眉をピクリと動かして言った。
しかし、リクト君はそんなことおかまいなしに畳み掛ける。
「いやいやキノさん、さっき近くの大通り歩いた時、安くてうまそうな食べ物屋いっぱいあるの気づかなかった? ここら辺りはオフィス街でサラリーマンの人が多いから競争が激しいんじゃないの、ランチなんて千円以下でよりどりみどりなんだよ。だからお金の問題じゃないってことは明らかなんだよね」
だいたい合っている。だけど……。
憂鬱な気持ち紛らわすため、せめて自分の好きなもの食べようと思って買ったサンドイッチとおにぎりのことを、まさかこんな風に推理のネタにされるとは思わなかった。
普段は気弱な私も、さすがにそろそろ腹が立ってきた。
「なるほど、それで私がランチを取りながら、何か深く悩んでいると思ったわけですね――」
私はベンチを立ち上がり、二人に向かって言った。
「じゃあついでに、と言ってはなんですけどその悩みの内容は分かります?」
「うーん、そうだなぁ」
リクト君が一瞬考え、答えた。
「恋愛関係ってことも考えられなくはないけど、まあ就職活動が上手くいってないという線が妥当かな?」
「それは私も同意見ですね」
と、キノさんが頷く。
「学生にとって就職が決まらないというのは本当に深刻な事件ですからね。あるいは人生で最初にぶつかる大きな壁、と言っていいかもしれません。かくいう私も身に覚えがありますよ」
「はいはい、キノさん、自分の話はいいから。――で、答えは何? やっぱ就職の件?」
リクト君が無邪気に訊いてきたので、私は二人をにらみ付けて叫んだ。
「それで正解、ご推察の通りです――って見れば分かるでしょう! いい加減にしてください。黙って聞いていればいい気になって。そもそもですね、人が真剣に悩んでいるのに、それを推理ゴッコのダシにしたりして失礼とは思わないんですか?」
「これは――たいへん失礼しました」
私の剣幕に驚いたキノさんが、慌てて身を正し頭を下げた。
「職業柄、つい悪い癖が出てしまいました」
「職業柄、ですか? さっきの話では探偵とかおっしゃってまたっけ?」
「ええ実はそうなんです。と言ってもまだ開業して四か月ほどの新参の事務所なんですけどね。さあ、名刺をどうぞ」
キノさんはそう言って名刺を取り出し、私に差し出した。
そこにはこう書いてあった。
『 小さな奇跡起こします。
キセキの探偵社
所員
「ほい、これが俺の名刺」
と、リクト君も私に名刺をくれる。
『 小さな奇跡起こします。
キセキの探偵社
所長
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