はあく
時間が来るまで喫茶店にいることにした橙子はその間に、スマホでこの周辺地域について調べていた。
すると、いくつかの不審者情報と共に、動物の死骸投棄が目立ってみつかる。
これはこのはな保育園のことだろう。
さかのぼれるのは3ヶ月ほどだろうか。ついでに保育園についても検索してみると、教育熱心な文言の踊るホームページが見つかった。
「ふうん。夜間保育でもしっかりとした早期教育を行います、か。熱心なのねえ。そう言うところがお母さんに受けてるのかな。いやでも姉さんわりとそこら辺のんびりしてる気がしたけど」
橙子は首をかしげながら、時間が来たために喫茶店を出て公園に向かう。
午前中の住宅街というのは、意外と人通りがないものだ。会社に勤めているときにはそのようなこと知らなかったが。スマホで公園の位置を調べつつ歩いていると、きゃらきゃらと甲高い子供の声が響いてきてほっとする。場所は間違っていなかったようだ。
そんなとき、ふ、と人影を見つけた。リュックサックを背負い、目深に帽子をかぶった男だ。じっと、公園の方を見つめている。
その熱心さが橙子には少々奇異に感じられて、思わず立ち止まる。男の脇を通らないと公園へはたどり着けないのだが。
しかし男ははじかれるように顔を上げて橙子を認めるなり、足早に去って行ってしまった。
「もしかして、不審者……」
先ほどまで閲覧していた不審者情報が脳裏をよぎり若干の不安を覚えたが、ともかく橙子が公園にはいると、子供達が歓声を上げながら遊んでいた。
子供達がかぶっている帽子は、はるみがかぶっていたのとおなじものだ。散歩で近所の公園まで来ているらしい。園庭が少々手狭なため、出てくるのかも知れない。
先ほど顔を合わせた保育士数人が、園児達と遊びながら目を配っていた。
その中に、久次と静真も混じっている。
久次は橙子に気づくなり、子供達に二言三言話しかけると抜け出してきた。
「よう、深田さん。さっきはすまん。どうしても抜けらんなくて」
開口一番久次に謝罪された橙子は、乾いた笑いを漏らすしかない。
「静真君もうちょっと空気を読むことを覚えてもらいたいわ……で。なんで君たちがいるの」
橙子が単刀直入に尋ねると、久次が神妙な顔になった。
「いやむしろ俺には深田さんがいることの方が不思議なんだが」
「私は不登園寸前の姪っ子の送り迎えを頼まれたら、幼稚園でやたら物騒なことが起きてると聞いているなかで君たちに出会ってめちゃくちゃ青ざめてるところ」
「あ、うん。それは悪いと言うか何というか。けど正直俺も地獄に仏な気分だ」
頭を搔く久次に橙子は警戒をにじませた。
身を引いたのが分かったのだろう久次が慌てて言いつのる。
「いやそんな警戒されるようなことじゃないから! 園児に直接話が聞けそうでほっとしてるんだよ」
「君たちまた事情聴取に手こずってるの」
「その通りなんだよなあ。今回は特に静真がああだから……」
久次が情けない顔で見る先には、子供達の監視をしている静真がいる。だいぶ遠いにも関わらず、静真の表情が見たことがないほどこわばっていることが分かった。
理由はひっきりなしに園児達に話しかけられるせいだ。
「おにいちゃん、おはなやさんね! きれいきれいしてください」
「おい、勝手においていくな」
「なにやってんだよ。しずまにいちゃんはたたかいごっこするんだよ!」
「わたしたちとおみせやさんごっこするの!」
「俺は遊ばん。話を聞け」
エプロンを握られ、園児達に挟まれて取り合いをされる静真に常の勢いはなく、ただひたすら固まっている。
「あいつ子供苦手なのに、ああやって群がられてんだよ。どうして良いか分かんねえから固まるばっかりで話なんか聞けやしねえ」
「久次くんは、助けてあげないの」
「うらやましいからちょっとは困れば良い」
ふてくされた様子で言う久次に、橙子はちょっと笑ってしまう。出会い頭の様子から見るに久次も対等な遊び相手として慕われてると思うが、それでは不満なのだろう。
それにしても静真の様子は子供が苦手というより、怖がっているようにも思えるのだが。
「で、今回の君たちの調査は何なの。保護者側には霊障の可能性があるから、保育園主体でお祓いをしてもらう。みたいな風に説明されてるけど。守秘義務でいえないことは言わなくて良いわ」
久次の言葉から推測する、とまでは言わずに橙子が聞けば、久次はほっとした顔をした。
「今回の俺たちの仕事は、あの保育園で起きている怪現象の原因調査と特定だ」
「あれ、解決じゃないの?」
前回の会社で、久次と静真は実働班だと話していたことを覚えていた橙子が疑問に思うと、久次は若干疲れた表情で言った。
「今回も解決までが含まれてるけど、事前調査がされてない案件なんだ。人手不足でさ。『甘えんな』ってかり出された。子供警戒されない比較的マシな人材が俺たちだったってのもある」
「……お疲れさま」
目つきの悪い久次と、愛想がマイナスを振り切っている静真でもマシと言われてしまうとは。
KTKサービスの社員はどんな強面揃いなのか、と橙子はそこはかとなく気になったが、話を先に進めることにした。
「それで。調査が難航しているってこと?」
「その通り。……とはいえ、目星はついているんだ。『きらきらさん』だと思っている」
「きらきらさんって、はるみの友達の?」
子供の友達をなぜそこまで深刻そうに話すのか。橙子がやはりいまいち飲み込めずに首をかしげると、久次の顔色が険しく変わった。
「そんなあだ名がつけられてる園児は一人もいない。先生もだ。にもかかわらず、園児達は『きらきらさん』という存在を当たり前のように話しているんだ」
橙子は今朝、自分の姪のひたむきなまなざしを思い出して、す、と背筋が冷えた。存在しない友達に、会いに行こうとしていたとでも言うのか。
「始まりは、小動物の惨殺死体が園庭で見つかるようになった事だ。いたずらかと園児達が来る前に片付けていたらしいんだが、片付ける前に園児に見つかったことがあった。だが園児達は怖がるでもなくじっと見た後『きらきらさんだ』とささやきあっていたらしい」
「当然、先生達はそれが誰か聞くわよね」
「ああ、聞いたらしいだが」
久次はそっと両手で両目をふさいだ。
「こう、目をふさいで『知らない』と言うばかりだったらしい。その日から、園児達が何もない空を指さしてきらきらさんだとにこにこ笑いながら見つめていたり、小動の惨殺死体が見つかるたびにきらきらさんがやった、と言うようになったんだと。もちろん、保護者達ではきらきらさんが何か調べようとしたらしいが、ゲームやアニメで流行っているキャラクターでもなかった。ある日、突然園児達全員が話すようになったとしか思えないんだ」
惨殺死体を見下ろしながら口々にささやく園児達を想像して、その不気味さに橙子は顔をこわばらせた。大人達が誰も知らない、子供達だけが知っている存在。
「それでも、君たちよりは、警察の出番だと思うん、だけど。……いや君たちの仕事を否定するつもりはないんだけど」
「べつに俺もそう思うから気にすんな。だが」
橙子が素直に漏らすと、久次は特に気にした風もなく言ったが、堅い口調で告げる。
「保育士に、きらきらさんについて質問された子供が一人、自分で目をつぶそうとした」
ひゅ、と橙子が息を詰めると、久次は苦々しげに言った。
「途中で大人が割って入って、失明だけはさけられたんだが。止めた大人によると、子供とは思えない力だったらしい」
「その子は……」
「転園してる。ただ、事件がある前にきらきらさんの絵を残したらしい」
久次はスマホを操作すると、ある画像で止めて差し出してきた。のぞき込んだ橙子はぞ、となる。
いかにも子供が書いた絵ではあったが、赤いクレヨンで動物のような輪郭が描かれ、その頭部らしき場所には二つの黒い目のような物が描かれている。
白い画用紙一面に、大きく書かれたそれは子供らしいと言えば、らしい。
しかし、ぐりぐりと偏執的に塗りつぶされた黒い二つの丸が、こちらを見つめ返しているようにすら思え、不気味さを醸し出していた。
ごくりと、つばを飲み込んだ橙子は、だから保育士達が子供達に対してぎこちないのかと、橙子は公園で子供の相手をする保育士達のどこかこわばった表情に納得する。
一見したところ普通だが、どこか腰が引けているというか、怯えているような雰囲気があるのだ。実際に傷つけられかけた保育士がいて、子供達が得体の知れない存在について絵を描くほど話している。これはお祓いを頼みたくなるのも分かる気がした。
久次は、難しい顔で悩み込む風だ。
「たぶん、ヒサルキ系の怪異だとおもうん、だがなあ。あの保育園内に漂う穢れの気配から何かがいるとは思うんだが、夜にカメラをセットしても全く映らねえのにいつの間にか動物の死体はあるし、静真も子供に憑いているような、居ないようなって感じで煮え切らねえし、5日もたつのになかなかしっぽがつかめねえ」
久次の言葉がずいぶん行き詰まっているように思えた橙子は、先を促した。
「ヒサルキってなに?」
「インターネットで体験談として語られている怪異の一種。起きている事は今回の事件に酷似しているんだ。ヒサルキ、キヒサル、イサルキとも呼ばれているが、おおむね、侵入の形跡がないにもかかわらず、小動物の惨殺死体があること。いつの間にか子供が怪異の名前を知っているが共通している」
「そこまで分かってるなら、退治の方法も分かるの?」
橙子がそう問いかけると、久次は気まずそうに目をそらした。
「ヒサルキには撃退法は伝わってない。が、怪異はその中心となっている事象やものをつぶせば消滅させられる。だが、その中心点がみつかってねえんだ。静真もああやって子供のそばに居てもぼんやりと穢れが漂っていることしか分からなくて、その都度対処するしかねえんだ。だから、少しでも子供から情報が欲しいところだったんだよ」
眉を寄せて思い詰めた様子の久次に、橙子はなるほどと思ったが少し引っかかりを覚える。
それを追求する前に、遠くからかけてくる少女がいた。
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