第46話 それ、神の飲み物ネクタルではありませんよね?


「もういいよ、目を開けて」

「私、飛んでるわ!」

「アーイ、キャーン、フラーイ!」


 出航して一日、また馬鹿な事をやっている三眷属を無視して、釣りをしているアポロンに話しかけます。アルテミスは獅子ヌルと女子会とやらをしているそうです。


『アポロンよ、天界の方が安全では無いのか?』


「んー? 親父が言うには天界まで攻め込んで来るだろうって言ってたぞ。完全消滅させる為にな。んで、オーリスの傍が全宇宙で一番安全って言ってたけど?」


『まさか貴様、実体か?』


「そうだよ、人間を模しているけど。姉ちゃんもな」


 どこでこんなに信頼されているのでしょうか。私が今ふたりを消滅させれば何千年も存在してきた者が永遠に消え去ります。


「真名を取られた時点で俺らが未だ消滅してないからじゃないか?」


 私の考えを読んだようにアポロンが答えます。そのアポロンが手の平を上に向け私に何かくれというように腕を伸ばしてきました。


「ちょっと髪の毛を二、三本くれ」


 何をするかわかりませんが、髪の毛を引きちぎり渡すと釣り針に括り付け海へ放りました。

 するとすぐに何かが食いついたようです。


「やっぱりオーリスの関係者か! こりゃでけぇ!」


 興奮したアポロンが糸を巻き上げると、海面が盛り上がりその勢いに船が大きく揺れます。軍船の半分の大きさはあろうかと思える何かが上がってきました。そして針には白龍ハクリが食いついていました。


『貴様、何をしている』


 私をじっと見て頬を染めるとそっと視線をはずし言います。


「妾は困ってる時に助力せよと申しつかりましたゆえ、何か困った事が起きないかなぁとついてきていました!」


 今、まさに困った事が起きましたよ。


『もう妾キャラは要らぬ。失せよ』


「朕はハクリ。苦しゅうないぞよ」


『珍キャラも要らぬ』


 チンが違う気がするー! と抗議しながら白龍の体が小さくなっていき人間の姿を取り甲板に立ちました。

 その者は白髪で腰まである長いストレート、愛嬌のある可愛い小顔で眼は大きく薄いグレーの瞳をしており、身長は小さく私の肩ほどです。服は袖なしの青いワンピースに白い龍の模様が描かれ、サンダル履きに麦わら帽子をかぶっていました。歳は十歳くらいに見えます。


「お! 可愛いじゃねぇか。胸は小さいけどよ。オーリス紹介してくれよ!」


 アポロンよ、女性型なら何でもいいのですか? 龍ですよ、この子。


「この失礼なチャラい小僧は誰ですか?」


『アポロン。これでも神だ。貴様の乳を狙っておる、気を付けよ』


 ハクリはヒィッと言いつつ自分の胸を隠してアポロンを睨んでいます。神という事に驚いたのか、乳を狙う変態に驚いたのかどちらでしょうか、後者でしょうね。


「龍の子ですね」

「まだ若い龍ねー」

「よちよーち、いい子でちゅねー」


 龍に気付いた三眷属が寄ってきて茶化しますが、本人は不本意だとばかりに睨み返しています。


「妾はこの海の龍達を統べる白龍であるぞ! 控えい!」


「妾キャラはもういいです」

「まだ百歳くらいよねー? 普段の言葉でいいのよー」

「飴ちゃんあげよ、ほら」


 キッと再び睨みながら飴を手に取り口に入れ、私の服を掴み目を潤ませます。

 そこへアルテミスと獅子ヌルも何事かとやって来ました。


「む、可愛いおながおるのう。どうしたコレ、どこで拾ったのじゃ」


「オーリスっ。この子、ハクリ?」


「ハクリはハクリなのだ! 拾われておらんのだ!」


「おうおう、愛い奴じゃ。こっち来い、蜂蜜酒を出してやろうぞ」


 ハクリはトコトコとアルテミスへ寄っていき、出された蜂蜜酒をコクコクと飲み始めました。それ、神の飲み物ネクタルではありませんよね?


「ハクリ。こちらには苺がありますよ」

「ほらほらー、バナナもあるわよー」

「食いしん坊キャラかよ!」


 ハクリは小走りに皆がそれぞれ現出した食べ物を食べ回って、餌付けされているようです。皆が出した物を食べ終えると私をじっと見て、何かくれないのかなぁというような顔をしています。

 私が皿に載ったケーキを現出させると、ぱぁっと顔が輝き笑顔満開になります。そのケーキを消すと途端シュンとし泣き顔になりました。面白いのでそれを繰り返していると、アルテミスからケーキを取り上げられてしまいました。


「貴様は何をしておるのだ。阿呆が」


 アルテミスがハクリにケーキを渡します。ハクリはじっと私を見て許可を待っているようです。頷き、食べて良いですよと合図をすると勢いよく食べ始めました。待て、をされた子犬のようです。


『ハクリよ。食べ終わったら帰れ』


 私がそう言うとハクリの食べるスピードがものすごくゆっくりになりました。スローモーション映像を見ているようです。


「貴様、可哀想じゃろう、こんな小さい子を一人で帰すなど!」


 アルテミスが抗議してきますが何を言っているのでしょうかね。この子は海の龍ですよ。海の中には同族がいるのですよ? その同族達を統べる者ですよ?


「お姉ちゃんありがとう。ハクリは言われた通り帰るのだ。ここにいると邪魔なのだ」


 一瞬ハクリの眼が味方を見つけたと光り、アルテミスに向かってしょんぼりしながら告げます。アルテミスは、お姉ちゃんだと! と胸を押さえながら悶えています。


「あざといです」

「世渡り上手だわー」

「その洞察力、見習うべき点があるよ!」


「オーリスっ」


 獅子ヌル、君もやられたのですか。こちらを見ながら飼ってもいいでしょ? 見たいな目をしています。


『他者を許可なく殺すな。襲われた時とアポロンが変な目で見たら殺ってよい。獣人の村から出るな。海へはいつでも帰ってよろしい』


 妥協案を提示しハクリに告げるとコクコクと頷いて了承してくれました。アポロンは心外だと言いたげに私を見ます。


「オーリスっ! ありがとう!」


「うむうむ。妾が世話をするからの、何も心配は要らぬぞ」


『世話させてやっても良いが、代わりに村の守りをせよ』


「あいわかった。任せよ」


「アルテミス騙されてます」

「ほんとはどっちも頼まれてやるものだしー」

「一挙両得とはこの事だ!」


「俺もお世話しようかなぁ」


 アポロンが言いますが、それはいろいろな問題を引き起こしそうです。


『不許可』


「駄目です」

「ブッブー」

「断固反対!」


「アポロンはお断りっ」


「フィーも駄目だと思います!」


「村で愚弟の悪行を見たら消滅させるぞ」


「お前は嫌なのだ」


 全員から反対されて膝を抱え、そのまま甲板を転がっていきました。泣きながら。



 出航して一日と少し。海面に真っ黒な穴が開いており、そこから巨大な手が出て手招きをしています。

 船長が不安そうに私の指示を仰ぎに来ました。


『無視して進め』


 そう指示を出し船を進めますが、船尾を掴まれ進めません。


『アルテミスよ。矢を放て』


「お、おい。いいのか? ポセイドン伯父上だろう?」


『よい』


 アルテミスは戸惑いながらも手に向かって必中の矢を放ち、船はその手から逃れ進み始めました。

 海から人間大のポセイドンが飛び出してきて甲板に降り立ちます。


「痛いのう。無視されて心に刺さったわい」


『何しに来た』


「頼みがあるのじゃが……」


『断る』


「あ、ポセイドンです」

「爺ちゃん暇なのー?」

「ドンちゃん! ちょっと船押してよ!」


「うほほほ、元気じゃったか孫達よ」


「孫ではありません」

「元気よー」

「ドン爺ちゃん、お小遣いおくれ!」


「ポセイドン伯父上。お久しぶりです」


「よー、伯父上。おひさ」


 三眷属に加えアルテミスとアポロンが挨拶を交わします。


「ポーちゃん、元気?」


 蛇女フィーアが声をかけ、ハクリはポセイドンと聞き小さくなって震えています。獅子ヌルはそんなハクリをよしよしと撫でていました。


「兄者、ワシも連れてって?」


 可愛く言っても駄目ですよ。海の底で余生を過ごすのでは無かったのですかね。


『貴様、静観すると言っておったろう』


「暇なんじゃよ! 獣人の村とやらで大人しくしとくからー!」


 昨日の船上での話を聞いていたのでしょうか、そうでしょうね。獣人の村が騒がしくなりそうな予感がします。


末弟ゼウスが参戦しないなら兄者の近くに避難しとけって泣いて頼むし……」


 泣いて頼んだというのは冗談でしょうが、海洋界にまで攻め込まれる事を危惧しているのでしょうか、そうでしょうね。ゼウスらしからぬ慎重さですがそれだけ現人神の強さを感じているという事でしょう。仕方がありませんね。


『獣人の村の港湾整備工事を命ず』


 軍船シフを泊められる港が欲しかった所です。岩人さん達と共に着手してくれれば捗るはずですね。


「やるやる! 沿岸部造成としゅんせつは任せい! ケーソンはワシ苦手なんじゃが……」


 しゅんせつは大きい船が入れるよう海底を掘って深くしたり平らにしたりする事、ケーソンはその上に土台を置き港や防潮堤の基礎になる部分の事ですね。


『岩人共と協力せよ』


「兄者ぁ! ありがとうー!」


 ポセイドンが私に寄ってきてハグをします。見た目からすると違和感があると思いますが、その頭をよしよしという風に撫でてあげます。


「神に港湾工事をさせるとはさすがです」

「中間検査は厳しくいくわよー」

「工事完成図書の電子納品要領異世界版に則ってやれよ!」


 眷属達が何を言っているのかわかりませんが、これで軍船シフも寄港出来るようになるでしょう。



 そんな騒がしい一幕を余所に船は順調に進み、一日経って陸が見えてきました。さすがは最新の軍船です。速いですね。


 岩人さん達が造った現在の港には入れない大きさですので沖に泊め、小舟で搬送していきます。荷物も下ろし、全員が上陸したところで軍船は帝王国へ戻って行きました。次の寄港には船員の家族とダリフレ商会員が乗ってくる事でしょう。

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