閑話・エレストル一話


  私はエレストル、魔王と呼ばれる時もあるけれど一柱の存在に仕える者よ。そのお方をより深く愛そうと女性体を象る事が多いわ。

 今はオーリス様と名乗っておられるけれど、そのお方の指示でロムダレン国という小国の王女護衛を賜っているわ。

 この王女はオーリス様の羽達から生まれた者だから、謂わばオーリス様の御息女。その護衛を任された私は、そうままはは! これは遠回しなプロポーズなの! なんて奥ゆかしいのでしょう。もちろんお受け致します、いえ受け攻めで言えば、私は攻め。お覚悟なさいませ、オーリス様!


 王女の私室でお茶を頂きながら新婚初夜を計画していると、私の可愛い子供が話しかけてきたわ。よしよし、継母に甘えて良いのよ。


「エレストル魔王様、この度はわたくしの護衛をしていただき身に余る光栄です」


「まぁまぁ、そんな他人行儀な呼び方ではなく、ママと呼びなさいな」


「え? ママ……?」


 首をかしげ怪訝そうに私の目を見ているわ。うふふ、オーリス様の御息女だと思うとどんな仕草も可愛く思えるから不思議ね。


「そうよ。大事な未来がかかっているのよ? さぁ呼びなさいな」


「え……マ、マ」


 恥ずかしそうに俯き小さな声で遠慮がちに言って、手をぎゅっと握りしめてるわね、可愛い! 抱きしめてあげるわ、ぎゅっと!


「ミーちゃん、よしよし、よしよし」


 抱きかかえて頭を撫で撫で。髪も肌もすべすべだわ、この子。さすがはオーリス様の御息女。


「ミーちゃん……?」

 

「まだ私とオーリス様の事は内緒らしいから、公の場ではちゃんと王女殿下と呼ぶわね」


「内緒……? あの、どのようなご関係なのでしょうか?」


 まぁ! そんな! 残念ながら肉体関係はまだないのよ、精神的な繋がりと言うか、お互い無くてはならない物。そう、植物には太陽と水、服を作るには針と糸、納豆には納豆菌、オーリス様には私! ああ、私は納豆菌! オーリス様とねばねばよ!


「うふふ」


 妄想していると思わず笑い声が出てミーちゃんと目が合い、私を訝しんでいるようね。


「エレストル……ママはオーリス様がす、好きなのでしょうか?」


 あら? あらあら、ミーちゃん。その表情は貴方もオーリス様を愛しているのね。でもそれはファーザーコンプレックス。男女の恋愛感情ではないのよ、うふふ。


「愛しています。ミーちゃんも愛しているのね」


「なっ! 違います! そのような事はありません!」


 あら、私が言った途端に顔が真っ赤になったわね。いいのよ、ミーちゃん。ファザコンも立派な愛、一緒に堕落しましょうね。

 さてミーちゃんは良しとして、羽達ともお話をしなければね。


「ミーちゃん。羽達を呼んで下さいな」


「え? あ、ああ! フレイザー侯爵ですね」


 一拍おいて気がついたわね。そうそう、フレイザーと名乗っていたわね。


「フレイザー侯爵と侯爵夫人を召喚しなさい」


 控えていた侍女にミーちゃんが指示を出し、すぐに呼びに出て行ったわ。



 昼食を終えお茶を楽しんでいると羽達がやって来たわ。


「ミージン王女殿下。お呼びにより参上致しました」


 狐耳と蜂の触覚をつけた羽達二人が跪き挨拶、蜂ってどうなの? まぁ魔蟲もいるのだしいいのかしら。


「呼んだのは私よ。さて、侍女と騎士達は出てくださいな」


 騎士達は職務柄なかなか出て行かなかったけれど、ミーちゃんの言葉に心配そうに出て行ったわ。


 羽達にソファーに座るよう勧め、私がお茶を淹れてあげたわ。継母ですからね。


「オーリス様の羽達よ。ノバル公国へ向かい、同盟の提案をなさい。翌日には締結されそのまま調印式になるでしょう。いい? サインは公王とその娘と宰相の三人から貰うのよ? こちらもヴォルブとミーちゃんのサインをしてから行きなさいな」


「はっ! 畏まりました」


 羽達は疑問にも思わず即答ね。上位の方達の事は視えないけれど、私より下位の者達の事は過去、未来を見通す事が出来る魔王なのよ、うふふ。オーリス様には現実は視えていないのだな、と言われるけれど。


「私とミーちゃんはノバル王国との国境地帯へ向かうわよ」


 王国に聖皇国からの援軍で天使達が出しゃばって来るし、私が行かないと抑えきれないわね。ミーちゃんを見ると口元を歪めニヤニヤと王女らしからぬ顔をしているわね。オーリス様とは違い表情豊かね。


「ノバル王国の王都へ一人派遣しなさい。ロムダレン国民と商人の帰国誘導をさせなさいな。オーリス様に一度絡んだ……弱そうな者。名前は知らないわ」


「おそらくミッツルフ男爵だと思われます。すぐに手配致します」


「私への指示は御座いますか?」


 羽の女の方が遠慮深げに顔を上げ聞いてきたわ。そうね、あなたには特別な指示があるのよ。


「公国へフレイザーに同行し、同盟締結後に公王を殺しなさい。自然死がいいわね」


「畏まりました」


 この女も疑問を持たず即答ね、さすがはオーリス様の羽達。公王は同盟を覆す可能性があるからね。

 暗殺指示にミーちゃんはびっくりしてるわね。それとも女が即答して受けた事にかしら?


「さぁ動いて。ミーちゃん、私達も行きますよ」


 羽達はご武運をお祈りしていますと下がっていったわ。お祈りはちゃんとオーリス様にしたでしょうね? 他の神に祈ったら殺すわよ。


 さて、ミーちゃんを戦場へ連れ出す事をヴォルブに言っておかないとね。二人連れ立ってヴォルブの執務室へ行き、入室許可を得て入るとヴォルブの他に品の良い女性が居たわ。オーリス様の信徒みたいだけど、ヴォルブの奥さんかしら。


「エレストル様、何かありましたか?」


 ヴォルブが畏まって話してくるけれど、普段口調でいいのよ? 似合わないわよ。品の良い女性はヴォルブの口調にびっくりしているわ。

 

「普段の口調でいいわ、似合わないわよ?」


 やっぱそうか、と頭をかきながら言って隣の女性を紹介してくれたわ。


「俺の嫁、ミーナだ。よろしくな!」


「エレストル。オーリス様に仕える者よ」


「ミーナで御座います。エレストル様、なんとお美しいのでしょう。さすがはオーリス様の御傍にあられる方ですね」


 うふふ、わかってるわね、この女。それが世辞であろうといくつになっても嬉しい物よね。


「ミージン王女殿下と共に戦争しに行ってくるわ」


「は? 今、なんと……?」


 二人ともびっくりしてるけれど、すぐにミーナが聞いてきたわね。


「戦争よ、戦争。人間殺し、そうね天使も消滅させるわね」


 ミーナには言って欲しくなかったようで、ミーちゃんはどう取り繕おうかと苦慮しているわね。


「ミージンをそんな危険なところへ行かせるわけにはいきません」


「許可を貰いに来たわけじゃないのよ? 通達よ」


「いけません! ミージンは戦争など出来ません!」


 出来るわよ。面倒くさくなってきたわね、殺そうかしら。いえ、オーリス様の庇護下だから駄目ね。


「エレストル様、なぜミージンを戦場へ連れていくんだ?」


 見かねたヴォルブが解決策を見いだそうと話しかけてきたわね。


「国境には聖皇国の援軍が来るわ、強力な、ね。私が対処しないと駄目そうだわ。でも私はオーリス様より王女殿下の護衛を任命されているから、王女殿下から離れるわけにはいかない、そういう事よ」


「エ、エレストル様はお強いのでいらっしゃるのですか? オーリス様の天使様とか?」


「強いわよ。天使とは違うけど似たような者ね」


 ミーナが不安そうに聞いてくるけれど、大丈夫よ。オーリス様にはとても敵わないけれどね。


「で、では他にも護衛を付けましょう」


「いらないわ、というか邪魔よ。巻き込んで殺してしまうわ」


 私とミーナのやりとりを聞いていたミーちゃんが恐る恐る言葉を発したわ。


「母上、王家の者が戦場に行く事が大事なのです。士気向上につながりますわ。兄上の弔いでもあります」


 まぁ、そうね。言っている事は正しいわね。兄への情は希薄ながらもありそうだし。


「よし、ミージンよ。国境へ慰安訪問を命ずる」


 落とし所はここだと見極めたヴォルブがミーちゃんに言い渡したわ。昔から人間って面倒くさいわね。冥友なら「行くわ」「おう!」という事になるでしょうからね。


「拝命致しました」


 ミーちゃんが答えるけど、ミーナはまだ納得いかない表情ね。


 面倒事はもうこれ以上勘弁、さっさと行きましょ。

 執務室を出て、ミーちゃんを着替えさせると脇に抱え、飛んで国境方面に向かったわ。着替えと言っても鎧下だけよ。鎧は後で用意するわ。



 国境手前で地に降り立ち、冥友を喚び出してミーちゃんの鎧になって貰うわ。人間が言うリビングアーマーという輩ね。


「ウィガール、来なさい」


 喚び出すと地面から湧き出るように全身甲冑の異形が出てきて跪いたわ。ミーちゃんは驚いているけれど、冥府で会ったでしょ?

 持ち主が死んでその魂が取り憑きリビングアーマーになったのよね。よほど強い恨みか後悔があったのかしら? 今ではオーリス様を崇める冥友の一体よ。


「ミーちゃんの鎧になりなさいな。ミーちゃんを傷つけたら消滅させるわ」


 ウィガールは無言で頷き、ミーちゃんに纏わり付いてその体型に合わせて鎧になり変化させていったわ。胸は大きめね。漆黒の鎧に赤い模様が走るように輝いて、フルへルムには鶏冠とさかのような赤い羽根飾りがあり目立ってるわね。


「ママ、こ、これは……」


「意志のある鎧よ。かっこいいわね、何処から見ても立派な悪役ね」


「あ、悪役……」


 何かしら? ショックを受けているようだけれど、悪役って私達にとって褒め言葉よ?


「さて、そんな悪役令嬢に武器も必要ね、ミーちゃんはどんな武器を使えるのかしら?」


「ショートソードを使っておりますわ」


「じゃあ、グラムでいいかしら。グラム、来なさいな」


 私の手に魔剣グラムが喚び出されミーちゃんに渡すと、禍々しい黒い刀剣はミーちゃんを気に入ったようで、体型に合わせて少し小さくなったわ。


「剣も鎧も軽いですわ。何も着ていないようですわ」


「使用者の負担になったら意味がないわ。さぁ、それで天使を消滅させられるでしょうね」


 その言葉を聞きニヤァっと良い笑顔を見せてくれるミーちゃん。さて、行くわよ!



 国境に着くとロムダレン国の先遣隊が整列してノバル王国の方を窺っているわね。一人の兵士がミーちゃんに気付き、隊長らしき者が歩み寄ってきたわ。


「ミージン王女殿下! このような場所にお越しになるとは!」


 跪き、名前と指揮官であると名乗ったわ。


「士気向上の為、ロムダレン国の為、兄上の弔いの為、わたくしも前線に出ますわ!」


「いけません! 王女殿下に何かあられては国の跡継ぎが……!」


 はぁ、またこのやりとり? 面倒くさいから洗脳しちゃおうっと。兵士全員に、えいっと。


 途端、指揮官が奮え立ち兵士全員に声を上げたわ。


「ロムダレン国を愛する者達よ! 今! ここに! ミージン王女殿下が共に戦われるとおっしゃった!」


 そう言うと兵士が拳を振り上げ雄叫びを上げ始めたわ。けれど指揮官がそれを手振りで沈め話を続けるわ。


「貴様らはアホウか! 我らが不甲斐ないから王女殿下自ら出向かれたのだ! 貴様らはそのままでいいのか! その姿を堂々とお見せできるのか! 否! 我らは精鋭隊である! 我らの死に行く様を! 王女殿下に看取って貰える幸せを噛み締めろ! 貴様らの死に場所は、今日! ここだ!」


「うう……うおおおおおおおおおっ!」


 指揮官の鼓舞に兵士が応え士気は上々ね。


「ミージン王女!」

「王女殿下!」

「ミージン王女!」

「殿下!」


 ミーちゃんが兵士の間を歩いて行くと、皆が声を掛けてきてそれに頷きながら小さく手を振って応えているわね。

 そうして歩いて行き最前列。あら、王国むこうも兵士達が整列しているわね。未だ遠いけれどね。

 ミーちゃんをチラリと見ると、王国側を睨み付けながらグラムの柄を何度も握り直しているわ。少し震えてもいるようだけれど、武者震いかしら?


「さぁ、行くわよ」


 ミーちゃんに声を掛け兵士達を置いて走り出すと、ミーちゃんは感情を抑えきれなくなったようで、口を大きく広げ笑いながらついてきているわ。ウィガールのサポートで尋常では無い速さで走れるのよ。


「フフフ……フハハハハハ! 怨敵よ、見よ! 聞け! おののけ! わたくしに敵対した事を悔やみながら死んで行け!」


 敵兵が何事かと戸惑う中、顔が判別出来るほどに近づいたミーちゃんがグラムを横に振り抜くと、黒い斬撃が敵兵三十人ほどを真っ二つに切り裂きながら後方へと飛んで行ったわ。やはりグラムを使いこなすだけの力量はあったわね。さすがオーリス様の御息女!

 久し振りの戦闘にウィガールとグラムは喜んでいるわ。ミーちゃんが走り出してすぐにロムダレンの兵士達も走ってきているけれど、まだ追いつけていないわね。


 ミーちゃんに迫る者達を排除しながら進んで行くと……居たわね、天使達。あらあら、貴方が来たの? 三大天使の一体、座天使ラファエル。これは人間だけだったら虐殺されていたわね。ホント虐殺好きの天使サマよね。神と魔王、どちらがより多く虐殺しているか信徒が知ったらどうするのでしょうね?



 さぁ、殺してあげるわ。

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