第40話 私は唇をいただきましょう
ヴォルブ様への魔王としての力の使い方は今後エレストルに任せるとして、皆で貴賓室へと戻りました。またもや侍女さんとエレストルが目で会話をしています。私も目と目で通じ合う仲になりたい物です。
フレイザー侯爵から拝謁願が来ていましたので、早速侍女さんに今からでも良いか伺ってきて貰うようにしました。
しばらく待つと侍女さんと共にフレイザー侯爵とレイチェル侯爵夫人が入室されました。
「オーリス様、ミージン王女殿下ご無事で何よりです」
お二人が跪き挨拶をされます。今日はフレイザー侯爵は濃い緑色の服に狐耳を、侯爵夫人は蜂でしょうか、その触角と半透明な羽に淡いオレンジ色の服を着ておられますね。王命獣人になろう、はもうすでに何でもありのようです。
“フレイザー侯爵にはいろいろと手配をしていただきありがとうございました。侯爵夫人、お役目ご苦労様でした”
ミージン王女が、お役目? と不思議そうにしていらっしゃいますが敢えてスルーし、お二人に獅子ヌルと蛇女フィーアを紹介します。蛇女フィーアには目を閉じさせています。
“私の眷属の獅子ヌルと蛇女フィーアです”
「よろしくっ。フレイザー達は見ていたから知ってるわ。オーリスの羽ね」
「フィーはフィーアです。よろしくお願いします!」
「はっ。ヌル様、フィーア様よろしくお願い致します」
「まぁまぁ、可愛らしい方達ですね。フレイザーの妻のレイチェルです。よろしくお願いします」
四人が挨拶を交わし、ミージン王女が、羽? とまたもや不思議そうにしていらっしゃいますがスルーし、エレストルを紹介します。口止めを忘れていましたね。
“こちらは魔王エレストルです。しばらくミージン王女の護衛につきます”
「な! 失礼致しました! ダリオン・フレイザーで御座います」
「ご挨拶が遅れ大変申しわけありません。フレイザーの妻のレイチェルです」
お二人はエレストルに跪き頭を垂れます。
「気にしなくて良いのよ。オーリス様の妻のエレストルよ。しばらくの間よろしくお願いするわね、オーリス様の羽達」
お二人は、妻!? と顔を上げ驚き、私を見ます。私は頭を振りながら否定し、エレストルに訂正しなさいと視線を移します。
「あ、あら。少し間違えてしまいましたね。オーリス様は私の大事なお方です」
「エレストル様……」
「二回やるとさすがにねー」
「アウトー!」
君達はよく魔王にダメ出し出来ますね。
「しかし魔王様が王女殿下の護衛とは、恐れ多いですが……よろしいのですか? オーリス様」
フレイザー侯爵が恐縮そうに聞いてきます。
“冥府で暇そうでしたからいいのですよ”
エレストルが暇ではないのですよ、本を作ったり読んだり、などと言っていますが、物書きの趣味があったのですね。知りませんでした。今度読ませていただきましょう。
“フレイザー侯爵。ヴォルブ様が魔王に覚醒されました。この度の戦争は一方的な物になるかもしれませんね”
「陛下が魔王様に! それは心強いですね。先ほどの城の揺れは陛下の?」
“ええ、溢れてくる力を試したようです”
「ヴォルブ魔王様はお強そうです」
「魔王デビュー」
「魔王新人賞間違いなし!」
「私もデビューの年は新人賞、嗜虐賞、蹂躙賞総なめだったわね」
エレストルが三眷属に乗っかって話をします。
「なんと! 魔王様方にそんな授賞式の様な物があるとは!」
フレイザー侯爵はびっくりして興味深そうにしています。
“ありませんよ”
そ、そうですか……と授賞式を見たかった様な素振りで肩を落とされました。
「オーリス様!」
「なければ作れば良いのよー」
「最優秀眷属賞は僕!」
「あんた達はお笑い大賞っ」
「ヌル様……」
「ばんざーい」
「無しよ!」
変なポーズを付けている四馬鹿は放っておいてフレイザー侯爵との話を進めましょう。
“ノバル王国との戦争ですが、駄目だと言っても飛び出していきそうな方がいらっしゃいますので、エレストルに護衛を頼んだのです”
ミージン王女が私を睨み、心外だと言うようなお顔をされています。
「なるほど、さすがはオーリス様。私は戦争へは出向けませんから、どうするか正にご相談に上がったのです」
「わたくしがそんなに戦争好きに見えますか?」
「はい」
「はい」
「はい」
「くっ、この三馬鹿はまたしても……。しかし今回の戦争はオーリス様に御許可をいただきました! もちろん父上にも許可をいただきますわ!」
嬉しそうにミージン王女がおっしゃいます。まぁ今回は戦争とは言えエレストルがついていますから、ヴォルブ様は渋々ながらも許可を出すことでしょう。
“エレストルの指示に従うこと、と条件を付けさせて頂きました”
「そうでしたか。エレストル魔王様がいらっしゃれば安全でしょう」
「そうね、羽達は王女が心配よね。任せなさいな」
「はっ! 王女殿下をよろしくお願い致します!」
「よろしくお願い致します」
フレイザー侯爵と侯爵夫人は揃ってエレストルに頭を下げます。
「先ほどもおっしゃいましたが、羽とは何なのですの?」
ミージン王女が聞いてきます。
“配下の事を手足と例える事がありますが、ミージン王女の眷属ですのでそれは違うと思いました。いろいろと一緒に動いて頂きますので羽に例えております”
「そうでしたの。美しい例えですわ」
うん、と頷いて感心していらっしゃいます。ご納得頂いたようでよかったですね。
「ふむふむ、私はオーリス様の右腕ですね」
「あたしはキュートなおしりー」
「僕は股間!」
「わたしは心っ」
「フィーは左腕にいるので左腕です!」
眷属達が馬鹿な事を言っているとエレストルも話に乗ります。
「では、私は唇をいただきましょう。チュッ」
と言いつつ、私にキスをしました。合わせるだけの挨拶のようなキスです。頂くとかそういう話でしたでしょうかね。ミージン王女は眼を見開き驚いていらっしゃいます。
「エレストル様!?」
「あああー! あたしもー!」
「じゃあ、僕は股間にすればいいんだね!」
寄ってくる眷属達を振り払い、フレイザー侯爵に話しかけます。
“フレイザー侯爵、帝王国に動いてくださる者はおりますか? それと船はありますか?”
「商人に扮した配下の者がおります。商品輸出入の為の船を持たせております」
“その者は私の為に動いて貰えるでしょうか?”
「もちろんで御座います。後ほど連絡手段をお教え致します。割り符がありますのでお持ちします」
“では、その商人さんにもトランシーバーを渡しておきましょう。フレイザー侯爵が連絡を取りやすくなることでしょう”
「おお! お気遣いありがとうございます!」
その後、戦後の事、聖皇国の情報などを話し合い、フレイザー侯爵と侯爵夫人、ミージン王女は貴賓室を退室されました。エレストルも王女護衛の為一緒に退出しました。
侍女さんにお茶を淹れ直して貰い、マリスさんへの面会願を出して貰います。
「オーリス様。宰相閣下はただ今、ミレガン侯爵領へ視察に出ておりますので不在で御座います」
侍女さんが申し訳なさそうに言います。そうでしたか、お仕事頑張って下さいマリスさん。
しばらくすると黒騎士さんお二人が入室され、再会の挨拶を交わします。そのままお二人は私の護衛に付かれました。
“黒騎士さん、侍女さん。写本はもうどなたかにお渡ししましたか?”
「はっ。まずは黒騎士隊をと思いまして隊の者に渡しました」
「侍女室から広めたいと思いまして、そこの者に渡しました」
黒騎士さん、侍女さんがそれぞれお答え下さいました。マリスさんや黒騎士さん、侍女さん達を教戒してひと月ほど経ちます。教戒した者は三日ほどで食事、睡眠を必要としなくなり、ひと月ほどで取り込んだ教典の写本を別の者に渡し信徒とする事が出来るようになります。一人につき一冊の写本です。一冊の写本を渡した後はもう写本を出すことは出来ません。
写本を渡された者はそれを教典とし、またひと月ほどで写本を別の者に渡す、という繰り返しで信徒が増えていく仕組みになります。少しずつひと月ごとに信徒が勝手に増えて行くわけですね。他の神の加護などを受けていない限り、強制的に写本を渡せますので増え続ける一方となります。
「平和的侵略開始ですね!」
「ここではやりたい放題ー」
「前はマルチだネズミ講だと弾劾されたからね!」
「あんた達だけ喚ばれてっ、わたしはそのこと知らないし!」
獅子ヌルが拗ね気味ですのでそっと頭を撫でて落ちつかせます。むーっと言いつつ睨みながらも落ちついてきたようです。
“明日獣人の村へ行き、村の近くの海から帝王国へ向かいましょう”
眷属達にそう伝え、今回も黒騎士さん達には遠慮して貰います。ヴォルブ様には侍女さんからその予定を伝えて貰う事にしました。
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