第13話 至福の時
フィドキアを廻り、ラソンとインスティントが恋の三角関係となる頃、上位龍種が地上世界に降りた眷族の子孫と龍人との繁殖を命令した。
実際は漆黒の髪を持つ女性が”とある可能性”を思い付いての事だ。
そう単に思い付きだったのだ。
顔を見ればお互いに険悪な雰囲気になる2体だが、元凶であるフィドキアは素っ気なく気にする素振りも見せない。
そうなるとモヤモヤした苛立ちの捌け口が必要なのだ。
だからと言って第1ビダである母親に言えるはずも無い。
必然的に弟達に矛先が向くのだった。
始めの頃は親身になって聞いていたカマラダとバレンティアだが、事有る毎に愚痴を聞く機会が多くなり。良かれと思って意見しようものなら逆ギレされる始末だ。
以前お節介が仇となり、些細な事でインスの嫉妬心が燃え盛り火災が起こる手前の事態までの騒ぎになった事があった。
事態を深刻に思ったバレンティアは、インスの担当をカマラダに選任するようにお願いしたのだ。
何故なら、もしもの場合消火するのは属性的にカマラダが適任だと思ったからだ。
バレンティアの勝手な要望だが、カマラダは快く引き受けてくれた。
何故ならカマラダもラソンの担当をバレンティアに変わって欲しいと思っていたのだ。
(あのネチネチとした愚痴を聞かなくて済むならお安い御用だ)
終わりの無い小言を聞く身が辛くてたまらなかったカマラダだ。
当分の間、兄弟2人は姉達の鬱憤を聞くと言う不毛な世界を出入りする事になるのだった。
ただし、兄弟2体には副作用として恋愛相談の経験値が高くなると言う望まない結果となる。
そしてラソンが事前に聞いていた事がそれぞれの眷族から正式に言い渡されるのだった。
「我らが神々から使命が言い渡された。それぞれの龍人が地上世界に降りた眷族の子孫と繁殖を行なう事」
眷族の使徒と第1ビダから直接聞かされる龍人達は答えた。
黒髪の龍人は「はっ畏まりました」と一言だけ。
金髪の龍人は「・・・はい」とかぼそい声で。
赤髪の龍人は「えぇぇ龍人どうしはダメですかぁ?」と提案したがあっさりと却下された。
碧髪の龍人は「人選は我が決めて良いのでしょうか?」返事は好きにしろとの事だった。
緑髪の龍人は「それはいつ頃から始めますか? また何人程作れば良いですか?」繁殖の時機はもう暫らくしてから。交配する人数は任せるとの事だった。
この”繁殖の時機はもう暫らくしてから”はある眷族が裏で動いていた。
愛おしい娘が、毎夜泣いて嘆願する姿に自分を重ね、眷族の長たる神にお願いしたのだ。
ある時、眷族の神である聖白龍アルブマ・クリスタに会う為に、使徒のベルス・プリムが娘のオルキスと龍人のラソンを引き連れて嘆願したのだ。
「我らが眷族の神よ。どうか我が子ラソンの願いをお聞きください」
聖白龍アルブマ・クリスタの前にひれ伏す第1ビダのオルキスと龍人のラソンだ。
「聖白龍様・・・」
嘆願しようとした時横槍を入れる者がいた。
「ラソン。何も語らなくとも貴女の気持ちは知っています」
その優しさに包まれた美声はラソンの心を洗うかのように聞こえていた。
「「聖白龍様・・・」」
何も言わずとも知っていると答えたので驚いた親子だ。
(これは我らが眷族に限っての事かしら。どうしてもお姉様の眷族を愛してしまうのよねぇ。だからと言って拒絶してはラソンだけ可哀想だし。どうしましょう。とりあえずお姉様に念話して見ようかな)
オルキスとラソンを眺めながら考え込んでいたアルブマだ。
(・・・と言う事なのお姉様)
(ふふふ。貴女の眷族ならば当然と言えば当然の行動ね)
(もう、お姉様ったらぁ)
(良いわ、私からフィドキアに伝えましょう)
(ありがとうございますお姉様)
(ただし、これより200年の間だけですよ。その後、地上の末裔と繁殖をする事が絶対条件よ)
(解かったわ、お姉さま約束させます)
長い沈黙に隣で控えていた使徒のベルス・プリムが思案中の神に問いかけだ。
「お母様。ラソンの件は如何様に・・・」
「・・・大丈夫よ」
そう言って微笑み返したアルブマだ。
「ラソン、貴女の胸の内は良く解っています。よってこれより200年の間、フィドキアとの繁殖を許可します」
「・・・」
一瞬我が耳を疑うラソン。
同時に心臓が激しくなるのが解かった。
「聖白龍様・・・」
つぶやくラソンの眼からは大粒の涙が溢れていた。
オルキスが嬉しそうにラソンの肩を抱き寄せた。
「ただしラソン。その期間が終われば末裔との繁殖が貴女の勤めだと理解しなさい。今後は貴女の気持ちよりも命令が絶対です。いつ如何なる場合でもですよ」
「はい、聖白龍様」
個龍の無理な要望を叶える為の代償は、いつの日か受け入れられない命令でも承諾する事になるのだが、今のラソンには夢にも思わなかった。
目先の欲望を成し遂げる為、未来の自分に代償を償わせる事にしたラソン。
許されたのは200年の間に交配せよとの厳命だ。
だが地上世界の生命にとっては長い年月だが、ラソンに取っては”たった200年”なのだ。
しかし、神から許しを得たラソンの心境は浮かれていた。
※Dieznueveochosietecincocuatrotresdosunocero
同じ頃。
暗黒龍テネブリス・アダマスの元に呼ばれた龍人のフィドキアだ。
「・・・そう言う訳で、ラソンと繁殖しなさい」
「はっ畏まりました」
テネブリスから揺れ動く女心の説明はしない。
単に龍人の繁殖結果を調べたいと短い命令だ。
しかしフィドキアは一切質問も無く、疑問も無く、間髪入れずに返答をした。
龍人の中で誰よりも長く生きているフィドキアは神であるテネブリスの厳命は絶対なのだ。
だがしかし、どうしても理解出来ない場合は自らの創造主であるロサに相談する事がある。
「父上、先程我らが神からラソンとの交配を命ぜられました」
「そうか。それはラソンが喜んでいるだろうなぁ」
ラソンが喜ぶ理由が解らなかったフィドキアだが、そんな事よりも龍人どうしが交配するにあたり、どうして自分とラソンなのかが理解出来なかったのだ。
何故なら男型の龍人は3体も居るのからだ。
「それは可能性だろう。我が創生したお前と、我が繁殖した子同士の繁殖なのだから我らの神が興味を持たれるのも当然だろうからな」
「はっ、畏まりました」
自らの疑問よりも神の考えを優先するフィドキアだった。
ラソンに与えられた時は200年。
その間にフィドキア交配せよとの厳命だ。
神に認めてもらった嬉しさと、愛しい者との交配する喜びに、期限に焦る思いが複雑に絡み合うラソンの心境だ。
だがいざ行動に出ようとすると気持ちが高ぶり緊張してしまうのだ。
それゆえ、なかなかフィドキアに近づけない我が子を見て苛立つオルキスが後押しする。
「早く行ってきなさい!」
「で、でもぅ・・・」
「フィドキアには伝わっているはずよ」
「だ、だってぇ・・・」
ここまでお膳立てしたのに、いざとなって動かないラソンにオルキスが裏から手を回したのだった。
龍達の生活空間にも
当初は眷族だけだったのだが、それぞれの役回りがあるので専任の僕を置く事になったのだ。
僕にとって神々の身の回りのお手伝いを行なう”お世話係り”に選ばれる事が、どんな仕事よりも誇らしく一番人気の職種だ。
翌日。
ラソンのもとに訪問する者が居た。
「ラソン様。フィドキア様が御見えになりました」
「ええぇっ!!」
「御通ししても宜しいでしょうか?」
突然の来訪に仰天するラソン。
気持ちの整理を行う余裕も無く焦って頷き返事をするのだった。
「い、いらっしゃい。私の部屋に来るなんて珍しいわねぇ」
「ふむ。話しは聞いている。交配するぞ」
思いっきりの良い飾り気の無い言葉だが、白い肌が真っ赤になって恥ずかしがるラソンだ。
「なっ、何をいきなり言い出すのぉ!!」
「お前が我が神から許された時は200年だ。父上から聞く限りでは交配の期間としては短いはずだ。おしゃべりをしている間に時が経ってしまうぞ」
フィドキアの父は創造主たるロサだ。
そのロサが交配して同族と成した時間は500年ほどだと聞いているので、200年はかなり短い期間なのだ。
「で、でもぉ・・・わたし、初めてだしぃぃ」
「ふむ。我も初めての交配だ」
誕生してから長い年月の間、フィドキアは交配していない。
ロサの交配さえ神々の指示があったと認識しているので、神の意向を忖度していたフィドキアだ。
だがその事を聞いたラソンは違った。
(えっ、始めて? 私とぉ? ウソォ本当にぃ・・・)
赤かった顔が更に赤くなり、動悸の激しさが増す感じがしたラソンだ。
「では始めるぞ。ここで良いのだな?」
「ちょっ、ちょっと待ってよぉぉぉ」
全力で抵抗するラソン。
「準備するから待ってて。お願い!」
「ふむ。では準備しろ」
僕と一緒に寝床の整理と身支度をしていた所に、フィドキアが部屋に入って来た。
「支度している間に父上から聞いた事を教えよう」
ラソンが”準備出来るまで待ってて”と言う前に制された。
「我はこの200年の間、お前と夜を共にするだろう。交配が成功するか失敗するかは解らないが、その時が来るまでの間不便だろうが頼む」
「はいっ」
無表情で淡々と話すフィドキアら対して、嬉しそうに返事をするラソンだった。
※Dieznueveochosietecincocuatrotresdosunocero
翌日。
いつもと変わらない朝。
朝日を浴びる街ちなみの静粛さに身を曝け出していると、斜め後ろから寄り添う者が居た。
その者の肩に頭を傾けて手を取り合う。
ラソンにとって至福の時だった。
これから200年も毎日この朝を迎える事が出来る喜び。
このあと200年後には別々の朝を迎える事になるまでは、2人だけの朝を共有する喜び。
限られた時の全てを至福の時間とすべく、不快な記憶を残さない様に僕に厳命するラソンだ。
ラソンの変化は誰が見ても解かるほどの表情だった。
心が満たされているのか、その口元には常に微笑みが見て取れる。
誰に対しても優しく接する姿は僕達の人気を博した。
勿論、インスティントに対しても同様だ。
恋の競争相手を置き去りにして、心身ともに満たされているのだから。
更に、その事はインスティントには知らされていない。
成龍となって間もないインスティントにとっては交配する事も許可されないからだ。
「あらインス。今日もフィドキアと稽古?」
「ええ。昨日も今日も明日もずうっとよ」
ニコヤカに微笑むラソン。
以前ならば眉間にシワを寄せる場面だが、そのような悪態は必要無いのだ。
「そう、頑張ってね。貴女も早く立派な龍人になれると良いわね」
「えっ!? ええ・・・」
嫌味に対しての返事が思っても居なかった事に驚くが、前向きなインスティントは鵜呑みしてしまう。
(早くみんなに認めてもらってフィドキアと・・・フフフッ)
インスティントの自己中心的な考えの元、稽古場へと向かい走り去る後姿を見て口先が更に歪むラソンだった。
Epílogo
まずは先手を打つ事に成功したラソン。
果たして思惑通りとなるのか。
倫理観は種族や時代性によって変化するモノです。
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