第43話 人間達の理想像だからな、強いぜぇ


 獅子ヌルの全速で約一日、ノバル山脈山頂にある私の神殿に着きました。神殿前にはおしゃぶりを咥えたままのアポロンが石化しています。

 蛇女フィーアに石化を解いてもらうと、慌ててしゃがみこみ何かから隠れようとしています。


「ちょっと! ちょっと待って! アテナ姉ちゃん!」


 どうやら石化される直前の状況に怯えているようです。


「アポロンっ。アテナは帰った」


 獅子ヌルが教えるとアポロンはゆっくり立ち上がり、辺りを見回してほっとした様子でため息をつきました。


「はぁー、アテナ姉ちゃんはすぐ石化させるから面倒くさいわ。どれくらい石化してた?」


「七日くらいっ」


「それくらいで済んでよかった。前は五十年くらいほっとかれたからなぁー」


『イージス盾は正当な取引により我の物になった』


 左腕についているイージス盾をアポロンに見せながら教えてあげます。


「え!? 正当ってまた騙したんだろ? まぁアテナ姉ちゃんが持ってるより安全か。って、おい! メドゥーサってそんな可愛いかったっけ!? 紹介してくれよ!」


『紹介せん。貴様には教会を動かしてもらう。帝王国より八十メートル以上の船を接収せよ』


「ああ、わかった。どうせ断れないしな。で、飛ぶ奴?」


『海上船だ。ダリフレ商会に引き渡せ。船員とその家族もだ』


「はいはいっと。親父に直接話しすっか。親父ー、船ちょうだい。八十メートル以上な。ああ? こっちはちゃんとやってるよ! 真面目にやってるって! うっせーな、いいから渡せよ。わかったわかった、今度顔出すから。ダリフレ商会ってとこに船員と家族ごと渡して、至急。は? アルゴ船? 神船じゃねぇーか! そんなんじゃなくて、そこで造ったやつでいいって。よろしくー」


 どうやらこの場で帝王ゼウスと話を付けているようです。話を聞いていますとアルゴ船を渡そうとしているようですが、ゼウスは親馬鹿だったでしょうかね。ともかく話は付いたようです。


「くれるってよ。はぁー、今度姉ちゃんと一緒に顔出さなきゃならんわ、面倒くさ」


『では行く。ここで待機せよ』


「ちょ、ちょっと! 俺も連れてってくれよ、ここ退屈なんだよ」


『帝王国帝都に行くのだぞ』


「あー、親父んとこか。まぁいいや。行こうぜ、ついでに魔王も親父に顔出せよ」


『ふむ、いいだろう。ついて来い』


 獅子ヌルに乗り帝都へと飛び立ち、アポロンも横を飛んで付いて来ています。

 再び一日をかけて飛んでダリフレ商会に着き、フレイザー侯爵の配下の者に船の手配完了を伝えると、すでに帝王城から連絡が来ており本日受け渡し予定であるとの事でした。

 そしてそのままアポロンと帝王城へ行き、帝王との謁見を申し込みます。即日許可が下り謁見の間ではなく私室に通されました。


 帝王の私室に入ると目の前のソファーには、酒を飲みながらこちらを睨む男性型の神が一柱おりました。

 その者は大柄で腕から筋肉が主張して盛り出ています。神は金髪で短髪、眼はアポロンと同じ緑眼、髭も傷もはありませんが野盗あたりの首領と言われても違和感の無い悪人顔でした。


「よおー親父。顔出したぜ」


 アポロンが軽口で話しかけ、目の前のソファーに座ります。


「何だお前その口は? おしゃぶりか? アルテミスはどうした? 一緒に来いと言っただろ」


 その者の声は低く、酒焼けでしょうかガラガラ声でありながら威圧感のある物です。


「あー、これな、良い具合だぜ。親父もいっとけ。姉ちゃんは……どうしたっけ?」


 アポロンがあらたなおしゃぶりを出してゼウスに咥えさせ、私に向かって聞いてきます。アルテミスの現状を話していませんでしたね。


『消滅させた』


「おお!? まじで? なら今また造ってるとこかー」


「もごもご……ふむ、いいなコレ。で、兄様が消滅させたのか? アレを?」


『我の元に居る者だ』


「なるほど、あやつか。それで? 兄様は何しに来た? 後ろに居る者は眷属か、前に見たな」


「いやいや、ちょっと待って! 兄様って何? 魔王がハデス伯父? それともポセイドン伯父?」


 私とゼウスのやり取りに、アポロンが驚愕したように二人を交互に見ながら聞いてきました。


「なんだ知らずに連れてきたのか? どうやら今は本来のあるべき姿に戻りつつあるようだがな、ハデス兄様だ」


「え、えー!? 冥府で俺を暗闇に閉じ込めて脅かしたり、びとの気持ちを知れって墓の下に埋めたり、帰る時にオルフェの道で振り向かせようとあの手この手で画策したり……」


『小さいお前を遊んでやったな』


「あれは遊びじゃねぇよ! 未だに心的障害トラウマだよ! くっそー、最初から敵うはずがなかったのか」


「なんだ兄様に挑んだのか。それだけでも大した物だぞ、息子よ」


「即殺だよ! 真名取られたよ! 姉ちゃんも!」


「ククク、太母ガイアには黙っといてやろう。知ってると思うがな、ククク」


 アポロンは心底悔しそうに私を睨んでいます。ゼウスは楽しそうに笑って、すぐに真剣な顔になって私に聞いてきます。おしゃぶりを咥えながらですのでサマになっていませんけれど。


「兄様、太母ガイアに挑むのか?」


『挑むのではない。折檻だ』


「そう、か。太母ガイアは焦っていたからなぁ、ここに追いやられて信仰ゼロだろ? 信仰を興すのにいろいろ無茶したしな。俺でさえやり過ぎだって思うとこあるわ」


『無茶とは何だ』


「ここってよ、いま大陸が四つしかねぇだろ? 俺らが来た時は十以上あったんだわ。で、太母ガイアに背く者達を大陸ごと沈めた、あと俺が帝王だろ? 太母ガイアの指示でな。人間のまつりごとの頂点に神がいるっておかしいだろ? そこら辺が原因で折檻するんだろ?」


『そんな事は知らぬ。気に食わぬだけだ』


「あちゃー親父、言わんでいいこと言ったんじゃねぇの?」


「オーマイゴッド! 俺が神か。太母ガイアには俺が言ったって言わないでくれよ」


『知らぬ。それより聖皇国のあらひとがみの事を話せ』


「おう、アレな。やばいなアレ。気を抜くと俺も殺られそうだわ」


『本物か?』


「本物も本物。俺らとは系統が違うが人間達の純粋な思いが生み出したモノだな」


「人間の思い……?」


「おう、人間達の理想像だからな、強いぜぇ。神はこうあるべき、神は最強であるという思いだからな。人間と同じように勢力を広げてきた俺らとは造りが違うわ」


 感心するようにゼウスが言い、アポロンはピンと来ていない様子です。


「で、兄様はあらひとがみをどうするつもりだ?」


『敵対するのならば排除する。貴様らもだ』


「ククク、いいぜぇ。俺は兄様に敵対だ!」


「ちょっ! 親父! 俺と姉ちゃんは真名取られてんだけど!」


 座ったままのゼウスはおしゃぶりを吐き出して獰猛な野獣の目になり、こちらを睨みながら右腕を払うと、その手にどっしょのような物が現れ雷を纏わせていました。ゼウス最強の武器、らいていケラウノスですね。バチバチと鳴り続ける雷はいつでもこちらを撃つ準備が出来ているようです。それを放つと世界を熔解させるのではなかったでしたっけ?

 獅子ヌルが守るように私の前に立ちますが、横にずれてもらいイージスの盾を展開しゼウスの出方を見ます。ケラウノスの一撃を防ぐことが出来るのはこのイージスの盾しかありません。


「おう、なんだ兄様。ソレ、持ってたのかよ。一撃で殺ってやろうと思ったのによ」


「親父、ここでそれ放ったら俺も消滅すると思うんだけど」


「まぁ、今は良いわ。何かよ、人間共が画策して聖皇国とやらかそうとしてるみたいだからよ。そっちに乗っかってやろうと思ってな」


 ええ、画策しているのは私達ですね。頑張ってお互い致命傷を負って下さいね。

 ケラウノスを戻し酒をあおりながらゼウスが言います。


「俺と現人神との共倒れ狙ってるだろ? 昔から姑息だよなぁ。真っ当に戦えば何者も寄せ付けない強さなのによ。俺が現人神を殺ったら少しは真面目に相手してくれよな」


 ああ、心の中で三眷属の声が聞こえます。それフラグだよ! と。


『貴様の冥福を祈る』


「おいおい、俺が消滅するような言い方だな? まぁ、見てろって」


 世界フラグ協会の強制力は神でさえどうしようもない事があります。それに抗うことが出来るでしょうか、出来ると良いですね。


「で? 息子よ。船は何に使うんだ?」


「あー、魔王……ハデス伯父が欲しいって言うから」


『獣人達をロムダレン国へ渡航させる』


「あの者達か。教会では獣人を卑しい者として差別してるようだな? 太母ガイアや俺らはそんな事ひとことも言ってねぇのによ。むしろ獣人ラブだっての。人間の勝手な都合で信仰をねじ曲げやがってよ」


『放っておくお前らも悪い』


「確かにな。よし息子よ、神託せいや。汝獣人を愛せよ、とな」


「それパクリ……」


「うるせぇ! オマージュだよ、やっとけ!」


 ゼウスとの顔合わせを終えダリフレ商会に行きます。アポロンはゼウスからいろいろと説教を受けていますので置いていきます。

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