閑話・マリス三話

 私はマリス・マデンジェ、七十歳独身、ロムダレン国宰相を賜っております。結婚する事はなく子もおりません。

 オーリス様! オーリス様! ああ、オーリス様! なんというお方でしょう、神! もう神としか言いようがありませんぞ!

 なんとオーリス様は教会問題を解決してくださったのですぞ! 大司教を撃退し王都内教会を全て接収する事ができました! 全てオーリス様のおかげですな。早くオーリス様を私の子に、いえ私が子になる手続きをしなければなりませんな!


 しかし問題は教会の件ではなく、その前に起こったミレガン侯爵邸でのパーティーですな。潜入した侍女の話によりますと、なんと天使様をお喚びになり、幻想的な光の中ご自身も優雅に舞われたとか! 悔しい! なぜ私は招待されなかったのでしょうかな! ミレガン侯爵この恨みはらさでおられませんぞ! 侍女本を手がける者も潜入したという事。いつかその光景を本となって目にすることが出来る日を心待ちにしますぞ。


「閣下、ミレガン侯爵領の調査ですが、中間報告が来ております」


 侍女エイがそう言いながら報告書を渡してきましたな。ふむふむ、独自に入れ替えた茶葉は何の問題もないと。どういう事ですかな! ここは麻薬とか毒草とかが定番でしょうに!


「茶葉を手に入れた後はどうなりましたかな?」


「はい、お茶を淹れて罪人に飲ませたり、茶葉をそのまま食させたりしておりますが、変わった効能は出ておりません」


「引き続きあらゆる点を考慮し検査するように」


「畏まりました」


 執務室がノックされ侍女室室長のイソベルが入室してきましたな。


「閣下、オーリス様が獣人の村へと向かわれました」


 なんですと! 私を置いてまた何処かへ! 私を置いて。


「私も行きますぞ!」


「駄目です。侍女忍を付けましたので報告をお待ちください」


 侍女忍とは姿を見せず、対象につかず離れず隠れて行動を見張る専門の者ですな。もう侍女なのか諜報なのか区別がつきませんが、彼女達の仕事はいつも完璧。断腸の思いで王都に残り報告を待ちますかな。


「もちろん、絵に堪能の侍女忍をつけましたのでネタ収集は完璧に出来ると思われます」


「しかしオーリス様は神ですぞ。その者をつけている事くらいおわかりになるはずですぞ」


「はい、これまでも付けておりますが、オーリス様は見て見ぬ振りをしてくださっている御様子です」


「さすがオーリス様ですな」


「神ですので」


「うむ、神ですな!」


「それと陛下がお呼びです」


 陛下はいつも私のオーリス様談義の邪魔をしますな! いっそ宰相を辞した方がオーリス様に全てを捧げられますかな。ここは陛下に談判ですな。


 陛下の執務室に向かい、許可を得て入室します。陛下は執務机に座っておられました。


「おう、来たかマリス。実はな……」


「陛下! 宰相を辞職させていただきます!」


「なに! どうした? 何があった!」


 私の希望を申すと陛下は驚き、立ち上がって私に詰め寄ってきます。駄目ですぞ、詰め寄ってきて欲しいのは一人だけですぞ。その場に居た銀騎士と侍女も驚いておりますな。


「陛下は! いつも! 私の! オーリス様談義の邪魔をなさる! もう引退してオーリス様だけの事を考えたいですな!」


「な、何を言っている。まて、待て待て。考えよう、何かいい案があるはずだ。マリスに辞められたら俺が困る。そ、そうだ! 宰相補佐をつけたらどうだ? そうすれば少しは時間が取れるのではないか?」


 なるほど、補佐に仕事を任せて私はオーリス様に集中していいという事ですな? 確かに宰相を辞したら王城に入れず、オーリス様のご尊顔を拝見できなくなりますからな。


「わかりました、補佐選定に入りますぞ」


「そ、そうか。よかった、うむうむ」


「それでは陛下。失礼致しますぞ」


「いや、待て待て、まだ俺の用事が済んでない。ほんと最近俺をおざなりにしてるなぁ」


「なんですかな。嫉妬ですかな。陛下をお支えしてはおりますが、お慕いはしておりませんぞ」


「嫉妬じゃねぇわ! まぁこの王命書を読め」


 陛下に渡された王命書を読み、なるほどと感心しますな。王命獣人になろう、さすがですな陛下。奇をてらい機を読み機敏に行動する。三キの法則と名付けましょうぞ。


「よく出来ておりますな。すぐに実行した方がいいでしょうな」


「うむ、マリスにそう言われると安心するな。では布令を出せ」


「畏まりました」


 執務室を退室し関係各所の手配を始めます。これは侍女室にも通達が必要ですな。自分の執務室へ戻るとイソベルと侍女エイがオーリス様談義をしておりました。悔しい! 私も加わりたかったですぞ!


「侍女室の協力が必要ですぞ。いえ、もしかしたら侍女連の協力も」


 そう言って王命書をイソベルに渡します。イソベルは素早く読み解き、なるほど素晴らしい! ケモナー歓喜! などと言っております。


「畏まりました。これは侍女連を動かします。ところで閣下、オーリス様は何をつけられるとお思いですか?」


 はっ! そうですぞ! この王命獣人になろう、が発動されればオーリス様もお付けになりますな!


「なるほど、これはどちらがオーリス様の事を理解しているかという勝負ですな?」


「うふふ、さすがは閣下で御座います」


 イソベルが滅多に見せない笑い顔を見せこちらを挑発的に見ておりますぞ、負けられませんな!


「オーリス様が最初に教戒なされた獣は犬と兎ですな。当然そのどちらかだと思いますぞ。私は犬だと思いますな。私も犬耳をつけますぞ」


「私は兎だと思います。ご想像くださいませ。オーリス様が兎耳と可愛らしい尻尾をお付けになった姿……。ああ、考えただけでいろんな所からいろんな物が吹き出してきそうです」


 何やら悶え始めましたぞ。頬を赤く染め、自分で自分を抱きしめながら身体をクネクネさせて……こうはなりたくないですな。


「勝負に何を賭けますかな。オーリス様の為ならば全てを賭けますぞ」


「私もその覚悟が御座いますが、ずばり賞品は侍女連絵師にオーリス様と自分の姿絵を描いてもらうというのはどうでしょうか。もちろんお好きなポーズで」


「ぶはぁっ! そ、それはいいですな! 家宝にしますぞ! 早速額縁を特注しますぞ!」


「ハァ、オーリス様とベッドであんなポーズを……ハァハァ」


「わ、私を撫でているオーリス様素敵ですぞ。ハァハァ」


 む、イソベルはふしだらな想像をしておるようですな。駄目ですぞ、神とのそのようなむつみごとを考えては!

 妄想を堪能し耳と尻尾製作の手配をします。侍女連と装飾職人、服飾職人などで製造は全員徹夜で行ってもらいますぞ。オーリス様が獣人の村から戻られる前に布令を完了しなければ、またすぐどこかへ行かれるかも知れませんからな!


 それから二日経ちイソベルより、王都民全員分と予備として王都へやってくる者達の耳と尻尾が出来上がったと連絡がありましたぞ。魔法も駆使したとの事ですがさすがですな、万を超える物を二日で作り上げるとは。早速私は犬耳尻尾をつけ、オーリス様に取ってこーいをされる事を妄想しておりますと、兎耳を付けたイソベルが執務室を訪ねてきました。


「閣下、オーリス本完成で御座います。明日お目覚めの頃には枕元に在る事でしょう」


「素晴らしい! 今夜は眠れそうにありませんぞ! さてこれは支援金ですぞ。侍女連で運用を頼みますぞ」


 お金の入った革袋をいくつも机に置いていきます。私の年収の半分ほどが入っておりますぞ。


「畏まりました。侍女に運ばせます。ところで閣下、オーリス様が明日あたりお戻りになると侍女忍より連絡が入りました。枕元の本に夢中になるのも良いですが、明日はオーリス様の獣耳が見られる日、お気を付け下さいませ」


「それは朗報ですな! 良い事は重なりますな、幸せすぎてお迎えが来るかも知れませんな!」


「調査中のミレガン侯爵領の茶葉ですが、未だ何も結果が出ておりません。味と香りが今までと若干違うとしかわかっておりません」


「それではその茶葉に入れ替えた理由はなんでしょうかな」


「わかりません。私共には問いただす権限が御座いません。これは閣下から直接聞いて頂くしかありません」


「わかりましたぞ。早速ミレガン侯爵に召喚命令を出しますぞ」


「ミレガン侯爵は領地にお戻りになりました」


「む、では私がミレガン侯爵領視察に行きますぞ! 手配をしなさい」


「畏まりました」


 ミレガン侯爵、このタイミングで戻るとはどういう事でしょうかな。オーリス様の獣耳姿を見たくないのですかな! あやしいですぞ!



 翌日の朝、目覚めると枕元にオーリス様の立ち姿が表紙の本がありました。歓喜! 歓喜ですぞ! 手に取り本を捲り始めます。

 ぶはぁっ、ぶほぉっ、ぐへぇっ、なぜこんな事に、どうやればこのような体勢が、ぐひひひ、ふむふむ、ほほう勉強になりますな。本を読んでおりますと使用人よりイソベルが訪ねてきたとの事、なんですかな本は回収させませんぞ。


「閣下が本に夢中になり登城するのを忘れると思いまして、お迎えに上がりました」


 む、さすがですな。その通りですぞ。


「素晴らしい出来ですぞ。続刊を希望しますぞ」


「ご安心くださいませ。すでに決定しております」


「うむ、これは家宝にしますぞ。さて登城しますかな、オーリス様をお迎えしなければなりませんな」


 支度をし登城したあと陛下の執務室で待機します。オーリス様は律儀な方ですのでまずは陛下へ帰還の報告をされるでしょうからな。用もないのに居る私に、獅子のたてがみを付けた陛下が怪訝な顔つきをしておりますが気にしませんぞ。

 しばらくするとイソベルがオーリス様より陛下への謁見をお願いしに来ました。


「いいですぞ。すぐに会いますぞ。すぐにお連れしなさい」


「おい、マリス。なんでお前が答える? まぁ会うけどよ」


 陛下もお目にかかりたいのに回りくどいですぞ! 結局会うのに私が答えるも陛下がお答えになるも同じですぞ!


 ようやく待ちに待ったオーリス様が入室されて来ました。オーリス様? なんですかな、なぜ猫耳なのですかな! いやお似合いですが、お生まれになった時は猫だったと言われても疑いようのないほどお似合いですが! 私との姿絵をどうしてくれるのですかな! ミージン王女殿下も猫耳ですな。にゃーとかおっしゃっていますがオーリス様を見た後では可愛くないですぞ、むしろあざといですぞ、オーリス様を狙っておいでになるのではないですかな!

 残念ではありましたが猫耳姿を頭に焼き付けることに集中しますかな。ハァ、オーリス様、ハァハァ……ハァ!? な、な、なんですかその木像は! フ、フレイザー侯爵それを私に譲ってください! いくらですか! この国を捧げても構いませんぞ!


 なんと! オーリス様を崇め愛す者に無償で配布せよ、と。岩人様……賢者様ですかな。

 王都に岩人様がいらした時には個人的にお願いせねば、いやきっとイソベルも狙っているはずですな。むしろ侍女連で岩人様を囲うかもしれませんな。ここは国で囲う為に爵位授与ですな! 陛下! 陛下! ああ、なぜ黒騎士は私を抱えて部屋を出るのです! 戻しなさい!

 私が暴れていると黒騎士が私を抱えたまま、そっと自分の懐からオーリス様の木像を取り出して見せます。私のと合わせ二体のオーリス様像。黒騎士は私に笑いかけ頷きます。わかりましたぞ黒騎士よ。仲間ですな!



 しばらくは落ちついて王城に滞在されていたオーリス様ですが、三日もすると突然旅に出ると言われ私を置いて旅に出られました。私を置いて。

 ですがすぐに身分証偽装という言われ無き罪で王都へ護送されて来られたようです。オーリス様がそんな事するわけないでしょうが! むしろオーリス様は身分証などいりません! 身分を証明する必要など無く存在自体がオーリス様であり、この世界その物がオーリス様なのですぞ! それがわからない者は罪!

 しかし身分証偽装などあり得ませんので徹底的に調べますぞ。侍女エイに調査指示を出すとすぐに罪人がわかりました。教会から資金を調達していた貴族達ですな。オーリス様が教会を無力化させた為の逆恨みですな。私は死刑執行命令書を用意し陛下の認可を得て、黒騎士と兵士に捕縛指示を出し、翌日には執行しましたぞ。オーリス様の足を引っ張る者などこの国には要りませんからな。

 新たな身分証を即日発行しオーリス様にお渡しすると、すぐに旅に出られたようです。

 ああ、私の馬鹿! 発行に二、三日かかると言えばもっとオーリス様を見ていられたのに! しかしこれはオーリス様の為、私が足を引っ張ってはなりませんな。


 さてそろそろ話を付けねばならない人物がおりますな。フレイザー侯爵を召喚するとしますぞ。


「宰相閣下。お呼びと伺いました」


 フレイザー侯爵は狐耳をし優雅な所作でお辞儀をされました。臭う、臭いますぞ!


「率直に伺いますぞ。ダリオン・フレイザー侯爵、貴殿はオーリス様を崇め愛しておられる同士ですな?」


「その通りで御座います。さすがのご慧眼に恐れ入ります」


 即答しましたぞ。うむ、思った通りですな。


「オーリス様は!」


「神!」


 またもや即答ですぞ。間違いなかったですな。


「よろしいですぞ。貴殿を宰相補佐に任命しますぞ。オーリス様がこの国で、いやこの世界で動きやすいよう配慮してもらいますぞ」


「謹んで、拝命致します」


 跪き頭を垂れ命を受けましたな。侍女室の調査通りフレイザー侯爵はオーリス様とミージン王女殿下の為だけに動いているようですな。帝王国との繋がりもミージン王女殿下の為であると報告を受けておりますぞ。切れ者の侯爵が宰相補佐に収まれば私は自由に動けますな。もちろん陛下の許可もすでに取ってありますぞ。


 さて、オーリス様が旅に出られて王城に居る意味が無くなりましたので、執務はフレイザー侯爵に任せ、ミレガン侯爵領への視察に即日出立しましたぞ。お供は侍女エイと事務官五名、黒騎士三名と兵士が十名ですな。黒騎士三名の内二名はオーリス様の教戒を受けた者ですぞ、心強いですな。

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