第39話 貴様は魔王ヴォルブ


 三日ほどお風呂を堪能したり、冥府を見て回ったりしているとトランシーバーに通信がありました。フレイザー侯爵です。


≪オーリス様。こちらフレイザーで御座います。いらっしゃいますでしょうか?≫


 よく考えると冥府では問題ないのですが、地上で私は筆談ですのでどうやって通信しましょうかね。


『オーリスである』


≪ご挨拶は省略させていただきます。今はどちらにいらっしゃいますでしょうか?≫


『冥府である』


≪なんと! さすがはオーリス様で御座います。早速ですが、アルブ殿下が身罷られました≫


『うむ』


≪ヴォルブ陛下はアルブ殿下を害したノバル王国に大変お怒りです。ノバル王陛下と謁見の最中に近衛によって弑されましたのでノバル王国の咎は明白。王国との国交を即日断絶。国境に先遣隊として兵五百人を送る準備を、諜報から工作員を派遣予定。王都では戦争準備に入っております。賢王と呼ばれる陛下のお姿はありません≫


 殿下に手をかけた近衛は侯爵に諭されたか配下の者でしょうね。そしてヴォルブ様、怒り狂っておられますか。自力で魔王覚醒までされるかもしれませんね。


『公国の動きはどうなっておる』


≪公国側にはまだアルブ殿下が身罷られた情報は入っていないと思われます。ただオーリス様が成されたアルテミスの矢作戦により、公国はロムダレンと同盟を組むと思われます≫


『ノバル王国の後ろにはトリストロイト聖皇国がおる』


≪はっ! 影よりオーリス様から齎された情報として聞いております≫


『帝王国エランに聖皇国との戦争を始めさせよ』


≪はっ。先日、帝王国に国教が定まりました。聖皇国は神敵として一週間以内に宣戦布告させる予定であります≫


 相変わらず仕事が速いですね、フレイザー侯爵。教会から手を引き敵対する立場にしていく予定の中で、まだ彼の影響力が残っている内にと思いましたが、本当に優秀です。聖皇国は帝王国との戦争に集中して貰って、ノバル王国に手を貸せないようにしましょう。


 現人神は出て来るとして、ガイアがどう動くか……。人間に乗せられた形としての戦争ですが、この機会を逃すとは思えませんね。総力戦を仕掛けるのならば最終戦争が起こりそうです。帝王国帝都がメギドの丘になりかねませんね。

 私は帝王国へ向かった方がいいでしょう。ノバル王国との戦争に加担すると一方的虐殺になりそうです。それはそれで構わないのですが、ヴォルブ様の戦争です。分を超えてはなりませんね。


『ロムダレン国へ戻る。そののち、帝王国へ赴く』


≪畏まりました。ご帰還をお待ちしております≫


 横で聞いていたミージン王女の顔がニヤリニヤリと締まりがなく、剣の柄を何度も握り直し興奮状態のようです。王女が戦場に立つなど許されませんよ。

 しかしこのお方は勝手に飛び出していくかも知れませんね。護衛を付けておきましょう。


『エレストルよ、ミージン王女の護衛を命ず』


「畏まりました」


「なっ! 要りませんわ!」


 いえ、エレストル魔王様を要らないという訳ではなく、と小さい声で誤魔化しながら私に抗議してきます。


『王女よ、勝手に飛び出して死なれては困る。目付ではない。護衛だ。戦場に行くつもりであろう? エレストルを連れていけ』


「行ってもいいのですの?」


『エレストルの指示に従え。従うならば良きに計らえ』


「ええ! ええ! もちろんですわ! エレストル魔王様よろしくお願い致します」


「はい、よろしくされました。がんばって人間を殺しましょうね」


 クフフフと笑うミージン王女は口元が笑いで歪み、瞳が金色になって身体が震えるのを抑えきれないようです。武者震いという物でしょうかね。


「オーリス様。私達は帝王国ですね?」

「じゅうりん、じゅうりんー」

「いよいよ僕の大陸破滅パンチを見せる時が来た!」


「あんたいつも言うけど、パンチひょろひょろじゃないっ」

「フィーの蛇さんで人間も神も石にします!」


 蛇女フィーアの石化は有能ですね。なんだか彼女が一番役に立ってくれそうです。


『エレストルよ。ロムダレン国、王城前へオルフェの道を開け』


 そう告げると畏まりましたと言い、両手の平を開きながら真っ直ぐ腕を伸ばします。やがて手の平に光が集まりその正面に照射され一本の長い道が造られました。


「皆様、この道をお進み下さい。王城前までの直通です。ただし出口まで決して振り返ってはなりませんよ」


 ニヤリと笑いながらエレストルは皆に告げます。そんな事を言うと三眷属が心配です。エレストルは三眷属を見ながら言いましたから、彼らの性格を把握した上で言ったのでしょう。案の定、梟ツヴァイと蝙蝠ドライはこれはお約束だねー、お約束だよね! と言い合っています。確かにオルフェウスに習ってオルフェの道と呼んでいますけれどね。


 道の先頭をエレストルに任せ、順に孔雀アインス、梟ツヴァイ、蝙蝠ドライ、ミージン王女、私、獅子ヌルと続きます。ミージン王女も好奇心旺盛のようですので、振り向こうとしたら私が頭を掴んででも前を向かせ続けようという狙いです。早速、三眷属達が騒ぎ始めたようです。


「周りの景色が無いとどれほど歩いたのかわかりませんね」

「アインス! アインスー!」

「大変だアインス!」


「その手には乗りません。振り向かせようと言う魂胆ですね」

「オーリス様がすっごい、いい笑顔してるー」

「こんなオーリス様見たことないよ!」


 えっ! それは見たいと言いつつアインスは振り向いてしまいます。途端、アインスの身体が足元から消滅していきます。


「あああー! ひどい!」

「だまされたー」

「ばーかばーか!」


 しょうがない子達ですね。しかしなぜエレストルまで消滅しようとしているのですか。


「オーリス様のすっごい、いい笑顔が見たかっ……た。ガク」


 ガクは口で言う物ではありませんよ。二体はゆっくりと消滅して行きました。ミージン王女は振り向こうとした時に私が抑えました。


『出でよ! 孔雀アインス』


 その場に、行く先を見据えさせたまま召喚します。眷属達の存在は私に連なっておりますので、私が存在している限り眷属達が無に還る事はありません。前の世界で私は死んでいるのですが、それなのになぜ眷属達がまだ存在しているのか、という理由は樹人達のおかげで分かりました。


「実力行使に移ります!」

「えー? なになにー」

「やってみろ!」


 孔雀アインスは前を向いたまま後ろ歩きを始め、梟ツヴァイの後ろへ回って頭を掴み強引に後ろを向かせ、消滅させました。その後、蝙蝠ドライの後ろへも回り身体をくすぐり始めます。ぎゃははははと笑いながら蝙蝠ドライは耐えきれず頭を振り暴れ始めます。手を振り切ろうと身体ごと後ろを向いてしまったのでしょう。足元から消滅し始めました。

 二体を召喚しなおし、騒いでいる三眷属を見ていると後ろからエレストルが追い付いてきました。


「お待たせしました。オーリス様」


 彼女は何事も無かったかのように挨拶し、横を通り過ぎて先頭に立つと歩き始めました。



 三眷属がじゃれ合いながら消滅、召喚を繰り返し時折エレストルも消滅しながら二十分ほど歩いて進んで行くと出口が見え、そこを抜けると城門前に出ました。王命獣人になろう、に従い獣耳と尻尾を付け、門番さんの方へ向かいます。獅子ヌルは自前の耳と尻尾を現出させ、蛇女フィーアは髪がすでに蛇ですのでそのままでいいでしょう。エレストルは、私はあなたを狙う女豹ですから! と強く言いつつ豹耳と尻尾を自作で付けました。

 突然現れた私達に門番さん達がびっくりされましたが、挨拶を交わし城内へ入り貴賓室へと入りました。猫耳ミージン王女も一緒に入室されます。


 貴賓室には侍女さんが待機しており、なにやらエレストルと目で会話をしているようです。頷き合っています。

 もう一人の侍女さんにヴォルブ様との謁見願を頼み、久し振りに侍女さんのお茶を堪能します。フレイザー侯爵には王女がトランシーバーで帰還を報告済みです。

 二杯目のお茶を飲む間もなく謁見の許可が下り、王の執務室へ向かいました。


「よう、オーリス、戻ったな。ミージンも良く無事で戻った。話は聞いているか?」


 穏やかな様子でこちらを気遣って下さって笑顔を浮かべておられます。お怒りと聞いていたのですが怒りが激しすぎると、このような状態になるのかも知れませんね。


“はい、アルブ殿下の事、王国との国交断絶、戦争準備、フレイザー侯爵より伺いました”


「父上、旅先より戻りました。兄上の事は残念です。父上! 今すぐノバル王国へ鉄槌を下しましょう!」


「うむ、まずはオーリスから話をしよう。ミージン待っていろ」


 ヴォルブ様に道行きの話をします。獅子ヌルと、石化するといけませんので目を閉じさせた蛇女フィーアを紹介し、ノバル公国の砦破壊、ノバル山脈の神殿、双子神、アルテミスの矢作戦、冥府の事など、話しながら思い返しますと観光らしい観光をしていませんね。ほとんど戦闘が絡んでいます。冥府では銭湯が絡んでいます。私の話に一喜一憂しながら聞いていたヴォルブ様が真剣な顔になり私に話します。


「ノバル公国を抑えてくれたのはよくやった。あのまま戦争に入れば、公国と王国は手を組み俺の国は蹂躙されていたかもしれん。オーリス、こちらが王国を蹂躙するぞ。戦争などせん、蹂躙だ」


 途端に目に怒りが浮かび、口元は笑いで歪み、背に黒いオーラが垣間見えるようです。覚醒前のようですね。


“ヴォルブ様、主よりお預かりした物が御座います。神器です。跪き下さい”


 私は立ってヴォルブ様を跪くよう促します。王は驚き、それでも私の前に跪きました。銀騎士さん達含むその場にいる者達、皆が跪きます。私は騎士服と猫耳を剥ぎ取り黒いローブを顕現させ、六対十二枚のを広げます。翼を広げた折に羽が舞い踊りその場にいる全員に降りかかります。まぁ、その舞い踊った羽は演出です。フレイザー侯爵に影響を与えた羽のような効果はありません。王冠を頭に載せるだけだと有難味が薄いですしね。


『ヴォルブ・ロムダレン。貴様に神器ケテルを授ける。この世界の全てを憂い、全てを愛し、全てを憎悪し、全てを侵略せよ。貴様は魔王ヴォルブ。今この時より人間としての生を捨て愛憎の魔王として生きよ』


 闇より取り出し手に持った王冠を掲げ、ヴォルブ魔王の頭に載せます。するとヴォルブ魔王の衣服が肥大化していく身体に耐えきれず破れ、肌の色が濃い青に変わっていきます。顔つきが変わり口が裂け大きく歪み、眼は碧眼から金色に変化し、髪は金髪から黒髪に、そして背に二対四枚の黒い翼が現れました。その翼に羽毛は無く皮膚の延長のような固い翼です。王冠は頭部へ吸収され見えなくなり、王冠に付いていた金剛石が額に浮かんできました。


「これが、これが魔王か! これが魔王の力か!」


 ヴォルブ魔王が感極まったように右手拳を床に打ち付けると、床にひびが走り机や椅子、装飾品などがその威力に震え吹き飛びます。城も全体が揺れているようです。

 銀騎士さん達はどうしたらよいか分からず、剣の柄に手をかけたままヴォルブ魔王と私を交互に見て判断を仰ごうとしています。ミージン王女も驚き眼を見開いたまま何も出来ず動けないようです。獅子ヌルとエレストルは平常で三眷属は相変わらずです。


「ヴォルブ魔王様誕生!」

「お誕生日おめでとー」

「毎年この日は祝日にしようよ!」


「私達の誕生日も何かしていただきたいですね」

「オーリス様、君に会えて良かったって言ってー」

「ヴォルブ魔王様、眷属感謝の日を制定してよ!」


 まだまだいろいろと言っていますが、三眷属は放っておいてヴォルブ魔王を見ます。自分の手をじっと見つめ、手を握り込むとこちらに目を向けられました。


「オーリス様。あらためて貴方様の存在を見、敬服致します。これまでの無礼をお赦しください」


 そう言って跪き頭を垂れます。先ほどの王が跪く事でさえ狼狽していた銀騎士さん達が、頭を垂れる王に戸惑っています。


“ヴォルブ様、今まで通りでお願いします。少し力を抑えて元の姿に戻りましょう”


「畏まりました。む、こうか」


 少し力を抜いたようで元のヴォルブ様の姿に戻られていきます。すぐに侍女さんが替えの服を持って来ました。落ちついてきたヴォルブ様はゆっくり周りの者達を見回すとエレストルを見て固まりました。


「こ、この方は……」


“魔王エレストルです”


「初めまして、魔王ヴォルブ。オーリス様の妻のエレストルよ」


「妻!?」


 ヴォルブ様が驚き、


「結婚していらしたのですの!?」


 ミージン王女が問い詰めるように迫り、


「オーリス様!?」

「あたしは第二夫人ー」

「僕が第二だよ! ツヴァイは百番目くらいだよ!」


 じゃれ合う三眷属はいつもの如く、三者三様の有様です。


“妻ではありません。結婚しておりません。第二夫人以下もおりません”


 内縁でしたね、とエレストルが舌を出しながら自分の頭をコツンと叩きます。狙いすぎです。


「そ、そうか。それでこの方はなぜここに?」


“ミージン王女の護衛をしてもらいます”


「魔王を護衛にか、それは心強いというか最強だな!」


 アルブ殿下が身罷られた今、ヴォルブ様のお子様はミージン王女お一人。ヴォルブ様は何があろうとも守ろうとしているはずです。ご自分が魔王に覚醒され、魔王の存在、力はわかるはずですので言われたとおり心強く最強、いえエレストルは最恐でしょう。


「ところでミージン、お前に付けてた護衛はどうした? いつも一緒に居ると思ったが、今日は居ないな」


 あ……


「あっ……」


「あっ……」

「あー」

「神殿に置いてきた!」


 ですね、すっかり忘れていましたね。これはアルテミスのせいにしましょう。


「あ? どうした?」


 再度聞くヴォルブ様が何があった? というお顔をされています。


“アッ、アルテミスのせいで神殿に置いて来ざるを得ませんでした”


「オーリス様!?」

「せきにんてんかー」

「オーリス様の冷や汗顔貴重ー!」


「後ほど、私がお連れしましょうね」


 エレストルが提案してくれ世は事もなし。うむうむ。頷いていますとヴォルブ様が次はミージン王女に気付いたようです。


「ミージン、お前……人間ではないな?」


 ミージン王女は慌てふためき、んー、んんー? こんな所にシミが……と小声で言いつつしゃがんで絨毯をチェックし始めました。


「魔王の俺が親だから人間ではなくとも不思議ではないのか」


 ご自分で納得されるように呟くと、ミージン王女が勢いよく立ち上がりヴォルブ様におっしゃいます。


「そう、そうですわ、父上! この真実を知った時にどんなに驚きました事か! 誰にも言えずひとり泣いて過ごしておりましたわ!」


 なるほど、泣いてお過ごしになっておられたと。ふむ、と頷きミージン王女を見ると余計なことは言うなよとばかりに睨まれました。


「早口になってるぞ。まぁ、いい。ミーナは知ってるのか?」


「いいえ、母上はご存じありません」


「そうか、そうするとアルブも人間ではなかったのか?」


“アルブ殿下は英雄になり得る存在でした。ヴォルブ様とミージン王女とは相容れぬ存在。いつの日か争う事になっていたかもしれません。しかし、ヴォルブ様の御子息である事は変わりません”


「そう、なのか」


 アルブ殿下の事を思ってか、俯かれ何かに耐えていらっしゃるようです。ぐっと拳を握り込まれ私を見ておっしゃいました。


「戦争だ。オーリスはどう動く?」


“王国との戦争はヴォルブ様の物。私が介入して良い物ではありません。私は帝王国へ向かいます”


「帝王国? 何かあったか?」


“聖皇国へ宣戦布告するようです。帝王国はガイアが後ろ盾になると思われ、聖皇国には現人神が。本当に現人神が神ならばかつてないほどの争いになると思われます”


「そこにオーリス様が颯爽と!」

「漁夫のリー君だねー」

「これは現人神とガイアが組む流れ!」


 戦争の話にミージン王女の落ち着きが無くなってきましたが、帝王国へは連れて行きませんよ。ノバル戦争で我慢して下さいね。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る