閑話・マリス四話

 ミレガン侯爵領まで七日ほどかけ侯爵の城に到着しましたぞ。侍女エイには侯爵領の侍女連と連絡を取ってもらう為に別行動してもらいましたぞ。


「これはこれは! 宰相閣下。先触れをいただければお出迎えに伺いましたのですが」


「ミレガン侯爵。これは抜き打ち視察ですぞ、いろいろとお話を伺わせて頂きたい。領の帳簿も見せてもらいますぞ」


 事務官に帳簿調査を任せ私はミレガン侯爵と面談しますかな。黒騎士は護衛に私の後ろに立ち、兵士は調査済みの商人を捕縛に向かわせました。


「ええ、何なりとどうぞ。お疲れでしょう、お茶を淹れさせます」


 む、侯爵領のお茶を飲むのはまだ安心出来ませんぞ。侯爵の侍女がお茶を淹れてくれましたが、手を付けず早速質問に入りますぞ。


「お茶の品種を変えましたな? 何故ですかな?」


「はい、以前の品種は害虫や寒さに弱く取れ高が想定より低いのです。今回変えました品種はほぼ想定通りの収穫が出来ております」


「国に申請がなかったですな? 国策ですから申請は必要ですぞ」


「申しわけありません。未だ試行段階でして結果が出ましたら申請をと思っておりました」


「しかしその新品種をすでに輸出しておりますな?」


「他国の評判も合わせ報告書を出した方がよろしいかと」


 顔色も変えずにこちらの質問を躱しますな。


「なるほど。その新品種が人に、ある影響を及ぼすと知っての事ですかな?」


 ミレガン侯爵の顔がピクリと引きつったように動きます。ここですな。


「そ、それは知りませんでしたが、どこでそのような検証を?」


「さて、それより輸出入の護衛兵士を総入れ替えしたいとの申請がありましたが、何故でしょうかな?」


「申請書にも記載しましたが、ノバル戦争がこれより激しくなるのは必至、兵士を国で賄うにもそちらに手もいるでしょうし、私も国のことを考え提案した次第であります」


「どこから戦争が激化するという情報を仕入れましたかな?」


「ノバル王国へ輸出入している商人達からです。王国は決戦準備に入っているようです」


「それも国には報告がありませんでしたな?」


「おや、そうでしたかな。ああ、アルブ殿下にお伝えしましたので報告はされている物と思っておりました」


「では、王都へ戻った後アルブ殿下にもお話を伺いましょうぞ」


 そう言うとまた顔がピクリと引きつりましたぞ。これも偽りですな。


「今日の所はこれくらいですな。明日からいろいろと動きますぞ。調査妨害は反逆と同じですからな、心得ておくようお願いしますぞ」


「畏まりました。部屋を用意させます」


 ミレガン侯爵が侍女に指示を出し、私達の部屋を用意させていますな。すぐに部屋が用意されそちらへと移動しました。侍女エイも合流しましたぞ。


「閣下、この領では侍女連所属の者達が日々減っていってるようです」


「それは殺されているのですかな」


「いえ、姿は見るようですがただ侍女連を脱退しているようです」


「あやしいですな! 侍女連は例の件でこれまでにない盛り上がりを見せていると聞きましたぞ。それなのに脱退が相次ぐとはおかしいですぞ」


「脱退者はこの城の者から始まり、捕縛予定の商人の者、食事処の者へと広がっております」


「やはりお茶が鍵ですな。お茶の効能は報告の通りで間違いないですな?」


「はい、試行を重ね特定の調合比で効果を発揮するようです。罪人で確認致しました」


「よろしい。滞在中はここで出される物は一切口にしないように再度通達しなさい」


 馬車に積んで運んだ大量の食料と保存食で当面はしのぎますぞ。足りなくなったら兵士に野獣狩りと植物などの採集も指示しないといけませんな。

 城での食事を断り、庭を借りて野営のように食事の準備をしますかな。たまにはこのような食事も楽しい物ですな。ミージン王女殿下は気付かれていないとお思いでしょうが、時折外業の仕事をして野営しているのを皆知っていますぞ。このような感じを味わっているのですな。


 到着してから二日、新品種のお茶を持ち込み侯爵に融通した商人を捕縛し、領の帳簿精査、使用人への聞き取り調査をしておりましたが、何だか身体が熱いですぞ。

 これはオーリス様を想って眠れない夜のような熱さ、たぎりですな!

 黒騎士も同じように身体が熱く力がみなぎっているようですぞ。

 ふお! か、身体から何かが……う、生まれる。まさかオーリス様との愛の結晶が!

 お腹の辺りが膨らみ続け、やがて一冊の本が出てきましたぞ。これがオーリス様との愛の結晶! 黒騎士も本を手に持っておりますな。教典で拝読した写本ですな! これを他の者に渡せば信徒になるのですな。

 黒騎士の一人は、同行した信徒にはなっていなかった黒騎士に写本を渡しましたぞ。渡すと同時にその黒騎士の身体に取り込まれ信徒になったのが分かりますぞ。もう一人の黒騎士は兵士に渡しましたな。さて私は……侍女エイがじっと私を見つめておりますな。


「閣下。どうか私をオーリス様の信徒に! お願い致します」


「侍女エイの気持ちはわかっておりますぞ。ですがここはミレガン侯爵に渡して、信徒になってもらった方がオーリス様の為だと思いますぞ」


「そう、ですか。そうですよね。畏まりました」


 侍女エイは本当にがっかりして肩を落としておりますな。仕方が無いのですぞ、オーリス様が今後動きやすいようにと考えると、侯爵を信徒にした方がいい方向に行くと思うのですぞ。

 早速、ミレガン侯爵に面談の先触れを出し、応接室で会うことになりましたぞ。



「宰相閣下。視察はどうでしょうか、順調ですか?」


 探るように聞いてきますが、その前に写本を渡しますぞ。


「ミレガン侯爵。これを受け取って頂きたいのですぞ」


 侯爵が写本を手に取ろうとすると、何かに弾かれ写本を手にする事が出来ないようですぞ。これはどういう事でしょうかな。


「これは……何でしょうか。私は手に取ることが出来ないようですが」


 黒騎士から黒騎士、兵士へ写本は渡せましたな。ミレガン侯爵は手に取ることすら出来ない、と。ふむ、これはオーリス様が侯爵を拒否しているのですな! つまり侯爵はオーリス様の敵! わかりましたぞオーリス様。私は私の役目を果たしますぞ。


「ミレガン侯爵。王城へ出頭せよ!」


 立ち上がり侯爵を見下ろし厳しい口調で命じますぞ。


「な、何故でしょうか? わけを聞かせて頂きたい」


「貴殿はオーリス様の敵ですからな! この写本を手に取ることが出来ないのが証拠ですぞ!」


「待っていただきたい。オーリス様とは天命を共に全うする協力体制のはずです。敵対などしません!」


「オーリス様が協力するとおっしゃったのですかな?」


「パーティーにお越しになった時に、前向きに検討してくださるとお返事を頂きました」


「検討ですな。まだ決定的な返事は頂いていないですな。この写本が返事ですぞ! つまりミレガン侯爵への返事はお断り! 敵対するという事ですな!」


「な、なんと……」


 衝撃を受けたのですな、椅子から落ち四つ足をつくように絨毯に伏せましたぞ。私もオーリス様から敵だと言われたら衝撃で死にますな。


「あらためて命じますぞ。ミレガン侯爵、王城へ出頭せよ!」


「私は違うつもりですが、オーリス様の敵だと言うだけで出頭とは納得がいきません!」


「もう茶葉の件はわかっておりますぞ! 調合比まで割り出しましたぞ。これは洗脳茶葉ですな? 王城で詳しく取り調べさせて頂きますぞ」


「もうそこまで……か、畏まりました。準備に五日ほどください」


「構いませんぞ」


 人の手配、食料の買い付けなど時間が掛かりますからな。そのくらいかかるでしょうな。



 出頭を言い渡した日から四日。写本は侍女エイに渡し、すでに彼女も食事睡眠を必要としなくなりましたぞ。帰りの食料を減らせますな。私達が王都へ戻る準備をしていた所に、諜報よりアルブ殿下訃報が入りましたぞ。

 お小さい頃から見て来た我が子のような存在ですぞ。ノバル王国許すまじ! 陛下はきっと戦争の準備をされるはず。早く戻ってお助けせねばなりませんぞ!

 ミレガン侯爵にも告げねばなりませんな。先日こちらへ戻られた婚約者のエリノア様にも……。


 応接室に侯爵と侯爵夫人、エリノア様に集まって頂きお話をしますぞ。


「エリノア様。しっかりと私を見ていてほしいですぞ。いいですかな?」


「はい」


「アルブ殿下がノバル王国に弑されました」


「は、はい……?」


「ノバル王との謁見の最中に近衛兵によって弑されたそうです」


「え、な、なにを……おっしゃって」


 エリノア様はこの事を受け入れられない様子で、侯爵と侯爵夫人もあまりの事に言葉を発すことが出来ないようですな。

 エリノア様の目に涙が溢れてきて、言葉にならない叫びを発しながら部屋を出て行かれました。残ったお二人を後にして客室へと戻りますぞ。見ているのが辛いですからな。


 その後の城の中は使用人も聞いたのでしょうな、雰囲気が暗く皆泣きはらしておりましたな。侯爵領では特にアルブ殿下は慕われておりましたからな。



 翌日早朝、侍女エイよりとんでもない報告が来ましたぞ。


「閣下。ミレガン侯爵一行が失踪されました」


「なんですと!」


「侯爵、侯爵夫人、エリノア様他、使用人に至るまで城の中に私達以外おりません」


「どういう事ですかな!」


「わかりません。昨夜遅く全員で失踪したものと思われます。馬車はありますので徒歩だと思われますが、出て行かれた形跡はありません」


「兵士達に城と領内の捜索を指示しなさい」


 黒騎士に命じ捜索させますぞ。一晩で形跡もなく居なくなるとは神の所業。大変な事になりましたぞ!

 それから一日かけ捜索しわかった事は、何処にもおらず何処に行ったのかもわからないという事がわかりましたぞ。また領内の多数の者が同じく突然居なくなっていたという事ですぞ。

 ひとまず捜索を終え、王都に戻って対策を考えなければなりませんな。黒騎士一名に緊急の代官を、連れてきた事務官五名はこのまま残り領の統治をさせ、兵士には新品種の茶葉を試験用だけ残して焼き払わせますぞ。


「侍女エイよ、侍女連に侯爵一行の捜索を依頼しますぞ。この世界中の捜索を!」


「畏まりました。イソベル様に話を通しておきます」


 犬耳を付け城のバルコニーより外を眺め決意しますぞ。




 私は猟犬マリス! 何処へ行こうとも探し出しますぞ!

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