第41話 オーリス様! ポセイドンです!
深夜に王都で糧を得、翌日早朝、フレイザー侯爵の使いの者から割り符と紹介状を預かり獣人さんの村へ向かいます。獣の姿になった獅子ヌルに三眷属を抱えながら跨がり、森の上を飛んで移動します。さすが獅子ヌル速いですね、と褒めるとさらに速度が上がりました。
その日の昼前には獣人さんの村へ到着し、皆に獅子ヌルと蛇女フィーアを紹介します。
「オーリス様。よく来たにゃ、ゆっくりして行くにゃ。三馬鹿はここで役目はないにゃ、さぁ帰るにゃ」
「おや? 猫がまだ存在しています」
「ここは通り過ぎるだけー」
「ここに用はないんだよ! ばか猫!」
黒猫族のテリサさんと三眷属がまたじゃれ合っています。本当に仲が良くなって嬉しいですね。
「ヌルは同じ種族系にゃ、仲良くするにゃ!」
「よろしくっ! 後で毛繕いしよう?」
獅子ヌルとも仲良くやって行けそうです。うんうんと眺めていると黒猫族族長のブラドさんが来られ跪きました。
「オーリス様。お帰りなさいませ。この村はもうオーリス様の家、どうぞお寛ぎ下さい」
“皆さん、お元気そうで何よりです。困った事はありませんか?”
「皆、楽しくやっております。オーリス様のおかげです」
ゆっくり話をする為、村の皆が建てて下さった私の家に入り、それぞれ好きなところへ座ります。お約束のように蝙蝠ドライが私の膝に座ろうとしましたが獅子ヌルが排除してくれました。
“ブラドさん、私達はここから帝王国へ向かいます。帝王国と聖皇国が戦争になりそうですので、獣人の移動を早めたいと思っています”
「そうですか、戦争に……。しかしわざわざオーリス様がそのような事をされなくとも!」
“私がやりたいのです。お任せ下さい。もちろん強制的に連れてくるわけではなく、希望者のみです”
「ありがとうございます、ありがとうございます」
ブラドさんは何度も頭を下げお礼を言ってくださいます。ブラドさんに帝王国へ渡った獣人さんの居場所と代表者を教えていただき頭に入れておきます。後は向こうへ渡るだけですね。
「気になってたけど、オーリス様は猫族になりたいのかにゃ?」
テリサさんが私の頭を見ながら言いますが、なるほど猫耳をはずし忘れていました。
“ヴォルブ王陛下が王命獣人になろう、と言う布令を出しまして、これから獣人達が王都に来られるようになっても民達が違和感の無いように、少しでも先に慣れさせようとの事です。今、王都民は全員何らかの獣耳をつけています。もちろん陛下もですよ”
「そ、そこまで王は俺たちの事を考えてくださっていると! ありがとうございます」
ブラドさんは涙ぐみながら再度お礼を言い続けています。
「なんでオーリス様は猫を選んだにゃ?」
“猫が好きですからね”
「にゃー!? あたしが好きなのにゃ?」
「オーリス様、このばか猫を埋めてよろしいですか?」
「“いいですよ”」
「よし、埋めよう!」
こらこら梟ツヴァイ、私の真似して筆談するのではありません。埋めてはいけません。
「あらー? オーリス様は狐を選んでくださらなかったのですねぇ、しくしく」
狐獣人のお姉さんがしなを作りながら迫ってきます。
“フレイザー侯爵が狐耳でしたよ”
「まぁ! あのお方が、ふぅーん。ふふ」
“そう言えば以前の宴で、狐獣人のお姉さんの事を美人だと言っておられましたね”
「んまぁ! なんてこと! でも私にはオーリス様が、でもあの渋いお方も……」
妄想に入ったようですので放っておきましょう。
玄関の扉がノックされ、獅子ヌルが開けると犬獣人のお兄さんが入って来られました。
「オーリス様、庭に獣達が集まっております」
そう教えてくださり、庭に出てみると信徒の獣達が集まっていました。それぞれ写本を与えたのでしょう、以前教戒した倍の数ほどの獣達です。その先頭に兎と犬の獣がいました。
“わざわざ来てくれたのですね。ありがとうございます。村を守ってくれて助かります”
そう言って撫でると二匹は嬉しそうな声で鳴き、後ろに並んでいた獣達が果物や野菜などを私の足元に置いていきます。貢ぎ物ですね、ありがとうございます。
二匹を撫で続けていると獅子ヌルが私を呼びます。
「オーリス、この木像……加護が付いてるっ!」
庭にある木像を見ると背から一対の白い翼が出てきており、確かに私の加護が付いていました。
「おう、オーリス様。毎日みんなで木像に祈ってたらよぉ、なんか羽が生えてきたわ。さすがオーリス様だなぁ」
岩人さんがそう言いながら寄ってきて木像を見上げます。この木像に祈ることによって新たな信仰が生まれていますね。ここが新しい信仰の聖地となるのでしょうか、そうでしょうね。
この木像をどうしようか考えていると、森の獣達が木像の周りで頭を上下に振りながら祈りを捧げているようにゆっくりと回り始めました。そこに村の獣人さん達も加わり回り始めます。やがて回り始めた者達から白い靄のような物が身体から溢れ出て、木像へと吸収されていきました。
木像が光り始め、回っていた者達はその場で止まり跪き手を合わせ祈ります。木像からの光が祈る者達に降り注ぎ身体に取り込まれていきます。皆、恍惚とした表情で法悦状態になったような様子に見えます。
口々に、気持ちいい! はぁ、オーリス様ぁ! オーリス様と一体になったにゃ! などと言って踊り始め、楽器を手にし奏でる者達も出始めました。
「猫もトランスしてます」
「あたしもトランス状態なりたーい」
「オーリス教が発足した! 主が願いを聞いてくれた!」
「オーリスっ、これはもう止められない気がする」
ええ、私もそう思います。獅子ヌルの言葉に同意しながら、放っておくしかないでしょうねと諦めます。それと主が願いを聞いて下さったわけではありませんよ。
獣人さん達はその場に残して私達は帝王国へ向かいましょうね。またお目にかかりましょうと書き置きをして、再び獅子ヌルに乗せてもらい帝王国を目指します。
ロムダレン国と帝王国エランの両大陸はそれほど離れているわけでもなく、この世界の船で三日から四日で着く距離で、獅子ヌルならば二時間ほどで到着するでしょう。獣人さんの村港から真っ直ぐ南に向かいます。興味のあった海の獣が見られないものかと、獅子ヌルに海面近くを飛んでもらっていますと、海面に十人乗りの船が入りそうな穴が開いていました。ブルーホールのようですが、穴は真っ黒で海水は円柱状に避けており、そのまま中へ入って行けそうです。
獅子ヌルに止まってもらい穴をじっと見ていると、穴の半分ほどもある大きな手が飛び出してきて、来い来いと手招きをしているようです。蛇女フィーアが何かに気付いたようで私に告げます。
「オーリス様、多分悪い事にはならないと思います。出来れば穴の中に招待されて欲しいです」
ふむ、あの手からは嫌な雰囲気を感じるのですが、蛇女フィーアが言うのならば行かねばなりませんね。獅子ヌルに穴に飛び込むよう伝え、ゆっくりと下へと降りていきます。
五分ほど降りた頃、何か膜のような物を突き破る感覚がありました。ああ、空間を超えた感覚ですね。どこかの神の仕業でしょうか、そうでしょうね。
その空間は蒼くいくつか神殿のような建物がありますがどれも巨大で、神殿前にある椅子、テーブルも巨大な物です。椅子の脚と脚の間は十人の人間が手を広げて届く位の大きさです。
獅子ヌルにテーブルの上まで運んでもらい着地します。
対面の椅子に巨大な人型の何かが座っていました。ああ、こいつは……。
「オーリス様! ポセイドンです!」
「喰っちゃうぞー」
「ポセイ丼!」
そのポセイドンの姿がだんだんと小さくなり、私達と変わらない大きさにまでなると同じようにテーブルの上に着地してきました。私と獅子ヌルは警戒態勢をとり、蛇女フィーアを向ける格好も取ります。
人間のイメージでは白く美しい髪と髭をたずさえ三叉の矛を持ち、海を穢す人間に激しく怒り、時には海の放浪者を助ける優しさを持つような神だと思いますが、目の前のソレは髪と髭は白いのですが、前をはだけたアロハシャツに海パン、サングラスをしビーチサンダルを履き、片手にブルーハワイのようなカクテルを手に持ったお爺ちゃんでした。そのカクテルに三叉の矛らしきものが刺さっています。
「ふほほ、兄者! 元気じゃったか? ククク、冥界の兄者に元気かとは皮肉!ギャハハ」
“なぜここに?”
「ああ、ここは海洋界じゃからしゃべっても平気平気。それとさっきのポセイ丼、ククク、サイコー! ギャハハハ」
膝を叩き本気笑いをしているようです。ポセイ丼でそこまで笑えるとは、よほど笑いに飢えているようです。
「オーリス様ここは……」
「あたし達にとって」
「天国……?」
『我を何故ここに招いた』
「うむ、今はどうやら敵対しているようじゃがの、お礼言っとこうと思っての。メドゥーサを救ってくれてありがとう、兄者」
「ポーちゃん……」
蛇女フィーアの目から涙が溢れてきます。しかし、ポーちゃん?
「アテナによって
腕から蛇女フィーアをはずしポセイドンに渡します。彼はそっと受け取り優しく顔を撫でています。ふむ、ポセイドンは石化しないのですね。
『蛇女フィーアよ、貴様を我から解放しここで過ごす事も出来るぞ』
「いいえ! フィーはオーリス様と行きます! ポーちゃんごめんね……」
「よいよい、海がある限りいつでも会えるのじゃ。うちの奥さん怖いしのぉ」
本当に性に節操の無い種族です。どうしてこうなってしまったのでしょう。ポセイドンは蛇女フィーアを私にそっと返します。また私の左腕に収まりニコッと可愛い笑顔を見せてくれました。
「兄者、帝王国と人間が名付けた所へいくんじゃろ?
酒と女に溺れさせている謀をミージン王女から聞きましたね。そうですか、帝王はゼウスでしたか。人間に紛れて何をしているのでしょうね。
『貴様はここで静観か?』
「うん、そう。もう争いごとは面倒じゃわ。ワシらの種族はみんな争いと異性にしか興味ないからのう。メドゥーサが居なくなってワシ気付いた。ワシは阿呆じゃと。ワシはなんも残しとらん。ただ力があるだけで人間はワシを崇める。その事に調子に乗っておったのじゃな、何も成し遂げておらん」
「ポーちゃん……」
「兄者は別の世界で信仰を統一させた。ワシらを排除してな。それがどんなにすごい事か、今更わかったわ」
『もう貴様の兄ではないぞ』
「うん。今はワシの兄者ではないかもしれんが、兄者がどの時代、どの世界のどんな神であろうと魔王であろうと、ずっとワシの兄者じゃよ。勝手に思っとるだけじゃ、それくらい好きにさせいや」
「つまりポセイドンは……」
「あたしらの弟でもあるのねー」
「おう! 鯛や平目の踊りを見せい!」
「三馬鹿っ! 見てて恥ずかしい」
「フハハハ! 兄者は面白い眷属をもっとるのぉ。ここは竜宮城とやらじゃないぞう」
獅子ヌルよ、君も最近その仲間入りで四馬鹿になりつつありますよ。
ポセイドンが孫を可愛がるかのように四体の眷属達の頭を撫でます。眷属達は嫌そうな顔をしながらもそれを払おうとせずじっと受け入れています。
「兄者はここでまた同じ事をするのかのぉ。ワシらを排除し信仰の統一を」
『貴様らを排除したのは敵対してきたからこそである』
「
「ポーちゃんは……?」
蛇女フィーアが心配そうな声を出してポセイドンを見つめています。
「ワシは何もせんよ。静観じゃ。ここで余生を過ごすわい。いや、これだけはしておかねばならんのう。兄者、忘れ物じゃ」
余生って、寿命ないでしょう? ポセイドンが私に出してきた物は
「オーリスっ、林檎と同じ?」
獅子ヌルが私と無花果を見ながら聞いてきました。頷き肯定します。
「美味しそうですね、オーリス様」
「あたし達はー?」
「なんかくれよ! ドンちゃん!」
「ふほほほ! ドンちゃんとな。よしよし、これをやろう。決して開けてはならぬぞ」
「これは……」
「たまてばこー」
「早速、開梱して悔恨しよう!」
ポセイドンが渡した小さな箱を、三眷属は開けて覗き込みます。中にはエルピスと書かれた紙が一枚入っていました。
「エルピス。希望ですね」
「パンドラの方だったー」
「裏になんか書いてある」
紙の裏には「毎月お酒を送って欲しい」「たまにメドゥーサと会いたい」「面白い話を聞かせて欲しい」と書かれてありました。
「これはポセイドンの……」
「えー? まさかこれってー」
「希望って、ドンちゃんの希望かよ!」
まさしくポセイドンの望みが書かれてありました。ポセイドンはテヘッと舌を出しています。可愛くないですよ。
「メドゥーサにはこれを渡しておくわい」
そうポセイドンが言いつつ、自分がかけていたサングラスを蛇女フィーアにかけてあげます。サングラスは彼女の顔のサイズに合わせて小さくなっていきました。
「これをかけておけば無闇に石化させる事はないじゃろう」
なるほど、石化を抑える為の物ですね。
「ありがとうポーちゃん!」
蛇女フィーアは嬉しそうに応えていました。うむうむ、と微笑ましそうにポセイドンは眺めていました。
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