第37話 私の黒歴史は暴露しなくとも良いのですよ


『さて、ここにダンジョンはないのだが?』


 アルテミスに向かってそう言うと、私に向き直ってアルテミスが言います。


「父によくここへ放り込まれたのだ。その時は魔獣らが襲って来てだな、罠もあったし迷宮のようになっておったぞ!」


『魔獣らは歓迎していたのだろう、客は滅多に来ないからな。感極まって暴走した姿を襲って来たと思ったのだろうな。罠と迷宮は何を根拠にそう言っているのだ?』


「むぅ、いつも美味そうな匂いがしていたのだ。小屋よりも小さい部屋で何かを焼いたり、煮たりしていたな。あれは食うと死ぬ毒だな。死ぬほどうまいぞーと脅かしていたからな! 迷宮は前後左右わからなくなり抜け出せなくなるのだ! 抜け出せなくなった者を小さい部屋で料理するのだな!」


「それはただの屋台と……」

「迷子だねー」

「こんなのがオチかよ!」


「オーリス様? いろいろとわたくしにご説明願いたいのですけれど?」


 アルテミスの話に呆れていると、完全復活のミージン王女が睨みながら聞いてきます。


『冥府のヌシである』


「大天使ではなかったのですか?」


『そんな時代もあった』


「笑って話せる日が来たのですね!」

「くよくよしないでー」

「冥府の風に吹かれて来なよ!」


「くっ、よ、よろしいですわ。では、魔王というのは何なのですの?」


『そんな時代もあった』


「回って来たのですね!」

「回るー回るー」

「喜びと悲しみを繰り返してるんだよ!」


「この三馬鹿は! わけの分からない事をー!」


 ミージン王女が剣を抜き三眷属を追い回し始めます。いつもの事ですので放っておきます。


「オーリスこれからどうするっ? 冥府の皆で天界へ攻めにでも行く?」


 獅子ヌルがなぜか楽しそうに聞いてきます。そんなに戦闘狂でしたでしょうか。


「妾の前でよくもそんな話が出来るな。ちょっと遊びに行ってくるという感じで言うな」


「まぁまぁ、ヌルちゃん。天界など私とオーリス様だけでも充分落とせるからしばらくは冥府を楽しんだら?」


 アルテミスがむっとし、エレストルがさらにアルテミスを煽ります。エレストルは生粋の嗜虐趣味サディストですからね、精神的嗜虐趣味サディストではありませんよ、肉体的にですから気を付けて下さいね。


「貴様ぁ! 消滅させてやる!」


 アルテミスが弓を顕現させエレストルに向けます。なぜ天界の者はこんなに短絡的なのでしょうね。

 エレストルは笑みを浮かべながら鞭を顕現させ、直ぐさまアルテミスの弓に絡ませ取り上げます。さらに鞭を打ち、太もも、尻、腹、胸としならせていきます。


「うふふ、ふふふふふ! 天界のクソ共を鞭打つのは何百年振りかしら? ふふふふ、止まらないわよ、もうこの鞭は止まらないわ!」


 ビシッ! ビシィッ! ビシビシッ!


 鞭がしなる度にアルテミスから呻き声が漏れ聞こえます。


「くっ、ぐぁ! や、やめ……いた! ううっ!」


 いつの間にやらエレストルの服は燕尾服から革のボンデージ姿になっており、趣味全開にしておりました。


「くふふふ! ほれ泣けよ処女! どうした永遠の独女! 声が聞こえんぞ!」


「い、いや! ぐぐぅっ、やめて! ご、ごめ……ああ! いやぁっ」


 言葉責めと鞭責めにアルテミスは早くも陥落寸前で、心的障害が残りそうなレベルです。しかし身体は依り代なのですから鞭の傷くらいはすぐに治せるでしょうに、それさえせず受け続けているとは、意外と被虐趣味マゾヒストなのかも知れませんね。

 まだ続きそうですのでそっと立ち上がり、獅子ヌルと共に応接室を出て庭に向かいました。


 庭は樹人の憩いの場になっていました。私に気付くとお辞儀をしてくれます。


『楽にせよ。樹人よ、見事な玉座である。永遠に貴様らの生きる証として残されるであろう。誇れ』


 樹人達はお互いに手のような木々を打ち鳴らし、喜んでいるようです。


「オーリスオーリス、座って座って」


 一体の樹人が椅子の形になり座れと言ってきます。それに座ると別の樹人が、背を伸ばし葉のたくさんついた手を広げ陰を作ってくれます。さらに机の形になる樹人もおり、陰を作った樹人から落ちた果物を机の上に受け止めていました。


「食べて食べて」


 こぶし大の赤く熟れたその果物を手に取り囓ると、みずみずしく芳醇な味わいが口に広がります。なるほど、創世記時代の林檎ですね。これは美味しい。長年存在してきましたが初めて食しました。


『美味である。素晴らしいぞ樹人よ』


 そう褒めると樹人達は体中の木々を震わせ喜び飛び上がっています。私が座っていますので飛び上がるのは少し抑えて頂きたいですね。

 しかしこの林檎を実らせるとは、君達は知恵の樹なのですか? 生命の樹にも通じる者なのでしょうかね。樹人は獅子ヌルには林檎を与えませんでした。


「オーリスっ、記憶と身体は今どの程度?」


 一緒に座っていた獅子ヌルが心配そうに聞いてきました。


しゅがどういう存在かは。樹人の林檎のおかげだな。身体は、ふむ。まだまだだな』


「うんっ、今はそれでいいと思う。身体はわたしが守るし」


「オーリス様、フィーもいます! 守ります!」


『うむうむ、二人とも頼るぞ』


 しかしここで林檎を食する事を想定していたのでしょうか、そうなのでしょうね。何かに導かれながら自分を取り戻していくというのは、言葉は悪いかも知れませんがゲームのようです。それに抗おうにも抗えない事情が今回取り戻した物によって出来なくなりました。


「オーリスオーリス、守る守る」


 椅子になった樹人が私にそう話しかけてくれました。


『樹人達は冥府を守護せよ。貴様達が冥府の守護者である』


 役割を与えたからでしょう、椅子や机を形成していた樹人が歓喜に震え、その場に居た三体の樹人が寄り添い体(幹)を絡め始めます。巻き込まれないよう少し離れて様子を見ていると、樹人達は一本の大きな木を形成しぐんぐん上へと伸びていきました。葉が黒々と茂り、足元は根を張りしっかりと地面を掴んで、幹はどんどん太くなっていきます。

 やがて他の樹人達も集まり始め、体をその大きな木に寄り添い絡めて行きました。


「お話で聞く世界樹のようだねっ。樹人達かっこいい」


 獅子ヌルが嬉しそうに言いますが、葉は黒く幹には所々に樹人達の顔があり、その顔は口から黒い霧のような物を吐き出しています。世界樹はもっとこう神聖な、神々しい感じなのではないでしょうかね。


『樹人達の集合体を冥界樹と名付ける』


 幹にある顔達から口々に、嬉しい嬉しい、守る守る、と言葉が聞こえます。

 突然城の庭に大きくそびえ立った木に驚いたのでしょう、悪魔達や魔獣らが集まってきました。エレストルも燕尾服姿に戻り私の元へやって来ました。


「オーリス様。この木は……樹人、ですか」


『樹人達の集合体である。冥界樹と名付け冥府守護を命じた』


「畏まりました。そのように通達いたします」


「アルテミスはどうしたの?」


 アルテミスがいないのに気づき、獅子ヌルがエレストルに聞いています。


「あの依り代は消滅させたわよ。うふふ、堪能致したわ」


 笑みを浮かべ思い出すように話しますが、獅子ヌルは引き気味です。完全消滅させられた依り代の復活には少し時間はかかるでしょうが、また現れるでしょう。アポロンは知らない方がいいでしょうから、そのまま神殿の飾りとして石化させたままにしておきましょうね。


「オーリス様、この木は?」

「何の木ー?」

「気になる木!」


 じゃれ合いから戻ってきた三眷属とミージン王女に獅子ヌルが説明をしてくれています。

 冥界樹の周りに皆が集まり始め、不思議な踊りを始めています。何かが吸い取られそうですが、気のせいのようです。三眷属も踊りに参加しに行きました。さて、私も行きましょうかね!


 青白い炎をいくつも顕現させ冥界樹の周りを踊るように舞わせます。騎士服とブーツを脱ぎ捨て、白い半ズボンのみを身に纏わせ踊りの輪に加わりました。皆適当に踊っているだけですので振り付けなどありません。楽隊のような物も現れいろいろな楽器、中には骨や剣を打ち鳴らし、これも好きずきに奏で始めました。エレストルは鞭で拍子を取っているようです。

 私が加わった事で踊りはさらに盛り上がり、半狂乱になってまたもや冥友を消滅させていく者が出ています。

 ミージン王女も獅子ヌルに押されて輪の中に加わってきました。最初は恥ずかしそうに足だけを動かしていらしたのですが、だんだんと動きが大きくなり、やがて笑顔でスカートを気にする事なく足を上げ、手を振り、体を揺らしながら踊り始めます。

 三眷属は息もぴったりで同じ動きをしており、見ていて楽しくなります。その三眷属に周りが合わせ始め、皆で同じ動きを始めました。

 三眷属よ、その動きは冥府ではぴったり合っていますが、いろいろと大丈夫でしょうかね。とあるキングオブポップの墓場ダンスでしょう、それ。もちろん私も赤い革パンに赤ジャケットを纏わせて踊りますけれどね。


『ポウッ!』


 冥界樹も楽しそうに揺れています。そのうち冥界樹から一本の枝が伸びてきて私の腰あたりに巻き付き、五メートルほどの高さまで持ち上げられました。そのままワイヤーアクションの如く墓場ダンスを続けます。月歩きや走る男なども披露し終演としました。


「オーリス様!」

「楽しかったー」

「オーリス様、踊りうますぎ!」


「オーリスは一人鏡の前で密かに練習してたっ! 教皇服で」


 おっと獅子ヌル、私の黒歴史は暴露しなくとも良いのですよ。

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