第44話 尻の臭いを嗅げ
ダリフレ商会に入ると、フレイザー侯爵の配下の者がすぐに気がつき現状を教えてくれます。
「オーリス様。船と船員、その家族の受け渡しは完了しました。いま港で全員待機しております」
すぐに港へ行くと、この船ですと教えられます。その船体は黒く、帆柱が三本ある大きく立派な帆船でした。聞くと全長百二十メートルあるそうです。これ大砲も積んでいますので軍船ではないでしょうか、そうでしょうね。この世界、すでに火薬もあるのでしょうかね。
船の甲板に集まっている船員を見ますと、その動きが機敏で日頃から鍛錬されているように思えます。まさかと思い話を聞きますと帝王国の兵士達でした。
この帆船はやはり軍船で、船名はゼウスの妻の名前が付いていましたので変更し、シフと名付けました。大砲は魔法を使って撃つ最新式の物だそうです。もう貰ってしまいましたので返せと言われる前に教戒し、出航してもらいましょう。
船員と家族、約七十名を教戒し船長と打合せをします。家族はダリフレ商会で預かり、本格的に戦争になる前に順次ロムダレン国へ向かわせます。その際に帝都に居る獣人さん達の希望を聞き、渡航したいのならば一緒に行くという事になりました。まずは帝王国の獣人さんの村にいる者達を渡航させる為に合流地点を決め、そこで落ち会うこととします。
早速出航してもらい、私と獅子ヌルは獣人さんの村へ向かいました。
獅子ヌルの全速ですぐに森の中にある獣人さんの村につきます。降り立ちますと間もなく三眷属と獣人さん達が寄ってきて賑やかになりました。
「オーリス様。お帰りなさいませ」
「取りあえずハグしてー」
「お疲れ様で御座いました。オーリス様」
「ドライ、それまだ続けてるのっ?」
「ドライは獣人と暴れてました」
「ひとり殺しかけてたねー」
「言うなよ! 内緒って言っただろ!」
黒猫族の青年シャリンがやってきて跪き言います。
「お帰りなさい、オーリス様。一同心待ちにしておりました」
『船は手配した。旅立つ準備をせよ。明日早朝出立する。食料はいらぬ。明日には貴様らは食事睡眠を必要としなくなるであろう』
「食事の必要がなくなるとは! すごい! すぐに皆に教えます!」
シャリンは皆に旅立つ事を大声で告げていきます。歓声が上がり荷物を紐解いて行っています。その中から食料や酒を出し宴の準備をしているようです。このままではロムダレン国獣人さん達の二の舞になります。シャリンを呼び、食事の必要は無いですが味を楽しむ事は出来るので、全ての食料を放出すると残念な結果になると伝えました。
シャリンが全員に告げ終えると酒などを荷物に戻す者も出始めました。
日が暮れて大きな篝火の周りで宴が始まり、皆楽しんでいるようです。私も地面に座り雰囲気を楽しんでいますと、黒猫族のシャリンが寄ってきて話しかけてきました。
「オーリス様。本当にありがとうございます。また故国へ戻ることが出来るとは思いませんでした」
頷き話を聞き続けます。
「ただ森から出るとすぐに、ガイア信仰教の者達が見張っている場所があります。奴らは執拗に俺達を追い詰め滅ぼそうとしています。それだけが心配なのです」
「その件でオーリス様に報告が御座います」
「スパイ発見ー」
「僕が見つけた!」
三眷属の話を聞くと、獣人のひとりがガイア信仰教の者と通じていたとの事。私の信徒になった為にその事を悔やんで三眷属に告解し、蝙蝠ドライが殺しかけた、と。
その者を呼んでもらい話を聞きましょう。
「オーリス様! 僕は取り返しの付かない事をしていました。ごめんなさい!」
私の前に平伏し謝る者は虎の獣人さんでした。十代前半くらいでしょうか、そうでしょうね。まだ若く幼い顔立ちで右腕と両足に包帯のように布が巻かれています。蝙蝠ドライがやった跡でしょうね。
頷き、話を続けさせます。
「この村の人数と様子とか、狩りに出る日などを僕が見張りの時に人間に教えていました。人間からはご飯とお酒をもらいました。ごめんなさいごめんなさい!」
涙を溢れさせながら謝り反省しています。教えていた人間は老人男性で、その人はガイア信仰教の者ではなく、老人から更に教徒の者へ伝わっていたようです。老人は虎獣人の子を孫のように可愛がってくれ、困った事があれば頼れと言われていたようです。
宴で騒いでいた周りの獣人達の喧噪が止み、その虎獣人を睨み唸っている者や武器を手にする者も出始めました。
「人間は明後日にこの村を集団で襲う計画をしてると言っていました。お爺ちゃんが僕を匿ってくれると言っていたので、僕はひとりで逃げるつもりでした。ごめんなさい!」
襲いかかろうとする獣人さん達を手で制し話を続けます。
『ここへ残るか、共にロムダレンへ行くか選択せよ』
「みんなと行きます! お願いします。連れて行ってください。僕はみんなと、オーリス様と一緒に行きたい!」
『赦す』
ありがとうございます、と何度も頭を下げ再び平伏しました。
「獣人の皆さん、オーリス様が赦されたのです。これ以上この者を責めるのはオーリス様を責めるのと同じ事になります」
「そうねー、この子は利用されただけよねー」
「悪いのはこの子じゃなくてガイア信仰教の奴らだよ! 勘違いすんなよ!」
三眷属が揃って庇います。さぁ立って、と獅子ヌルが虎獣人を立たせ一緒に皆の元へ連れて行きました。
『人間共は我に任せよ』
周りの獣人達を安心させるように言い、宴を続けさせます。
「一件落着です」
「お爺ちゃんはあの子を大切にしてたのねー」
「虎獣人だけにまさに虎の子なんだね!」
また馬鹿な事を言っていますが、雰囲気を緩ませてくれましたので撫でておきましょう。
「オーリス様!」
「ごほうびー」
「僕を撫でるのが一秒長かった!」
『シャリンよ。案ずるな』
まだ不安顔だったシャリンを気遣い言葉をかけますが、不安顔ではなかったようです。
「はい! オーリス様に全てお任せ致します! それで……その、あんな話の後にどうかとは思いますが……向こうの村のテリサという黒猫族には会いましたか?」
少し俯き照れたように聞いてきました。ほほう? 頷きで答えます。
「テ、テリサは元気でしたでしょうか?」
「あの猫ですか」
「猫は敵ー」
「あの猫が好きなのかよ!」
「え! はい……好きです!」
「こちらへ渡る際にシャリンの事は何も言っていませんでした」
「忘れられたんじゃなーい?」
「狐と犬の子供を傍にはべらせていたよ!」
「ええ!? オーリス様、俺はどうしたらいいのでしょう」
もしかして私に恋愛相談でしょうか、無茶振りです。
黒猫族絶滅の危機を回避することが出来るかも知れませんが……。
仕方がありません、ここは私の恋愛脳を見せてあげましょう。
『尻の臭いを嗅げ』
「オーリス様……?」
「それ犬じゃないのー?」
「猫も嗅ぐよ!」
「わかりました! ありがとうございます!」
シャリンはお礼を言って宴に混ざりに行きました。今の答えでいいのですか? 盲信し過ぎるのも問題ですね。
夜の内に蝙蝠ドライに森周辺の警戒と索敵をお願いすると、森の出口辺りに十人ほどの人間がいるようです。見張り役でしょうか、そうでしょうね。人間には超音波は聞こえませんので蝙蝠ドライの反響定位には気付いていないでしょう。
明後日に襲撃という話ですが、人間の言葉をそのまま信じるのは不安が残ります。今夜かも知れませんし、明日かも知れません。襲撃されたら撃退、もしくは教戒してもいいのですが、ここはひとつ神の威光を獣人と人間に知らしめた後に対応しましょう。
夜明け前、蝙蝠ドライから人間が集まってきていると報告がありました。現在五十人ほどで武装はしているかわからないとの事ですが、おそらくしているでしょうね。
獣人さん達を起こしすぐに出立する旨を伝え、荷物を持って集まっていただきました。集まった獣人さん全員をひとまとめにし梟ツヴァイの結界を張ります。外からの攻撃は弾き、子供達がいますので迷子防止に結界から出られないようにします。獅子ヌルを先頭にゆっくりと移動を始め、眷属達には人間を殺さないよう言い含めています。
「我らはガイア信仰教獣人討伐部隊! 神の名の下に獣人を討伐する!」
森を出ると人間達が私達を囲み、キャソックを着た中年男性が叫びます。貴方達の神は獣人を愛しているようですよ。きちんと確認した方が良いのでは?
獣人さん達は怯えるように結界中央に体を寄せ合っています。
右手を挙げ進行方向を指さし、ゆっくりと歩き始めます。獣人さん達はおずおずと戸惑いながらもついてきました。
止まらない私達に人間達が怒り顔で矢や剣戟を仕掛けてきますが全て弾かれます。攻撃をされる度に驚いていた獣人さん達ですが、その内攻撃が届かないことを知ると慣れてきたようで平然と歩き始めました。
度々休憩を入れながら、人間達の攻撃に飽きずにがんばりますねと感心しつつ歩いていると、目の前に湖が見えてきました。さて、とある昔の人間のオマージュですが神の威光を知らしめましょう。演出の為に錫杖を取り出して掲げ、湖に向かってゆっくりと振り下ろします。
『水よ』
手前から順に湖が割れ始め湖底が見え始めます。人が三人ほど並んで歩ける位に道が出来、道の両脇で水はそびえ立ち壁に阻まれるように道へは注がれてきません。
「おおおおおおお!」
「神よ!」
「これが神の御業!」
獣人さん達は驚き跪いて祈り始めます。人間は、奇跡と呟きながらも呆然として立ちすくんでいるだけです。
「さすがはオーリス様」
「パク……オマージュねー」
「オーリス様がドヤ顔だよ!」
三眷属は無視して仕上げをしましょう。
『我の召喚に応えよ。アポロン』
祭服を着たアポロンを喚び寄せます。空から虹が降り、それに乗って三体の
アポロンにカンペを渡し読ませます。
「我はガイア信仰教枢機卿アポロンである。平伏せよ」
神の御言葉は強制力がありますので、人間達には抗えず平伏し始めました。
「ガイア信仰教義において獣人差別は許すまじ行為である。汝、獣人を愛せよ。獣人ラブアンドピース。ちょ、こう言うの古いと思うぞ」
最後の文句は小声でしたが私にはしっかり聞こえましたよ。
「聖職者共の加護を解除する。新しき信仰を受け入れよ。ここで加護をはずすっと」
ト書きは読まなくても良いのです。
『跪け!』
平伏していた人間達が跪き始めます。
『我は
私の教戒と共に教典が身体に取り込まれ、新しい信仰に打ち震え祈り始めました。
『街に着くまで、獣人ラブと叫びながら歩き続けよ。行け!』
人間達は口々に獣人ラブ! 獣人ラブ! と叫びながら歩いて行きました。
「オーリス様……」
「きちくー」
「最後の締めはオーリス様っぽい」
『アポロンよ。還れ』
「えー! これだけ!? もっとこう労いの言葉とかあるだろ?」
そうですね、獣人さん達とアポロンを見比べながら言いました。
『獣人達よ。この者がガイア信仰教の悪の元締めである。石を投げるも良し、殴りかかるも良し、好きにせよ』
「ちょちょ! 待って! ねぇ、待って? 俺、獣人ラブって言ったよね? にじり寄って来ないで獣人達!」
獣人さん達が石や武器を手に、じりじりとアポロンに近づいて行きます。攻撃自体は何の痛みも与えないでしょうが、自分のあずかり知らぬ罪で責められるのは心が痛いでしょう? 獣人さん達も味わってきたのですよ。これまでこの問題を放置してきた罰でもあるのです。
たまらずアポロンは幼子天使と共に天界へ逃げ帰って行きました。
逃げ帰るアポロンを見送っていると、獣人さん達が私に跪き祈り始めました。
「オーリス様! ありがとうございます!」
「ありがとうございます! ありがとうございます!」
口々にお礼を言いながら祈りを捧げられ、手振りで立つように促し先に進み始めます。
湖底の道は柔らかく泥のようでしたが、梟ツヴァイに結界を張ってもらい道の上を歩けるようにします。最後尾の者が通ると、後を追うように水が元の湖の姿に戻って行きます。時折、魚が泳いできたり湖の獣が襲ってこようとしたりましたが、眷属達によって退治され何事もなく湖を渡りきりました。
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