第2話 蛭谷真緒
頭がボーッとする。
歩は頭を抱えながら目を覚ます。
真っ白な世界。
「確か俺はクルマに轢き殺されたんだよな…」
見た感じ異常はなさそうだ。破壊された脊髄や頸椎、内臓破裂の状態は見られない。
転生は成功したのか?
そう思っていたが、自分の真横にいた男から「それはないな」と告げられた。
彼はどこか懐かしい匂いを漂わせる男だった。
身長は170センチくらい、細マッチョ。
直感的に言うと、どこかの勇者がリアルで現れた感じ…そう昔遊んだあのゲームになんとなく似ている。
「お前の体は
彼はフン…と鼻で笑っていた。
「『何だ知らないのか』とでもいいたいようだね」
「仕方あるまい。俺がここにいるということはそういうことなのだろうからな」
「で、ここはどこ?」
「うん?お前の頭の中だ」
「んで、俺の頭の中でアンタが出てくるってことは、俺の頭は遂にダメになったと言うことか?」
「まあ、そこまで自虐しなくてもいいぞ。頭がパーなのは今に始まったわけじゃねえしな」
男は背中をバシバシと叩きながらケタケタ笑う。
「ところで、お前、まだ俺の事気がつかないのか?」
「親父以外で男の人は知らんぞ」
「ああ、カイのことか、カイとキミは元気にしているか?」
「うちの親のこと知っているのか?でも両親とも事故で死んだよ」
「…あれ、そいつは知らなかった…ってことは、最初から情報に齟齬が生じてるということか」
男は何かを理解したのかウンウンとうなずく。
「なんか、アンタは納得したみたいだけど…」
「わからないわけだな…ならいきなり答えを言っても混乱するだけだ。まわりくどくいうぞ」
「どういうこと?」
「お前、自動再生って魔法お前の体に掛かっているって知っていた?」
「何だソレ?」
「だよな。そうなるとこういった方が良いか?『今まで大した怪我しなかった』だろ?」
「それはある…殴られても蹴られても何でもなかった」
「なんだ、お前いじめられているのか?そんな奴、本気出してやっちまえよ」
「もうその話はいい。それで、何がいいたいんだ?」
「おう、そうだった。俺が出てきたってことは命の存続に関わる緊急事態が起きた…その内容で間違いないか?」
「クルマに轢き殺された」
「その…クルマっていうのは知らないが、死んではいないはずだぞ。
「…で、あんたは何なの?」
歩は男に指さし問う。男は、
「あっ、そうだった」
と話の筋を戻すべく事実を伝えた。
「俺はお前だ。」
「はぁ?」
「正確に言うと、お前の前世が俺ということになる」
「お前と俺が同一?おかしいだろ」
「いや、おかしくないだろ。お前だって年上に対して大分ナメた口を叩いているだろ?それってお前のどこかで俺がお前と同等の人物だと理解しているからじゃないのか?普段だったらそんな口の利き方しねえだろ?」
「言われてみると、確かに」
「では、話の続きをするとしよう。本来、前世の記憶は残らずにまっさらな状態で新しい生を受ける。だが、お前の場合はこの世界に転生された者だから、転生以前の能力と力が与えられている。そこに本来ならば、前世の記憶も引き継がれるハズだったのだが、どういわけか引き継がれなかった。だから俺も今のお前の状況を知らないし、お前も俺の事を理解出来なかった」
「それの点は俺は知らない、もっと説明してくれないか?」
「あん?そんな面倒な事しなくても、魂を同化すればいいんじゃねえか?」
彼はそう言うと、額を彼の額に押し当てた。
「男同士で気持ち悪いぞ」
「安心しろ、俺だって気持ち悪い」
そう言うと、男が淡い光を放ちだし霧状に広がる、そして消えていった。
最後の光が蛍のようにフワフワと舞い彼の鼻先に辿りつく
『俺の名前思い出したか…』
歩はコクリとうなずく。
『そうだ…あと何か聞きたい事は…ってもう必要ないな』
光は彼の記憶同化を見届けるとスッと消えていった。
『…頑張れよ、転生勇者…』
彼の微かな声が頭に余韻として残った。
「そう言われてもなぁ。この世界で何をしろっていうんだよ」
・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・
「…むくん!!…歩君!!」
頭が茫然とする。女の子が必死に声を掛けてくるのが聞こえる。
「誰、頭にガンガン響くですけど」
瞼を開けると、歩の眼前に再び蛭谷の顔があった。今度は涙が雨のように顔に降り注ぐ。
頭には柔らかい感触。蛭谷の膝を枕にしていた様だ。
「ここは…一体?」
体を起こすと自分は地べたに横たわり、目の前には前部を大破したクルマが電柱に巻き付いていた。周りは大騒ぎになっている。
「ふむ…誰かが轢かれたの?」
ほどよく記憶がぶっとんでいる。
「いや、轢かれたの君だから!!」
「そうなんだ。その割には損傷具合があまりないみたいだね…」
「いや、さっきまでお腹は裂けて首がねじれていたんだからね」
「あっ、道理で…それで再生で間に合わなくて緊急再生が掛かった訳か」
彼女がえっ?という驚きの表情を見せる。
「緊急だったから服までは再生にまわせなかったか…この格好なら救急車にだって乗せてもらえるだろうし、病院ってやつを見に行くのも悪くないな」
そう言っているそばから救急車が到着。降車した救急隊員はなぜか歩のところに寄らずクルマの運転手のところに向かう。
「あ…こりゃ…レスキューが来ても…警察に引き継ぐか」
これは運転手がすでに事切れたことを意味する。彼らは運転手を諦め、もう一人の当事者を探す。
「轢かれた人はどこ?もしかしてクルマに巻き付かれているのか?」
救急隊は必死で轢かれた負傷者を探している。
「あの…」
蛭谷が手を振って膝枕している歩を指さす。
「えっ、彼?…よく無事で。一見すると服はボロボロだけど、大した怪我なさそう」
「だめだよ見た目だけじゃわからないから。とりあえず病院に連れていくぞ」
そう言うと車載用ストレッチャーを用意し彼を乗せ病院に向かう事になった。
その20分後
病室で歩はアイスを食べていた。
それを不思議そうに見ている蛭谷。
「なんだ、アイスまだ足らないの?」
歩は蛭谷の手にある空のアイスのカップを見ながら彼女をからかう。
「ち、違うわよ」
蛭谷は慌てて空のカップをベッド用の可動テーブルに置くと、
「ただ、なんで私あなたと病室でアイス食べているんだろうって思って…」
と首を傾げている。
「それは俺の台詞。なんで一緒に救急車に乗っちゃったの?」
「いや、だって…あのまま放っておくわけにもいかないじゃない。命の恩人だし…今思えば、なんで一緒に付いて来ちゃったんだろう?」
彼女はその責任感から無意識で乗車してしまった感じだ。
(そういえば、助ける名目で自殺図ったんだもんなぁ…それ言ったらもの凄く怒られそうだ)
もう少し方法を考えるべきだったと、ちょっとだけ反省した。
「別にいいよ。気にすることはない」
「いや、そうもいかないわよ。なんかちゃんと御礼したいわ」
律儀な子である。このまま擦った揉んだしても仕方がない。どう言って流してもらおうかな…そう考えているとある言葉を彼の頭に留まりさっきからチラチラしている。
「いいよ。助けた御礼はすでに済んでいる」
「?」
彼は彼女の胸を指さす。
彼女は何を察したのか咄嗟に胸を両手でガードした。
「さすがにそういうのはどうかと思うけど…」
顔を赤らめ歩から背を向けた。
「あの…もう済みましたから、あの時…ね」
「えっ…私、触らせた記憶ないけど」
「あの時だよ」
歩はそう言うと今度は指を上に突き上げた。
「ぽわんぽわんぽわん…」
歩の頭の中では靄が一面に広がり先ほどの交差点の情景が広がる。
「ちょっと、そこ!なんで回想シーンぽく話を進めるのかな!口で言ってよ!!」
そりゃそうだ。歩の世界ではそう回想シーンに入るけど、訳の分からない彼女からしてみればどこから回想にはいるのかちんぷんかんぷんだ。
「この子、ダメだ…人に合わせること出来ないのね」
歩はチッと舌打ちすると酷い一言を漏らす。
「ちょっと、そこ!何か私酷い言われようなんですけど」
「はいはい、私が人と合わせられないんでした。ごめんなさいね」
歩はコホンと咳払いをした後に、
「助ける際に、突き飛ばしたよね」
「うん」
「俺の手、どこに当たっていた?」
この瞬間に、彼女の回想シーンに移る。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
彼は、小走りに彼女の近くに寄り彼女の両胸を突き飛ばす。
突き飛ばされた彼女としては、一瞬胸を触られ突き飛ばされた訳だから、何が起きたか分からない。
彼女が地面に尻餅ついたところには歩はクルマと衝突していた。その光景を彼女は茫然と目で追う。
<第一話参照>
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「ねっ?」
「あっ、ホントだ。でもあれ揉んだとは言わないわよ。私からしても仕方ないと思う、緊急事態だもの。それで私助かったんだし」
「そう言ってくれると助かる。だから必要ないんだ」
「アレはノーカウントよ。だから御礼しないといけないと思う」
「いや、思ったより義理堅いな。よっぽど頭固いようだな」
「思ったよりって何よ」
「それでは、こうしよう。今日の掌の感触は今晩のおかずにさせてもらうということで」
「ちょ、ちょっと待った!!そういうのなし!!」
慌てる蛭谷。そこで歩は思わずプッーッと吹き出した。
「そういえば、俺しばらく笑った事なかったんだよな~」
「あらそう。確かに笑ったの初めて見たわ。それに君がこんなに毒舌だとは…」
「マジで御礼はいいよ。楽しい話が出来たからね」
「そういうの御礼って言わないわよ」
2人は顔を見合わせフフフと笑った。
その瞬間、ドカドカと病室で走る音が聞こえ、病室のドアを派手にガラガラと音を立てて開ける人がいた。
美礼である。
しかも、美礼には2人の看護師さんが必死に抑え込んでいるがその看護師さんを引きずって部屋に入ってきた。
「ここは病室です!!!」
「静かにして下さい!!」
どう見ても、看護師さんの方が賑やかある。
「歩君、大丈夫?クルマに轢かれてって聞いて、走ってきたんだけど!!」
彼女の体から湯気が立ち上っている。
よっぽど慌ててきたみたいだ。
「あれ、美礼先生。今日は法廷じゃなかった?」
「ああ、大丈夫。罪状認否で速攻で認めさせてきたから」
「えっ…その人って、警察や検事に否認していた…人って話してなかった?」
「いや、アレどう考えても本人がやったから。本人がわがまま言って否認していたやつだから」
美礼はケタケタ笑い、2人の看護師さんを抱えたまま両手を振って否定した。
「それを弁護するのが仕事では…今頃裁判官が泡喰っているのでは…」
「何を言っているの。その混乱した法廷をまとめるのも裁判官の仕事でしょ。そんなことはどうでもいいわ。クルマで轢いた奴誰?もしかしてあなた?」
美礼は般若の顔で蛭谷の事を指さす。蛭谷は必死で顔を左右に振る。
「先生、彼女同級生でたまたま一緒に帰っただけ。俺が轢かれたから心配してくれてここまでついて来てくれただけ」
「あっそう。これは失礼しました。申し遅れましたが、私『わたあめ法律相談事務所』の弁護士をしています田中美礼と申します」
彼女はそう言って名刺を取り出し、何も無かったかのように装った。
沈黙が3秒ほど続いた後、しがみついていた看護師さん2人と蛭谷がここが病院である事をすっかり忘れて「えっ?!」と大声を出していた。
それから10分後
看護師さん達は「騒がないように」と自分の事は棚に上げて退室した。
今、病室にいるのは歩と蛭谷そして美礼だけである。
「…それじゃ、轢いた人は即死だったの?」
「私が見たのは日比谷君を轢いたクルマはそのまま電柱に激突して巻き付いていたところまでです。救急隊の人の話し振りでは…」
「いいわよ、保険会社から金ふんだくるから」
「盗難車だったり、お金ない人だったらどうするの?」
「盗難車だったら関係者いるでしょ?それに事故死した人を調べれば関係者が浮上するし。仮に警察で否認したとしても私が認めさせるから…金がなくともマグロ釣り漁船って結構お金になるって話も聞いているからなんとかなるわよ。問題は事件ではなくただの事故で天涯孤独だった場合くらいかな」
この人、スゲーブラックだ。
蛭谷はドン引きして話を歩の方を見る。
「美礼先生、そこの善良な市民が本気にしてドン引きしていますよ」
「おっと、お遊びが過ぎましたね。気にしないで下さい。半分は冗談ですから」
まだブラックな事を言っている。
「とりあえず歩君はお医者さんの話ではどこも異常ないみたいだけど、2,3日検査入院するみたいだから」
「そうなんだ」
「どうする?美礼お姉さんが看病するか?」
「明日、民事裁判なんでしょ?」
「あはは…よく私のスケジュール知っているわね…」
「また賠償金ふんだくってきたみたいな痛快な話を聞かせて下さい」
「わかったわよ。とりあえず無事でよかったわ。あとで差し入れしてあげるから。何がいい?エロいのはダメだよ」
美礼が冗談をかましてきた。そこで蛭谷はちょっと歩を困らせてやろうと思い、美礼にボソリと尋ねた。
「ところで、アクシデントで女の子の胸を触ってそれを『夜のおかずにする』っていう男子がいるんですけどそれってどう思いますか?」
蛭谷はさりげなく歩を指さす。
「はぁああああ?」
彼女は鬼の様な表情で歩を睨むと彼の胸ぐらを締め上げた。
結局、10分延々と説教され
「い、いや…まったく感触なんて…覚えていません」
と自供させられた。
次の日の朝
病室でいつの間にか蛭谷がちょこんと椅子に座っていた。
「あれ、こんにちは」
「どうも」
「学校の時間…ですよね?」
「具合悪いので病院行くから休みますって話したから。だから気にしないで」
「いや、気にするでしょ?今日は何の用なの?」
「だからついでに見舞いに来たの」
「それりゃ、見舞いありがとうございます」
「…で、何の病気したのって聞いたら怒るから」
歩はふと時計を見る。まだ9時過ぎだ。診療はちょっと前に開始したあたり。
「詮索も禁止だから」
ああ、なるほどね。そういう体にして見舞いに来たのか。
「はいはい。そういう事ならついでに見舞いしてくれてありがとう」
「むっ…ちょっとその良い方はないんじゃないの?」
ぷいっとむくれる蛭谷。
また美礼同様、面倒な人だ。
「それで、早速なんだけど要件あるよね。俺の間抜けな顔を見て和もうって腹ではなさそうだし」
「あっ、そうだった」
手鼓をポンと叩く。
本件を忘れるということは意外とこいう馬鹿話をするのも悪くないと見える。
「要件言うわね…あなた、私の下僕にならない?」
(はぁ?何言っているんだこの女?)
決め台詞としてはいかにも残念である。
「何かのアニメか漫画、小説でも見て影響されたのか?」
歩がボソリと痛いところを突く。
「ちょ…違うから真面目に話聞いて!」
蛭谷は立ち上がり顔を真っ赤にしながら話を続ける。
「あなた、他世界から来た転生者よね?だって
確かに昨日それを知った。
…ということは彼女も転生者だろうか?
まぁ、いずれにしても『下僕にならない』っていうのは如何なものだろうか?
「下僕とはずいぶん酷いいわれようですね。それだったらあなたと一緒にいれば生活は保障してくれるのですか?」
「えっ…いや…」
「毎月いくらもらえるんです?100万、それとも1000万?」
「そんなには…」
「福利厚生はどうなんです?保養施設とか、年休はいくらくれるんです?週休2日ですよね」
「…えっ…ええっと…」
責め続ける様に矢継ぎ早に質問を続けたところ、彼女は若干涙目になってきた。
「……お約束できません」
早くもギブアップ宣言をするハメになった。
「んじゃあ、下僕っていうのは取り消してくれるかな」
「はい…調子乗って済みませんでした…」
「それで、言い直ししたらどうなるの?」
「あっ、一応話聞いてくれるの?…コホン、それではお言葉に甘えて言い直します」
彼女はどや顔でビシッと歩みを指差しポーズを決めた。
「あなた、このクソみたいな世界を何とかしたいと思わない?私の同志になって世界を変えてくれる?」
「………結局、中二病みたいな要望は変わらないのね」
歩が淡々と見たまま感想を述べると、彼女は段々恥ずかしくなってきたのか顔を真っ赤にしてと両手を振って顔を背けた。
「そんな目で私を見ないでぇ!」
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