第36話 三大魔王の一人だぞ


「オーリス様? いろいろと衝撃的な事が起こり整理が付かないのですけれど?」


 固まっていたミージン王女が復活され私を睨みながらそうおっしゃいます。


“では、一度休憩を入れましょうね。こんな時、侍女さんがいればお茶を淹れていただくのですけれど”


「オーリス様……?」

「ダンジョンはー?」

「はぐらかそうとしてるよ!」


「オーリス面倒くさそうな顔っ」


「アルジ様……んー、オーリス様! フィーが守ります」


“ダンジョンチケット売りのアポロンが石化したままですので、行けませんね!”


「なんの、妾が連れて行ってやるぞ。だがミージンの護衛達にはちときついな、ここで待っておれ」


“なるほど、ではここで待っていますね”


「オーリス様はいつからわたくしの護衛に?」


“ええ、ヴォルブ様よりよろしくとご下命頂きましたので、護衛もそのよろしくのひとつかと思われます”


「では、オーリス様。わたくしとダンジョンへ行きますよ。護衛として!」


 冥府へ行っても面白い事などないと思いますけれど。これも眷属達や王女様の福利厚生のひとつと考えましょう。


“畏まりました。皆様にひとつ言っておきますね。冥府へ行っても魔獣が襲ってきたり、罠が仕掛けられていたり、迷宮になっていたりなどしませんからね。期待しないようにしてくださいね”


「オーリス様……?」

「えー? それダンジョンじゃないー」

「どう言う事? オーリス様、行った事あるの!?」


「…………」


「フィー、冥府怖い」


「では、行くとするか。アポロンはしばらくそのままにしておくぞ。静かでよい」


 獅子ヌル、黙っていないで説明してあげなさい。……まぁ、すぐわかりますし、いいでしょう。


 困惑している眷属達と張り切るミージン王女をよそに、アルテミスが何やら唱えると足元に光の輪が現れ皆を囲み始めます。その輪がゆっくり足首から頭まで上がると、そこはもう冥府の入口でした。


 目の前には冥界の門、その漆黒の門は人の背の何倍もの高さがあり禍々しい雰囲気をかもし出しています。扉は幾筋もの幾何学的な模様をしており淡い青白く光った筋が走り、取っ手の部分にはツノの付いた骸骨がおり、訪問者を監視しているようです。周りは薄暗く、扉に走った筋の光でようやく見える程度です。


 私が前に進むとゆっくりと扉が開きます。扉の先にはおびただしい数の魔獣、魔蟲、異形の者、悪魔と呼ばれる者達がこちらを迎えていました。

 魔獣は頭が三つある犬や人間より大きい猫、ギラギラした赤い目の熊、尻尾がいくつもある狐など多種多様な獣の姿で、いずれも黒いオーラのような物を纏っています。魔蟲は魔獣と同じように虫が変化した者が多く、異形の者は幽体と呼ばれる所謂幽霊や、色とりどりの炎の姿、ゾンビやグールと呼ばれていた者がいます。悪魔達は比較的人間の姿に近い者が多く、黒い羽を背に持つ者、吸血種、艶やかな姿の女性型悪魔などがいました。


 その時、先頭にいた悪魔達が手に持った布らしき物を広げます。同時に周りにいた者達がラッパや打楽器、手に持った石などを打ち鳴らし歓迎の意を表しています。


「オーリス様……?」

「お帰りなさいオーリス様って書いてあるー」

「家かよ! ここオーリス様の家かよ!」


「……冥府はオーリスの支配下。ただの里帰り」


「さすがオーリス様」


 眷属達は獅子ヌルを除いて驚いていますね。獅子ヌルは連れてきた事がありますからね。アルテミスとミージン王女は言葉も出ないようです。

 堕天して落ちた先がここでした。それからいろいろとあって冥府、冥界とも言いますが、そこが支配下にある事を今に至るという事ですね。冥府は全ての世界に繋がる階層ですから、今ここにいる者達は以前からの盟友いえ冥友です。そして冥府では主の制約の影響を受けませんので声を自由に発する事が出来ます。


『出迎えご苦労。冥王城へ先導せよ』


「え? 冥王……?」

「オーリス様はハデスなのー?」

「オーリス様って何歳?」


「ハデスでもありハデスではない。曖昧な存在。いろんな時代に居ていろんな名前があった、それだけっ」


「フィーはすごいお方をアルジに持った!」


「ちょ、ちょっと待て。貴様は妾の伯父でもあると言う事か!? そんな存在知らぬぞ! 何者だ!」


 アルテミスが困惑しすぎて髪を振り乱しながら問い詰めてきます。私も何と言えば良いのかわかりませんが、言えるのはひとつだけ。


『全ての元であり全ての物に通じる者の使徒である』


「そ、それはカ……」


 アルテミスの口を人差し指で塞ぎ、首を振って駄目だと教えます。言ってはいけませんよ。


「カ、カ、カミ!」

「カフェラテー」

「カモンベイビー!」


 本当に三眷属は癒やされますね。私の元に来てくれて良かった。


『先導を続けよ』


 集まっていた冥友達に先導してもらい冥王城へ向かいます。冥友達はそれぞれ好きに家を建て、穴蔵が好きな者は穴蔵を、山が好きな者は山を作り、罠も迷宮もありません。ましてや魔獣らが襲ってくる事などあり得ません。冥友らが横に並び道を作ってくれています。小さく手を振りつつ進むと冥王城が見えてきました。


 大きく佇む城門の向こうにそびえ立つ漆黒の城、ロムダレン国の城の比ではなくその王都さえ飲み込むような広さ、城は左城、右城、中央城と分かれ、冥友達が今もその威を示そうと高く広く造り続けています。もう何万年も続く増築工事を止めさせようとすると、悲しそうな目で見てきますので、続ける事を許可し二度目は言えませんでした。


 城の中へ入り廊下を先導されるまま進みます。城は基本的に石造りですが、時々壁や天井、床などに骨や肉が付いたままの腕、足、時には頭が埋め込まれていますので、冥友達の死体も資材になっているのでしょう。生きたまま埋め込まれている者もいるかもしれませんね。

 装飾品は多くはありませんが、花瓶の中に動き回る花や、中の人物像が手を振る絵画、お辞儀をする全身鎧など、こちらに楽しんで貰おうと言う気持ちが伝わってきます。アルテミスとミージン王女はミニスカートを捲られたりしていますが、可愛いいたずらという事にしておきましょう。


 私が手を伸ばしても届かないほど大きい扉の前に来ますとゆっくり扉が開き中の様子が見えます。玉座が奥に見えますね。以前訪れた時、とはいえ三百年以上前ですが、その時にはありませんでしたね。皆さんで造ってくださったのでしょう。玉座はじゅじんが椅子の形を成しているようです。私の二倍はある魔獣百体が入れそうな広間を玉座に向け進みます。眷属とアルテミス、ミージン王女は玉座より一段低い脇に椅子が用意されそこへ着席するよう誘導されました。

 広間には入りきれないほどの冥友達が集まっており、入りきれなかった者達は外から中の様子を窺っています。玉座までの段を上がり玉座の樹人に目を合わすと、座って座ってと言ってくれましたのでゆっくり振り向いて着席します。すると集まっていた冥友達から大歓声が上がり、手を振り上げ、足を踏みならし、頭を振り、踊り、もう収拾がつかないほどになりました。


 右手を挙げ静まらせます。すぐに歓声は収まり皆が私に注目をします。


『帰還した』


 そう言うと再び歓声が沸き起こり皆、それぞれ口々にその時代の私の名を叫び始めました。右手を挙げ皆を静め今生の名を伝えます。


『今の名はオーリスである』


 オーリス! オーリス様! オーリスさん! オーリスちゃま! とそれぞれ叫び気狂いのように暴れ始め、手に持った武器を振り回す者も出始めました。興奮しすぎではないでしょうかね。


『冥友達よ、我はいつまでもお前達と共にある』


 その狂宴とも言うべき帰還報告は収まる事を知らず、振り回された武器にあたり消滅する者が出始めています。私達は席を立つと、すぐに先導役が傍に寄り、応接室と思われる部屋へ案内されました。

 広い室内に花と植物模様の質の良い濃紺絨毯、装飾品に気を使ったであろう事が垣間見え、ソファーはまたもや樹人で出来ており座り心地は良く、見た目ほど固くはない物です。


「オーリス様のご帰還をお喜び申し上げます」


 黒の燕尾服に白いウイングカラーのシャツ、赤いリボンタイをした男装の麗人と言える美しい女性体が声をかけます。腰まであるストレートの黒髪を束ね、少しきつめの顔の右目に丸い片眼鏡、これは伊達だと聞いた事があります、をして白い手袋、体つきは女性体らしくなめらかな曲線を描いています。


『エレストル、家宰ご苦労』


「はっ、ありがとうございます。しばらくゆっくり出来ますので?」


『お前の言うしばらくは百年単位だからな、そこまでは出来ん。二、三日だろうな』


「本物の執事です! オーリス様、私も執事ですよ。お忘れなく!」

「エレちゃんね? お茶淹れてー」

「後でマッサージよろしくー!」


「貴様ら此奴を知らんのか? エレストルと言えば三大魔王の一人だぞ。妾の実体でも敵わんだろうな」


「魔王様! ははーっ!」

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」

「ひぇっ! 失礼致しましたー!」


 アルテミスの言葉に三眷属が平伏します。エレストルは三眷属に声をかけます。


「今、お茶を淹れるわね。後ほどマッサージもしてあげるわ」


 ニコっと笑いかけながらお茶の用意を始めました。


『エレストル、この者達は眷属だ。獅子ヌルは知っているな、孔雀アインス、梟ツヴァイ、蝙蝠ドライ、あとこの手首に居るのが蛇女フィーアだ』


 よろしくね。普段通りの口調でいいのよ。とエレストルは言って綺麗にお辞儀をします。眷属達は先程まで怯えてうまく答える事が出来ないようでしたが、エレストルの言葉に安心し緊張がほぐれてきたようです。


『それにアルテミスと、今世話になっている国の王女であるミージン王女殿下だ』


「うむ、妾は月と闇の女神アルテミスである。よろしくはせんでいいぞ、これ以上魔王と懇意にならんでいい」


「ミージン・ロムダレンと申します。お目にかかれて嬉しゅう御座います、エレストル魔王様」


 アルテミスは尊大な態度で、ミージン王女は畏まりなんとか声を絞り出したような感じですが、美しいカーテシーで挨拶されました。


「いえいえアルテミス様、いつの日か消滅させに行きますのでよろしくお願いしますね」


 エレストルはニコっとアルテミスに笑いかけ、アルテミスは顔をひくつかせながら睨み返しました。


「ミージン王女殿下、よろしくね。ほう、殿下は妙な巡り合わせの運命を持ってるわね」


「巡り合わせ、でしょうか?」


「そう、巡り合わせね。気にせずあるがままに過ごすといいわ」


 ミージン王女は不承不承ながらソファーに座り直し、いつの間にか用意されたお茶を飲み始めます。


「美味しいですわ」


 心からそのお茶に感嘆していらっしゃるようで自然に微笑みがもれ出ます。


「エレストル様! 私にお茶の淹れ方をご教授下さい」

「エレちゃん美味しいー」

「侍女さんより美味しいよ!」


 私もお茶を頂きます。ああ、変わらず美味しいですね。


「侍女さんとはオーリス様専属侍女のイソベルね?」


 エレストルがそう聞きますが、専属? イソベル?


「どなたの事でしょうか」

「あの侍女さんのなまえー?」

「名前あったんだ!」


「オーリス様の専属侍女をマリス様に強引に迫り願ったという事らしいですわ。ええ、イソベルという名前ですわ」


 なるほどいつもの侍女さんですか。ミージン王女が説明して下さりわかりました。


「エレストル様が何故ご存じで?」

「眷属ー?」

「覗き見してたんだよ!」


「うふふ、眷属でも覗き見でもないわ。あの人はただの人間だし、ちょっとした集まりの友人よ」


 エレストルはそう言って、これ以上はお話しできないわねと人差し指を口に持っていきました。

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