キセキの探偵

波崎コウ

(1)

椎名しいな あおい様 

                  ○×商事人事部

 

 ~~弊社に応募いただいた事に御礼を申し上げますと共に、末筆ながら久世様の今後益々のご活躍をお祈り申し上げます』                  



 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇



 今日もスマホに届いた紋切型お祈りメール。

 本格的に就職活動を始めてから、これでもう何社目になったっけ?


 六月にしては珍しくさわやかに晴れた空の下、私は都会の谷間で偶然見つけた小さな公園のベンチに座り、一人スマホに目を落としていた。

 時刻は正午を少し過ぎたころ。

 天気がこんなに良いのだから、公園にはお弁当を持ったOLやサラリーマンの一人や二人、やって来てもよさそうなもの――

 なのに園内には私以外、誰もいなかった。


 けれど、それもそのはず。

 なにしろこの公園、近くに立つ超高層タワーマンションの影に隠れ陽当たりが悪く、今の季節でも妙に肌寒い。

 おまけに管理が杜撰ずさんなのか雑草は伸び放題の荒れ放題。隅っこに設置された公衆トイレは古くてジメジメしていたりする。


 要するに、お昼の憩いのひと時を過ごすには何とも不向きな場所なのだ。

 だが、こんな暗くて寂しい公園でも、今の自分にとってはむしろ居心地良く感じられた。

 このところずっと鬱気味で、元気な人々の顔を見るのがつらいから――

 ぼっちがいい。ぼっちが楽なんだ。


「……お昼食べなきゃ」


 午前中に受けた入社試験の疲れもあって食欲はまったくないけれど、一応なにかお腹に入れておかないと体がもたない。

 私は気を取り直し、ちょっとくたびれ気味のリクルートスーツのスカートの上にハンカチを敷いて、その上にさっきコンビニで買ったサンドイッチとおにぎりを載せた。

 すると――


 ポツン。

 ポツン。


 サンドイッチのフィルム包装の上に、涙の雫が二粒落ちた。

 

 どうして――

 どうしてこんなにも上手くいかないのだろう?


 本格的に就職活動を始めてからはや四か月、就活生が有利なはずの売り手市場で、私は受ける会社すべてに落ち続けていた。

 エントリーシートではねられ、ペーパーテストで足切りされ、やっと漕ぎつけた集団面接では生来の引っ込み思案な性格が災いしうまく喋れない。

 別に人と張り合っているわけではないけれど、同じ女子大の友人が次々と有名企業から内定通知をもらっていくのを目の当たりにしてしまうと、やっぱり気分は落ち込み、顔から笑みは消えてしまう。

 そしてまた失敗、自信喪失の悪循環。 


 そんなある日、うつむき加減で見知らぬ灰色のオフィス街を歩くうちに、私は気が付いてしまったのだ。

 自分という人間は、世の中にとってさして必要とされていない、何の取り柄もないちっぽけな存在だということを。


 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


 それにしても、いい歳していきなり泣いてしまうなんて……。

 誰かに見られていたらどうしよう。

 私は何だか急に恥ずかしくなって、苦笑いしながら手で涙を拭った。

 と、その時――


「どうしちゃったの? 子猫ちゃん」

 

 突然、誰かが背後から声をかけてきた。


「きゃっ!」


 なかなかのいい声イケボ――だったのだがタイミングがあまりに唐突、しかも薄ら寒いセリフにびっくりして、私は思わず叫んでしまった。


「あ、ゴメン。驚かせちゃった?」


 ギョッとしてベンチに座ったまま後ろを振り向くと、そこには、バツの悪そうな顔をして頭をかく見知らぬ一人の青年が立っていた。

 年齢はたぶん私より少し下――19か20歳くらい? だろうか。 

 服装は紺の半袖パーカーに緑の五分丈パンツというラフな格好。

 髪は微妙に茶髪で、今どき流行りの軽いウェーブのかかったマッシュヘア。

 やや大きめの澄んだ瞳はどこかに少年っぽさを残しており、ほほ笑む口元から白い歯がこぼれて見えた。 


 一口に言えば、かなりのイケメン。

 大学に通うため田舎から出てきてこのかた、男の人とは縁がなく、また興味のなかった(ふりをしていた)私が一瞬ドキリとするくらいの――

 とはいえ、見知らぬ相手にいきなり話しかけられて、警戒するなという方が無理というものだ。


「あの、何か御用ですか?」


 まさかナンパ?

 いやでも、なんでこんなかっこいい人が、どうして色気ゼロのリクルートスーツ姿の私なんかを……。


「そういうわけじゃないけどさ、ちょっと気になってね」

 と、そのイケメンは軽い口調で答えた。

「こんな暗い公園のベンチで一人でさびしそうにしてるんだもん。誰でも心配になるでしょ」


 どうやら泣いていたことには気づかれていないみたい。

 が、何だか弱みを握られたような気分になって、私はおずおずと言った。


「……別に大丈夫でから、どうぞ気にしないでください」


「でもさ、なんかほっとけないじゃん」 


「いえ、本当にかまわないでください。ちょっと嫌なことがあっただけですから」


「だから嫌なことって何さ?」


「ですから、たいしたことじゃないんです!」


「えー、そうには見えないけどなあ。いいから俺に全部話してみなよ、そうすれば楽になるからさ――――って痛てぇえええ!」


 え、何なの?

 なんでイケメンがもう一人!?


 私に声をかけてきたイケメンAが、痛がって悲鳴を上げた理由。 

 それは新たに現れた別のイケメンBが、イケメンAの右の耳をぎゅうっと引っ張ったからなのだった

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