第45話 オーリスがラスボスっ


 湖を渡った後、休憩をしながら真っ直ぐ北に一日歩いて行くと海が見えてきました。

 軍船シフはまだ来ていないようです。

 海辺でしばらく待機と告げ休憩を取ります。帝都から三日ほどかかると言われていましたから、一日か二日はここで待機ですね。


「オーリス様。念願の砂浜です」

「砂像造ろうー」

「オーリス様の砂像を造ろう!」


 獅子ヌルがそわそわしながら私を見ていましたので、行って良いですよと言うと駆け足で三眷属の元へ行き砂遊びを始めました。獣人さん達も思い思いに過ごしているようです。


『砂よ』


 私は砂で休憩小屋を造り、崩れないように固めて獣人さん達に利用してもらいます。ビーチチェアの様な物や滑り台も造りました。

 三メートルほどの高さのサンドゴーレムを動かし、子供達をその肩に乗せて遊んであげていると眷属達の砂像が出来たと呼びに来ました。


 そこには祭服姿の私の砂像がそびえ立っていました。十メートル位の高さで海の方向を向いて両手を広げ、少し微笑みながら立っていました。足元は台座があり、それを眷属達が支えているような格好をしています。この短時間でよくここまで造れた物です。

 獣人さん達が集まり祈りを捧げていました。


「素晴らしい出来です」

「結界で固めて壊れないようにしとこー」

「優勝間違いなし!」


「競ってないしっ。でもいい出来、持って帰りたい」


 しばらく眺めていると海から獣達が出てきて砂像の前に貝や魚、沈没船から引き上げたのであろう硬貨、装飾品などを置いて頭を上下に振り祈りを捧げているようです。こちらに来る途中で教戒した海の獣達ですね。人間の何倍もありそうな大きさのイカやタコ、大蛇の様な者がおり、巨大なカジキに似た魚などはピチピチ跳ねながら上がってきます。無理せず海中に居てください。

 遠い沖の方で海水が盛り上がり現れた者は、前の世界での東洋龍に似た体長四、五十メートルはあろうかと思える龍達でした。その龍達が吐き出す海水に乗って、貢ぎ物が浜辺に優しく届けられます。


「これは人魚!」

「早速殺そうー」

「肉食って不老長寿!」


「これは人魚じゃないっ。セイレーン」


 セイレーンが貢ぎ物ですか。人間女性の上半身に魚の下半身、胸は鱗で出来た下着のような物で隠れており、それ以外は肌を露出させています。見た目は二十歳位ですが、こう言う種族の者は見た目だけではわかりません。

 彼女は怯えているようで目に涙を溜め、上目遣いに私を見ながら小刻みに震えています。


「……食べる?」


 話が出来るようです。私にそう聞いてきますが、食べませんよ。


「食べます!」

「食べちゃうぞー」

「ヒヒヒヒ!」


 三眷属がセイレーンを取り囲み揶揄からかうようにはしゃぎ立てます。セイレーンはヒィッと小さく悲鳴を上げ、頭を抱えて下を向いたまま震えて泣き出しました。女性の犬獣人さんが布を肩からかけてあげています。


 セイレーンに優しくするように三眷属に告げ、獅子ヌルに乗って龍達の所へ向かいます。近づく私達に龍は歓迎するかのように尾を海面に叩きつけ、海水を空に向かって吐き出し虹を作ったりしています。


≪オーリス様。わざわざお越し下さり歓迎致します≫


 龍達の中から白い龍が正面に来て、言葉とも言えない音を発します。言葉としては捉えられませんが意味は伝わってくる、と言う不思議な感覚です。


『セイレーンは帰す』


≪お気に入りませんでしたか。それでは妾、ハクリの髭を献上いたします。これは海の龍達を統べる事が出来……≫


 説明は続きますがあなた女性なのですね。龍に胸はないようです。


『献上品も要らぬ。今後貢ぎ物はせずともよい。貴様らの気持ちは伝わった』


≪ハクリの気持ちが伝わった、と……? 受け入れてくださると……≫


 龍の顔の部分が赤く染まり照れているようですが、これはそう言う事でしょうか、そうでしょうね。貴様ら、と複数形を聞いていましたか?


≪ハクリもついて行ってよろしいと……≫


『同道は許さぬ。貴様らは海で我の信徒達が困っておる時に助力せよ。行け』


 渋々、はいと返事をし海の中へ戻って行きました。今後龍達と絡むことがないよう望みます。

 浜辺へ戻ると三眷属がバケツリレーでセイレーンに海水をかけていました。見た目拷問のようです。


「オーリス様。お帰りなさいませ」

「乾くといけないかなーと思ってー」

「二人は楽しんでやってたよ!」


「ドライが一番歪んだ笑顔をしてたけどっ?」


『セイレーンは乾くとまずいのか?』


 彼女がおずおずと海水に濡れた顔を上げて私を見て首を振ります。大丈夫だと言うように下半身を人間の姿にしゆっくりと立ちました。

 女性の犬獣人さんが気づき、すぐに布を下半身に巻いてくれます。巻く前に見えましたが、鱗で下着の形を作っているようでした。

 まずは彼女を信徒にします。後は龍達は大丈夫だと安心させなくてはいけませんね。


『龍達には伝えた。帰れ』


 信徒にした後でそう言うと、また泣き出してしゃがみ込んでしまいました。


「オーリスっ。もっと優しく言って! かわいそう」


 獅子ヌルに非難され、なるほど確かに初対面の女性に言う言葉ではないと反省します。わかりやすく言う必要があります。


『用は無い。失せろ』


「オーリス様……?」

「もっとひどいー」

「オーリス様は筆談の方が優しかった!」


 一番ひどいのは彼女を捕まえて私に献上しようとした龍達ですよ。君達も殺して食う話などをしていましたよね?

 仕方がありません、私が保護する方向で話をしましょうか。


『冥府へ行くか?』


 セイレーンはさらに大きな声で泣き出しました。


「オーリス様、それは……」

「殺してやるって意味じゃないのー?」

「普通はそう取るよね!」


 他者に何かを伝えるというのは本当に難しい物ですね。


「私が面倒を見ます!」


 女性の犬獣人さんがそう言いつつセイレーンの肩を抱いてあげています。


『任す』


 セイレーンもある意味獣人でしょうし、先程からこの犬獣人のお姉さんはお世話をしてあげているようです。ついて来るのか帰りたいのか、意思を確認するようにと伝えお任せしました。

 それからは眷属達がお約束だーと言いながら、アインスを埋め無駄にスタイルの良い女性型を砂で象り、蛇女フィーアを掴んで電動ビート板の如く進んで貰ったりと、獣人さん達も混ざって遊び、日が暮れました。


 獣人さん達が疲れて私が造った小屋で休む頃、フレイザー侯爵から連絡が入ります。


≪オーリス様。こちらフレイザーで御座います。居られますか?≫


『うむ』


≪星の瞬きがオーリス様を祝福しているようで御座います。ご機嫌いかがでしょうか≫


『挨拶はよい、続けよ』


≪はっ! ノバル王国国境に兵士五百人の配置が完了。公国側へ私が特命全権大使として赴き同盟会談を行います。うまく行けばそのまま調印式に入ります≫


 フレイザー侯爵のことですからうまく行くでしょうね。


≪ノバル王国に滞在している我が国の民や商人の帰国誘導の為、護衛と共にミッツルフ男爵を向かわせました。四日後に到着予定で御座います≫


 王国とは国交断絶しましたがミッツルフ男爵の粘り強い交渉に期待しましょう。


≪帝王国の商会から連絡があり、帝王国が聖皇国に宣戦布告致しました≫


 ゼウスの歪んだ笑いが目に浮かぶようです。もしかしたらもう飛び出して行っているかもしれません。


≪聖皇国は情報を掴んでいたようでして、帝都の現人神教会はすでに無人だそうです。聖皇国へ戻ったか、工作員として身を潜めたかと思われます≫


『うむ。以上か?』


≪それと……ミージン王女殿下が王国国境へ出陣されました。護衛はエレストル魔王様のみです。以上で御座います≫


 我慢できなくて早速動かれましたか。エレストルがついていれば大丈夫でしょう。

 フレイザー侯爵との通信を終え、眷属達と情報を共有していると帝都の方の空が昼間のように明るく輝いてきました。ここは帝都から徒歩で五日と結構離れているのですがその光はよく見えます。

 ゼウスの元に何かが降臨したか、何かを喚び寄せたのでしょうか、そうでしょうね。帝都のダリフレ商会に連絡を取ってみましょう。


≪こちらダリフレ商会で御座います≫


『オーリスである。今の光は何であるか』


≪はっ。神の軍勢と多くの神獣が降臨したと思われます≫


 戦力最大投入ですね。面倒くさい輩を喚んでいなければいいのですけれど。そう考えつつ聖皇国の方角を見るとそちらにも光が降りてきているようでした。距離がかなりありますので、先ほどの帝王国のような目映い光ではありませんが何かが降臨したようです。最終戦争でしょうか、困った方達ですね。


「ハルマゲドンですね」

「元凶はオーリス様ー」

「おーい! ラスボスはここにいるよー!」


「オーリスがラスボスっ。ふふふ、似合いすぎ!」


 ラスボスとか失礼な。癒やされる為に蛇女フィーアを撫でますが、彼女も笑いを堪えています。睨むと時刻を教えてくれました。


「フィーが午後十時八分をお知らせしまーす」


 今の状況で私達にはどうすることも出来ませんので大人しく軍船シフを待ちます。


 翌日昼前、沖の方に軍船シフの姿が見えました。

 何艘かの小舟が浜辺に着き、獣人さん達を順次軍船シフへと搬送します。搬送中の守りを海の獣達にお願いし無事に全員乗り込みます。

 甲板に立つと船長と船員達が跪き迎えてくれました。三眷属は船の探検に行ったようです。


「オーリス様。遅参しました事、申しわけありません」


『よい。遅くは無い、出航せよ』


「はっ! ただちに。それと、オーリス様のお客人が乗っておられます」


「ハデス伯父! よくも俺を断罪したな!」


 船員達の後ろから現れたのはアポロンでした。びっくりしただろ? とニヤつきながら言いつつ私に寄ってきます。船員達は出航の為に各持ち場へ走って行きました。


『貴様がガイア信仰教の元締めなのは違いあるまい』


「そうだけど! そうだけどよ、獣人達にあんな言い方はないだろ!」


『何しに来た』


「ちっ。……ちょっとでかい戦争するから親父が俺と姉ちゃんはハデス伯父と一緒にいろってよ」


 真名も取られてるしな、と言い私に手紙を渡します。開封しますと、よろしくと一言だけ書かれてありました。この世界で我が子を預ける時のお約束なのですか?

 私の呼び方を変えさせ、獣人さん達にアポロン改と紹介します。獣人ラブに改心しましたよ、という意味です。早速アポロン改は、結局ついてきたセイレーンに目を奪われていますが、犬獣人のお姉さんに阻まれていました。その辺りも改心した方がいいですよ。

 さて、アルテミスもこちらに喚んでおいた方がいいですね。


『我の召喚に演出無しで応えよ。アルテミス』


 彼女を喚ぶと、すっと私の目の前に現れます。


「のう、妾は次に喚ばれた時の為にいろいろと準備しておったのだがのう」


『要らぬ。アポロン改と大人しくしていろ』


「アポロン改? 改とは何ぞや」


『アポロン改に聞け』


「私はスーパーアインスになります」

「じゃあ、スーパーツヴァイ?」

「スーパード……言っちゃ駄目な気がする」


 探検から戻ってきた眷属達に呆れながらも船は出航します。蒸気船ではないので汽笛は鳴りませんが、心の中で鳴らしこの大陸とお別れとしましょう。またすぐに戻ってきますけれどね。


「ヴォー!」

「ヴォー!」

「ヴォー!」


「なにそれっ。汽笛?」

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