勇者 転生した世界がクソだったので覇道を目指してみた

田布施 月雄

第1話 くたばれ、この世界!

 学校で大人しい子ってどこにでもいる。

 男子高校生1年である日比谷ひびやあゆむもそうだ。

 何かしたい訳でもなく、何かを目指している訳でもなく、ただそこにいるだけの存在。 勉強していても、最後はいつも「なんで俺、こんなことしているのだろう」という言葉だけが頭を巡る。

 遊ぶ友達もいない。部活もやっていない。

 とりあえず学校に行って帰っている。

 とにかくあと3年過ぎればここでの生活は終わる。

 最後には『とりあえず』という言葉でやり過ごす。

 話す相手もいない。両親は歩が10歳の時に事故で死んだ。

 残されたのは家と両親の残した遺産が少々。

 遺産に関しては両親共通の友人である女性弁護士が管理してくれている。

 その先生の話ではその遺産は一生暮らして遊んでいける程はないそうだが、歩が社会人になることまでなら何とかなるとのこと。

 先生も忙しい人なので、直接会うのは月に1回か要件があるとき。彼女も心配はしているようで「うちで一緒に暮らさない?」と誘いを受けたが、歩は今の家を守ることで親孝行をしたいと言う理由でに断った。

 その家は父がローンで購入したものであるが、両親が亡くなったことで彼が相続人になった。事故の関係支払いは免除され特に借金があるわけではない。その辺の手続きは先生が取り計らってくれた。

 遺産である家は3人では丁度いい大きさであるが、一人では無駄に広い。

 帰ってきても、歩を迎えてくれる人はいない。

 その次に彼が大切にしているものといえば両親がいた頃に買ってもらったゲーム機とそのロールプレイングゲームソフトが1個だ。

 昔はよく遊んだ。

 ゲームの中ではいつでも勇者である。

 周りにはいつも楽しい仲間がいた。

 その世界には自分の向上心好奇心をかき立てる何かがあった。

 自分の行く手を遮る魔王もいた。

 何もかもが自分を中心の天動説のような世界。

 彼を輝かせる世界がそこにはあった。


 …だが、現実は常に厳しい。


 実は彼の両親は兄妹であり、兄妹婚による子供である。

 当然、戸籍には両親は夫妻とは記されておらず母の子として、父は同居人としての世帯構成となっていた。

 その父と母が死ぬと、今まで壁になっていた存在がなくなり、やがて子供の彼にまで好奇な目を向けられるようになった。

 それでもその視線から逃げるようにそのゲームをやりこんだが、そのゲーム機も遂に壊れてしまい、今では彼の部屋に飾られる存在に変わっていた。

 弁護士の先生から新しいゲーム機と新しいソフトを買うこと進められたが、一からまた経験値を上げていくのも億劫なので保留している。


 自分が、現実世界では何もすることもなく、何をしても喜ぶことが出来ず、家に帰っても特にやりたい事もなくただ無駄に時間を過ごしていた。


 歩が何気なくテレビをつけると、そこには刑事事件の裁判のニュースが放送されていた。

 高校生が同級生を刺した事件。

 犯人の少年は少年院の保護処分を受けた旨の内容である。

 歩はふと弁護士の先生が言った言葉を思い出す。

 「犯人だって事件をやったからには理由がある。それを汲んであげないと」

 現実はロールプレイングゲームとは異なる。

 ゲームではあくまでも勇者側の視点で話が進まれていく。

 その敵がどういう過程で勇者の敵に回ったのか。少なくとも歩が持っていたロールプレイングゲームでは表現されていなかった。

 「俺が倒した魔王はどうしてこんな事をしたんだろう」

 そう考えても、お話の世界で語られる機会がない限りわかるはずがない。

 通常はそれはそれで終わりである。

 どうしてもというのなら、作った本人に尋ねるか、推察で話を作るしかない。

 そんな事を考えていたら、テレビの放送がニュースからバラエティ番組にかわった。時刻は午後7時、定時連絡の時間だ。

 「もうそろそろかな」

 テレビを消すとすぐに歩の携帯電話が鳴った。

 画面を確認すると『田中美礼たなかみれい』と表示されている。

 田中美礼は彼の面倒を見ている弁護士の先生だ。

 「大丈夫?変わりないかしら」

 これが彼の唯一、との会話である。

 「特に変わりありません」

 「今度、一緒にご飯食べに行きましょうよ」

 とても面倒見の良い人だ。

 ただこの人、ちょっとした一言で、すぐスイッチが入ってしまう。

 「いいですけど。でも先生、俺みたいな子供相手にしていたら…」

 一見すると悪意のない何気ない言葉でもすぐに反応してしまうのだ。

 「…何、私が30過ぎているから婚期逃がすって言いたいの?」

 勝手にスイッチが入りちょっと語気がきつくなる。

 「いやいやいや。いい彼氏見つけないと…」

 「…何、高齢出産で子供が出来なくなるって余計なこと言いたいわけ?」

 さらに語気が強くなった。

 この人、勝手に怒るので面倒な人である。

 この前、弁護する刑事事件の被告人が、その裁判の時に自分に対して供述したものが全くのデタラメであると本人の口から明らかにされてしまい大激怒。よくも恥を掻かせてくれたなと言わんばかりに求刑の時の弁護人意見として検事以上に厳しい罰を求めたそうで、現場が混沌としたそうだ。

 個人的にはその弁護人をなだめる裁判官や検事が被告人を弁護するという法廷を実際この目で見てみたい。

 …いやいやいや、ここは個人対個人の何気ない話である。言われのないことでご機嫌を損ねてはいけない。必死になだめる。 

 「そうじゃなくて、俺の様な高校生がこんな綺麗なお姉さんと歩いていたら変な噂たっちゃうでしょ?」

 綺麗なお姉さんと言う言葉でいくらか機嫌を良くしたようで、饒舌に話し始めた。

 「うん、良い答え。そうよね、私、クールビューティ美礼先生ですもの。街行く人が振り返っちゃうもんね。でもさすがに未成年を連れて歩いていたら『あの人、未成年つれて何しているの』って噂されちゃうわよね。未成年に手を出すと犯罪になっちゃうし…」

 話が続く。

 「それに高校生を連れて歩くと『お母さん』か『叔母さん』くらいだもんね…っておばさん…オバ…?!」

 饒舌話がぴったりと止まった。

 自分で触れては行けない言葉を触れてしまい語気が震える。

 「俺、そんなこと一言も思っていませんから!!むしろクールビューティ美礼先生は憧れるお姉さん!!」

 「お、お姉さん…ちょっとうれしくなってきたわ。まあ、気分が良いわ。戯れはその辺にして…もし、キミがよかったらうちで生活してもいいのよ」

 「ありがとうございます。また構ってください」

 一緒に暮らして地雷でも踏んだらエラいことになる。ここはいつもの理由で逃げることにする。それになぜか向こうも執拗にその話を繰り返す事はない。

 ただ、この先生はよく人の名前を間違えるようで

 「はいはい。またねサウ…じゃなかった歩君」

と今回も間違えそうになった。

 この先生、よく歩の名前を『サウなんとか』と間違える。

 彼女曰く、似ているから間違えるそうだ。

 あまり間違えるので、この前ネットで調べてみたら『媚びぬ!引かぬ!!…イチゴ味!!!』の人が出てきた。どう見てもあんな格好いいおじさんではない。

 「あれ、また先生俺の名前間違えている」

 「だって、あんたの性格そっくりじゃん」

 いつもそう言って誤魔化す。

 定時連絡はそこで終了となった。

 「さて、コンビニでも行って何か買ってご飯でも済まそうか。ついでに明日の朝と昼ご飯でも買っておくか」

 歩は特に食事にこだわりがなく、そういう物で過ごすのが常だった。

 後は風呂入って寝るだけ。

 そして、寝て起きたらまた同じ一日が始まる…


 次の日


 学校では嫌なイベントが待っている。

 それは放課後のことであった。

 「よう、日比谷。今日もさえない顔しているじゃないか…」

 クラスメイトの剣持けんもちつかさである。

 髪の毛長めの体型スマートなイケメン男。

 クラスで会うなり、馴れ馴れしく方を掴む。

 「今日も、付き合ってくれねえか…」

 ふふふと笑う。

 横にいた女子がケタケタ笑いながら、

 「それじゃ、そいつに告っているのと同じじゃん!」

 茶髪ギャルの黒井真華くろいまかである。

 「イヤイヤイヤ。付き合うのは俺だよな?」

 体がごつく大柄な男、力石りきいしかなめ

 「いやぁ~男の子って愛情が歪んでるわね。二人も告られて…で、どっち選ぶの」

 涼しそうな表情で明らかに見下す一見淑女の白石法子しらいしのりこである。

 どう見てもボーイズラブではなさそうだ。

 誰が自分らの相手をしてくれるかという内容で違いなさそうだ。

 では何に付き合えば良いのか?

 答えはこれであった。


 「俺、大会近いんでよぉ。剣道の相手して欲しいんだわ、なあ頼むよ」

 「イヤイヤ、俺だって空手の練習試合を付き合ってくれないと困るんだわ」


 そう、簡単に言うとイジメである。

 実際、こいつらは大会出ても入賞を取れる程の実力者である。

 ソレなのになぜ部活の相手を彼がしなければならないのか?

 要は他の部員を怪我させたら試合が出来ないという理由である。

 だったら、他の奴でいいんじゃねぇ?

 アイツならどうせ親もいないし苦情はないだろう。

 そういう点が見え隠れする。


 「いや、お前ならよ。本気で殴っても、なぜか怪我しないんだよなぁ。だったら大丈夫だよな」

 「何言ってる、力石、お前のはタダの暴力じゃないか。俺はちゃんと防具を着けさせるぞ」

 「何言っていやがる。避ける事も出来ない相手にタコ殴りして何が防具だ。要はお前が気持ち良く叩けるってだけじゃないか」


 酷い話である。

 こういうヤツらを見ていると犯行の裏には事情があるって言うのは被害者の気持ちをどれだけ汲んだ結果言えるのだろうかと疑問に思ってしまう。

 そして…

 「んじゃ、どっちか今決めたらいいんじゃねぇ?」

 黒井が煽る。

 「んじゃ、今決めさせてやるから…俺か力石かどっちだ選べや!」

 剣持が歩の胸ぐらを掴み、睨みを利かす。

 「もしこいつを選んだら、どうなるか分かっているだろうな」

 力石が歩の髪の毛を掴む。

 「いや~モテモテだね…ここじゃまずいからちょっと場所移そうよ」

 白石が外へ連れ出そうと提案する。

 地獄である。

 歩はこういう毎日をこなして、生きているのだ。

 歩は表情一つ変えず俯いたまま、彼らに言われるがまま体育館裏について行った。

 

 …それから20分後。


 清々とした表情で出てくる4人。

 「あースッキリしたぜ。また頼むよなぁ」

 「全くだ」

 「でも、こいつボコボコにしても泣かないのよね。こんど物でも隠してやれば」

 「素っ裸にしてつりさげてやれば良いと思うよ」

 「はっ、何言っているんだよ。ソレやるの俺らじゃん。お前らタダ見て楽しんでいるだけじゃん」

 「あぁ、女子は怖いねぇ」

 ケタケタと4人は自分の教室に戻っていく。

 

 こういう人間はいつか報いを受けて欲しいものである。


 さて、歩はどうなっているだろうか?

 その様子を見ていていた3人の女子生徒がいた。

 まずは一人目は生徒会長の天野乙女あまのおとめ、そしてその脇を歩いていた二人目の会計の財前ざいぜんはるか

 彼女らは丁度、最近体育館裏の花壇が荒らされている話を聞きつけここに来た。

 天野は金髪ロングヘアーで着こなしも良く、一見するとどこかのお嬢様に見えなくもない。一方、財前はスレンダーで黒髪ショートボブで眼鏡をつけている。一見して才女である。

 「あれ、スポーツ推薦の剣持司と力石要じゃないですか?」

 財前が天野に声を掛ける。

 「何をしていたのかしら」

 天野は歩いて来た方向をチラリと覗き見る。

 花壇の上に人が仰向きで倒れている。歩である。しかも花壇は踏み潰されぐちゃぐちゃに荒らされている。

 「あっ、きっとイジメだわ。ちょっと見てきます」

 財前は歩方面に走って行こうとしたところ、右手を掴まれた。

 彼女は「えっ?」と驚いた様子で後ろを振り返ると、止めていたのは天野であった。

 「…あれは1年の日比谷歩で間違えないわね…犯人いましたね」

 「いや、犯人違うでしょ!花壇の靴の跡とか見れば彼一人が暴れて倒れているっておかしいでしょ」

 「何を言っているの?剣持と力石は今度大会がありますよね…」

 「えっ、では見なかった事にしろと?」

 「ご不満ですか?あなたがそう言うなら、えぇ私も見ていますよ。だからこのまんまということなのでしょう」

 「はぁ?彼が花壇を荒らしたと?!」

 財前が段々いらだち始める。

 生徒会長が悪を見逃していいのか!!そう言いたいようだ。

 だが、こんなクソみたいな学校の生徒会長を1年やれば、ここがどういうところだか分かってくる。

 「まだ納得いっていないようですね。ではこれを教師にどう説明しますか?きっと彼を庇う教師は誰もいないのでは?」

 つまり、臭い物には蓋をしろというのがこの学校の暗黙のルールである。それにスポーツ選手が暴力事件、ましてはイジメをしていたとなれば、こんな私立の高校なんて一発で理事長及び校長の首が飛ぶ。

 ましてはこの生徒は庇う両親もいないし、近親相姦の子供なんて誰が見ても良いように思わないだろう。

 「だから彼を守りたいなら黙りなさいと言っているのです。どうせ私らの言い分は教師共に踏みにじられ終わりですよ。いいですか、私らは何も見ていません」

 要は今の体制である以上、今回自分らが彼を見捨てる事で、ここにはなにもなかったことになる。裏を返せば真犯人を擁護しているのであれば花壇荒らしの件に触れることはしない。仮に歩に容疑をかけようとしてもかえって不自然になり、疑問を残す形となる。だから彼に容疑が掛かることはない。

 それに他の人が見ていたとしても、この状況をみれば一発で分かる。

 下手な事を言うと『巻きこまれてしまうのではないか』と。結局は天野と同じ答えを出すしかない。

 「ひどい守り方ですね…」

 財前は何かスッキリ行かない世界にため息をつくと、天野に引っ張られその場から離れた。


 さて、もう一人その様子を見ていた女生徒がいる。

 

 蛭谷ひるたに真緒まおである。

 彼女はここの花壇の手入れをしている美化委員である。

 彼女は怖くて腰を抜かしていた。

 実は、歩が一方的に殴られ蹴られてる暴行の一部始終を目撃してた。

 歩はずっと顔をガードして守りに徹していた。

 だが、さすがに2人相手では分が悪い。

 ボロ雑巾のように花壇の倒されぐったりとしている。

 あれだけ袋叩きにされたのだから、さぞや大けがしているのではないか?

 下手したら死んでしまうのではないか?

 暴力も怖かったが、何よりも彼が死んでしまうんではないかという事の方が怖かった。

 怖くて、怖くて、足が震えて立っているので精一杯である。

 それでも、勇気を振り絞り…

 「あ、あのう…」

と声を発した。その声も弱々しく、ハッキリ聞き取れない。

 彼女はその場にしゃがみ込み、這うように彼の近くに近づく。

 「だ、だいじょう…ぶですか?」

 彼はピクリとも動かない。

 頬をペシペシと軽く叩いてみる。

 「うぅ…」

 何とか生きている様だ。呼吸もある。

 ただ、不思議に思ったのはあれだけ殴る蹴るの暴行を受けたのにもかかわらず、殴打痕である青アザや出血、擦り傷が全くない。ましては衣服も破れていないし土で汚れてもいない。

 「いや…また派手にやられた…痛みだけはまだある…か」

 彼はけだるそうに目を開けると、女の子が涙を流して震えているのが先ず見えた。

 ゆっくり体を起こしてみる。

 花壇の上に倒れていた。花壇はぐちゃぐちゃである。

 「あぁ…あいつらのせいで花壇滅茶苦茶…」

 そこでハッと気がつく。

 もしやこの子、花壇の手入れをしている子ではないのか?

 「あっ、ゴメン。もしかして君の花壇だった?」

 蛭谷はなぜか彼からそう話しかけられるまで、花壇の件は忘れていた。

 もっとも、『あれだけボコボコにされて全く無傷とはどんな人間なの?』とびっくりする方が頭の中を占めていたからだろう。

 「そうだけど…あなたこそ…大丈夫?」

 「うーーん、見た目は大丈夫かな。それよりも花壇直すよ」

 歩はゆっくり立ち上がると、不思議なことに背中やお尻に着いていた土がサーッと消えていった。その様子を呆然と見入る蛭谷。

 「その素材、すごいね。あんまり汚れないね」

 「でもたまにクリーニングは出しているよ」

 歩は何事も無かったかの様に踏み荒らされた花壇を手入れしていく。

 「あっ、大丈夫。あとで何とかするわ。それよりあなたは」

 「1年A組、日比谷歩。弁償の件でしょ?できれば俺は被害者なんで…」

 「わかっているわよ。私は同じく1年C組蛭谷真緒よろしく」

 蛭谷は歩に手を差し出す。すると歩はこう告げた。

 「俺に構わない方がいいですよ。俺の噂聞いているでしょ?両親が実の兄妹だってこと、おれはその子供なんですから」

 「へえ。それは興味深いけど…だからどうした?いいじゃないの禁断の恋で生まれた子供。このクソみたいな世界に反逆して頑張って生きているって感じ」

 「俺が言うのもおかしいが、君は本当に変な人だな…」

 そう言うと彼女が差し出した手を握り、

 「俺の所為で変なの絡まれても知りませんよ」

と彼なりの挨拶をする。

 

 さて、挨拶をすませたからにはとりあえず散らかった花壇の手入れを二人で済ます。

 最初は彼女が一人で片付けるといっていたが、二人で済ませた方が早いということで歩が勝手に手伝った。

 初めてにしては彼女の指示どおり手際よく動き、あっというまに花壇は復元できた。

 問題は植えていた花である。

 「ボロボロになっちゃったね…」

 「大丈夫よ。花はまた植えればいいし」

 「治るかな?」

 「君みたいには無理かもしれないけどね。さあ帰りましょう」

 

 彼女と二人で下校する。


 よく考えてみれば、今までこんなことはなかった事だ。

 花壇の手入れなんてこともしたことがない。

 弁護士の先生や学校の先生以外で女の人と話したこともほとんどなかった。

 変な気持ちである。

 いや、好きとかそういうのではなく、自分が他人と接している事が今までなかったから、こういう気持ちが違和感があった。

 これもこれで非常に新鮮でいいものだ。

 だが、非常に困った事がある。

 剣持らの存在だ。

 もし、彼らにこのことを見られたとしては、今度は彼女まで被害が及ぶのではないか?

 そう考えると、あまり彼女に接触しない方が良いのかもしれない。

 今回は、散らかした花壇の復元だけで、これ以上の接触は避けよう…彼はそう思っていた。

 「…って聞いてます?」

 そんな事を考えていたら、彼女が話しかけていた言葉を聞きそびれた。

 「はい?」

 「ほら聞いていない」

 「ゴメン。ちょっと考え事をしていた」

 「じゃあ、もう一回いいますね。あなたはこの世界はどう思います?」

 (なんの話をしているのだ?)

 彼は疑問に思いながら速攻で答えた。

 「クソみたいな世界」

 「うわっ、そこまで悪く思っていたのね…って私が言っている意味本当にわかります?」

 そんなことはわからない。

 「ゴメン、君がこの世界を好きならきっと君にとって良い世界なのでしょう。でも今の俺にしてみたら、不条理の固まりだ。こんな世界を愛せよということ自体、俺には無理」

 こう答えればとりあえず、無難に済むだろう。

 どうせ、花壇の件が終わればこの人との関係も終わるのだから。

 だが、予想外に彼女もこう返してきた。

 「そう…来たか。実に興味深いわ。要は君はこの世界に未練がないと」

 「ないね」

 

 「速攻で答えるのね。だったら…あなたは私の同志なのかもしれない…」

 

 彼女はクスリと笑い、足早に彼の前に進み、小道が交わる交差点で立ち止まった。

 「私、あなたともう少しお話したいんだけど…良いかしら」

 行く手を塞がれる形で立ち止まる歩。

 「今日は疲れた。また今度でいいか?」

 「うーん、それは残念…」

 だが、その瞬間…

 小道から、一台のスポーツカーが速度を上げて交差点に進入してきた。

 蛭谷は全く気がついていない。

 このままで行くと、蛭谷が引かれてしまう。

 歩はその状態を冷静にて見ている自分に気づいた。

 どうせ、このクソつまらない世界にいても、何の喜びを感じることなく終わるのだろう。

 それならば、いっそのこと、彼女を助ける振りして俺が自殺すればいいのかもしれない。

 そうすれば彼女も剣持らから俺の巻き添えをくらうこともないだろう。

 そうだ、そうしよう。


 『さようなら、このクソみたいな世界。滅んでしまえ!』


 彼は、小走りに彼女の近くに寄り彼女の両胸を突き飛ばす。

 突き飛ばされた彼女としては、一瞬胸を触られ突き飛ばされた訳だから、何が起きたか分からない。

 彼女が地面に尻餅ついたところには歩はクルマと衝突していた。その光景を彼女は茫然と目で追う。

 彼はニッコリ微笑みクルマに轢き潰されて行った。


 「いやああああああああ!!!」


 彼女の悲鳴が当たりに響く。

 その声を茫然と歩は路面に転がり聞いていた。


 (脊髄損傷…内蔵破裂…頸椎複雑骨折…今度こそ死んだな…体が寒い…ってことは出血しているのか…さすがに俺の丈夫な体でも…へへへっ、暗くなってきたぜ…あとで親父とお袋に説教…だ…)

 

 そこで彼の意識が失った。

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